三百五十四話 番外編六 Vivere est militare(生きる事は戦う事だ)
※現実世界でのお話です。
※飯テロ注意報、発令回です!
戻ってきた感覚に、ぐっと一度伸びをしてから、気合いを入れ直す。
この昼食の時間が、事実上最後の準備時間になるだろう。
公式イベントがはじまるまで、あと一時間とすこし。
それまでは――この準備の時間を、最後まで楽しもう!
これこそがまさに、イベント開始前最大の、やりがいのある醍醐味なのだから!!
足早に隣の食事部屋へと移動して、テーブルの端で光る空間展開型タブレットをつつき、今日の昼食は何にしようかと料理の載るページを流していく。
そう言えば……一般的な食事に関連する古き習慣の一つに、勝負事の際にはカツ丼を食べて勝ちをまねく、というものがあった!
大規模戦闘も、広義で語るのであれば間違いなく勝負事。
であれば――本日の昼食は、カツ丼で決まりだ!
すぐにお気に入りの店の中の料理を検索して、その中からカツ丼を選び、転送装置に転送されるまでの時間を、改めて【シードリアテイル】の公式情報が更新されていないか、確認をする作業に当てる。
見やった公式のお知らせ欄にはしかし、残念ながら以前までの情報しか書かれていなかった。
思わず、そっと肩を落とす。
――とは言え、これはこれで、未知なる敵と戦うことになったと考えれば、なかなかに好奇心をくすぐられる展開だとも思う。
そこにロマンを見出してこそ、より深く、このイベントを楽しむことができるのではないだろうか?
あぁ、きっと、そちらのほうが、面白い!
ふっと上がる口角をそのままに、空中に展開していた公式情報のお知らせ欄を消すと、ちょうど軽やかな音楽が鳴り、食事が転送されてきたことを知らせてくれる。
装置の中からどんぶりと呼ばれる器を取り出し、手洗い用洗浄器で手を清めてから箸を手にして――いざ、勝ちをまねく食事を楽しもう!
ほかほかと立つ湯気をかきわけるようにして、金色に照る半熟の溶き卵と茶色い衣をまとうカツを、下に埋れる白米ごとすくいあげて、大きく開いた口へと運ぶ。
口に入れてかんだとたん、サクッと鳴ったカツと、肉汁の旨味と卵とタレの味わい、そして白米の食感が混ざり合い、思わずなるほどと納得する。
たしかに、このカツ丼という名の料理の見事な味わいは、まさしく勝利さえ呼び込んでしまえそうなほどだ!
ついつい美味しさにひたりながら食べ進めると、あっという間に完食!
満足さに微笑み、食後の片づけをおこなって隣の部屋へと戻ってくると、先にログインの準備を整えたのち。
ソファへと腰かけ、密かに楽しみにしていた、思考をはじめる。
思考の内容は、もちろん――今回の大規模戦闘で活用する、戦法の想定だ!
これは焦らず、じっくりと考えていく。
なにせ、この最後の準備の時間は……静かに爪を研ぐ時間なのだから。
口元の笑みを深め、サッと空中に展開した空白のページに、さっそく案を書き込む。
まず大前提として、小さな精霊さんたちのご協力は必須なので、《隠蔽 五》で隠した〈フィ・ロンド〉ははじめから展開する。
次に、公式の情報に明記されている、戦闘フィールドである浮遊大地や天空を、埋めつくすほどの魔物を倒すことになるという点から、おそらく単発型の魔法で一匹ずつ倒す戦法はあまり役に立たないだろう。
この点は、大規模戦闘という最初の事前情報を見た時から想定していたとおり、発動する魔法の大半が、範囲型の魔法や、一度に数本の攻撃を放つことが出来る魔法になるはずだ。
では、複数体の魔物をまとめて攻撃する魔法を放つ場合、注意点は何だろう?
……これは、やはり魔物それぞれの属性の違い、になるだろうか。
今回の大規模戦闘では、同じ種類の魔物だけではなく、たくさんの異なる種類の魔物がいることも、想定の範囲内。
戦場となる場所の表記として、浮遊大地と天空の二つが書かれていた時点で、地上を歩く魔物だけではなく、空を舞う魔物が存在することも、すぐに思いうかんだ。
その種類の違いは必然的に、その魔物がもつ属性の違いに直結するだろう。
であるならば、魔法を放つ際には、それぞれの魔物の特徴を素早く読み取る必要があるかもしれない。
実際の戦闘時には、なかなか難しいことだとは思うが、しっかりと忘れないように対応できれば、なおよし、と言うものだ。
風属性の魔物は、素早い動きと風の攻撃に注意しつつ、風よりも速く届く雷魔法を活用する。
水属性の魔物ならば、氷魔法での凍結を狙うも良し、雷魔法で麻痺や感電を狙うも良し。
氷属性の魔物がいるのかは分からないが、この場合は土属性の石杭を射出する魔法が有効だろうか?
土や緑属性の魔物は、案外同じ属性以外ならば、どの属性も組み合わせることで十分脅威となるだろう。
雷属性の魔物の移動速度はあなどれないが、足止めさえできれば、他の魔物との対応の違いはない。
炎属性の魔物がいるのならば、それこそ水や氷属性の魔法で対抗できるはずだ。
他に気をつける点としては、雷属性の魔物の麻痺や、土属性の魔物の石化、緑属性の魔物の毒だが……まぁこれは、解除魔法も習得している上、私には夜明けのお花様から授かった祝福もあるので、あまり心配する必要はないだろう。
それに今回は、回復系や補助系の魔法も、魔物にとっては攻撃となるのだから、思い切って範囲型の回復魔法を魔物にかかる範囲で発動するのも、案外良い戦法かもしれない。
後は……特効攻撃となる魔法のあつかいを、考えておこう。
これはつまるところ、浄化効果のある光魔法や星魔法のことだが、大規模戦闘の状況によっては、初手から使うこともあり得る。
そうでなくとも、いざという時には、遠慮なく放とう。
特に星魔法は、せっかく公式情報にて存在が開示されたのだから、もう隠す必要もない。
――思い切り、あの美しくも脅威となる魔法を、魔物の頭上から降り注がせよう!
つい、愉快気に口角を上げてしまいながらも、これでひと通り戦法について思考を巡らせることが出来た。
公式イベントがはじまる昼過ぎ、十三時には少し早いが、大地で小さな精霊さんたちと共に、その時を迎えるのも乙なものに違いない!
そうと決まれば、さっそく再びログインをしよう。
もうこの後は――公式イベントを、楽しめば好いだけなのだから!!
※明日は、
・十五日目のつづきのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!




