三百五十話 本の運搬依頼と高山の情報収集
すでに手元に素材があり、裏技にて依頼を即時完了することのできる内容の依頼紙を、数枚丁寧にはがした後、今回うける依頼紙も決めてはがし、受付へと向かう。
それとなくギルド内を見回してみたものの、シルラスさんの姿はなく、どうやらすでにギルドを出たようだ。
きっと彼もまた、公式イベントに向けての準備を楽しんでいらっしゃるのだろうと考え、小さく微笑みながら、受付の列へと並ぶ。
肩と頭の上で、小さく左右にコロコロと転がって遊ぶ、小さな四色の精霊さんたちの可愛らしさに癒されつつ、列の前へとゆったり進んで行くことしばし。
『あっ! お久しぶりですロストシードさん! ようこそ!』
「ご無沙汰しております、シルアさん」
背に流れる長い白髪と、左右の側頭部からたれた白いふわふわの兎耳を跳ねさせ、つぶらな紺の瞳を煌かせる受付の兎獣人のお姉さん――シルアさんへと、穏やかにあいさつを返す。
『今日は裏技の処理に?』
「えぇ。それと、一つお仕事を」
『承知いたしました!!』
机の前に置く前から、私が手に持つ依頼紙を見やり、察してくださったシルアさんに、さすがだと思いながら本日の受付内容の追加を紡ぐ。
差し出した依頼紙を受け取ったシルアさんは、私が素材をカバンから取り出すたびに、慣れた手つきで素早く処理をおこなってくださった。
裏技依頼の処理の最中、そう言えばと、今はトリアの街に拠点を移したことをお伝えする。
すると、シルアさんは紺の瞳を少しだけ驚いたように見開いた後、にこりと素敵な笑顔を咲かせた。
『そうでしたか! 冒険は順調なんですね! もうトリアの街で活動しているなら……ロストシードさんはきっと、王都に着いてすぐ、銀のプレートに上がりますね!』
……なにやら、意味深長な言葉に聴こえるのは、気のせいだろうか?
「そ、そうでしょうか……?」
『はいっ! 間違いありません!!』
「そうですか……」
どこか楽しげに返されたシルアさんの断言に、応じるこちらは若干不安げな声音になってしまった。
まぁそもそも、冒険者の証であり、実力の基準を示すものでもあるプレートの、銅色から銀色へと変わる条件を知らないため、確信をもってお応えするわけにもいかないのだけれど。
そこから先は、なぜかご機嫌にぱたぱたと跳ねる兎耳に気を取られつつ、裏技による処理を終え、今回うけることにした依頼紙と、おつかいクエストとしての荷物である十数冊の本をカバンに入れていく。
今回の依頼内容は、この冒険者ギルドにて使用されていた本を書館へとお返しして、新しくお借りする本をギルドまで持って帰ってくる、というもの。
この依頼を無事に完了させるためにと、疑問に思っていたことをシルアさんへとたずねる。
「この、お借りした本をこちらへと届ける帰りの便ですが、ギルドへは急ぎお届けする必要がありますか? もしそこまでお急ぎではないのであれば、夜がおとずれる手前の時間を限度に、学びのための読書をしたいと考えているのですが……」
『あぁ! それくらいでしたら、問題ありませんよ!』
「それは良かったです! ありがとうございます」
少しばかり緊張しながらの問いかけに、あっさりと大丈夫だと返され、思わず声音が弾む。
私の感謝の言葉に、シルアさんは首を横に振って、笑顔で口を開いた。
『こちらこそ、運搬の依頼はちょっと華やかさがなくて、あまり人気とは言えない依頼なので、ロストシードさんが受けてくださってとても助かりますっ!』
「――そうでしたか! お役にたてて何よりです。それでは、行ってまいります」
『はい! よろしくお願いします~!』
さらりと告げられた依頼の人気事情は微笑みで流し、シルアさんに軽く一礼をして冒険者ギルドを後にする。
大通りを歩き、中央の噴水広場から書館の通りへと踏み入り、書館の中へ。
広い部屋の中、ふわりと満ちる紙の本の香りを楽しみながら、まずはと先に司書のかたへと冒険者ギルドからお預かりしていた返却分の本をお渡しして、その流れで新しくお借りする分を今度はお預かりする。
依頼紙に一筆をいただき、すべてのお借りする本をカバンへとしまい込んだのち――情報収集の読書、開始!
『しーどりあ、なんのほんをよむの~?』
「今回は、トリアの街周辺やラファール高山の、魔物や植物の情報を調べたいので、魔物図鑑と植物図鑑ですね」
『おぉ~~!』
右肩の上から、小声でたずねてくださった小さな水の精霊さんへ答えると、精霊のみなさんが小さくわくわくの歓声を上げる。
それにつられて、私まで口角を上げながら、さっそく本棚から丁寧に引き抜いた二冊の図鑑を順に開いて、新しく追加された情報を調べていく。
まずは、魔物図鑑から、追加情報を視線でなぞる。
ラファール高山の麓にいた、美しい銀色の毛並みの狼姿の魔物は、高山の名前にちなんでラファールウルフというらしい。
素早く動きつつ、吠えるだけで風圧を飛ばしてくる上、三匹の小さな群れで行動しているため、連携攻撃には注意しないといけなかったようだ。
……とは言え、実際の彼らとの戦闘では、こちらも〈フィ・ロンド〉によって、さまざまな属性の精霊さんたちとの共闘をしていたので、さいわいにも一方的に不利な状況にはならなかったわけだが。
小さく苦笑して、つづく文へと視線を注ぐ。
ラファール高山の砂利道にいた、銀色の牡鹿の魔物の名は、ラファールディアー。
[素早く突進して、立派な銀色の角で突き上げようとしてくる]と書かれた攻撃の説明文に、思わずうんうんとうなずく。
少し興味が湧いたのは、稀に角のない牝鹿の魔物も出てくるらしい、という点。
もっとも、そちらはトリアの街へと至るための道中の丘にいた、鹿の魔物……アースディアーと言うらしいその魔物と同じく、いわゆるノンアクティブモンスターであり、こちらから攻撃をしないと向こうも攻撃をしてこないタイプのようだ。
機会があれば見てみたいと、素直に好奇心がうずく。
さすがに、その牝鹿の魔物のほうとは、戦闘をおこなわない方針で。
ラファール高山をしばし登った先の広場にいた、ラファールウルフよりも一回り大きな銀狼たちは、上位種のハイアーラファールウルフ。
六匹一組の群れで行動し、吠え声で風の刃を放ってくるため、こちらはたしかに少々危うい場面もあったことを思い出す。
どうやら、銀色の毛皮が防風のマントやローブの素材になるらしく、もしかするとあの広場より上、風が強いと小さな精霊さんたちが教えてくれた先の道は、この装備のお世話になる必要があるのかもしれない。
さらに、強風が吹く場所から先には、銀色の小鳥の魔物、ラファールスモールバードが群れで行く手をはばむように、頭上から風の刃を複数飛ばしてくる、とのこと。
「……本格的にラファール高山を登る時は、用心しなければいけませんね」
小声で静かに呟きを零し、改めて事前の情報収集によって、冒険の安全性が格段に上がることを感じながら、お次はと植物図鑑を開く。
こちらは予想に反してあまり追加情報はなかったものの、それでもいくつかの学びを得て本棚へと返し、書館から冒険者ギルドへの帰路についた。
読書自体はゆっくりと楽しんでいたこともあり、すでに時間は夕方へと移り変わり、パルの街を橙色に染めている。
中央広場と大通りを進み、戻ってきた冒険者ギルドにて、書館でお借りした本をお届けすると、おつかいクエスト……もとい本の運搬依頼は、これにて完了だ!




