三百四十九話 誰もが昼過ぎを待ちわびながら
『しーどりあ????』
「――あっ、みなさん、ただいま戻りました!」
『おかえり~~!!!!』
胸元でぽよっと跳ね、私の意識を引き戻した、小さな四色の精霊さんたちの不思議そうな呼びかけに、慌ててあいさつを返す。
嬉しそうにぽよぽよと跳ねるみなさんに微笑み、ベッドから身を起こしながら言葉を紡ぐ。
「さきほどは失礼いたしました。少々物思いにふけってしまい……。さぁ、気を取り直して、いつもの準備をはじめましょう!」
『うんっ!!!! じゅんび、かいし~~!!!!』
水と風、土と光の小さな精霊さんたちが、くるくると楽しげに舞う中、窓から射し込むあたたかな昼の時間の陽光を浴びて、準備をはじめる。
「〈フィ〉、〈ラ・フィ・フリュー〉、〈アルフィ・アルス〉」
つづけて詠唱した精霊魔法により、小さな多色と水の精霊さんたちがそれぞれの精霊魔法を、鮮やかに展開してくださった。
その美しさに相変わらず見惚れつつ、お次はとオリジナル魔法を発動。
〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を一段階目で止めたまま、二種類の精霊魔法と共に《隠蔽 四》にて隠し、最後に〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を展開して、普段の準備を終える。
見えざる癒しのそよ風に、かすかにゆれる金から白金へと至るグラデーションのかかった長髪を、さらりと片手で背中へ流し……そう言えば、と閃いた!
「せっかくですから、来たる大規模戦闘にふさわしいお衣装に、着替えましょう!」
『わぁ~!!!! おめかしだ~~!!!!』
「ふふっ! えぇ、おめかしです」
ふわっと近寄って来た四色の精霊さんたちが、わくわくを表すようにその身の光を強める姿が、なんとも可愛らしい!
みなさんのご要望にもお応えするため、さっそくと新しい装いに替えていく。
左の壁に立てかけられた、大きな姿見の鏡の前でしばし悩み……。
最終的には、水色のローブに緑のチュニック、黒のズボンに白のブーツ、という服装へと着替えた。
サロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんと、アトリエ【紡ぎ人】のアルさんを加えた、お買い物にて新しく買った服を、ようやく身にまとうことができ、満足さに口角が上がる。
『しーどりあ、すっごくにあってる!!!!』
「おや、ありがとうございます。いつもみなさんが褒めてくださるので、おめかしが好きになりました」
『えへへ~~っ!!!!』
ぽわっと自らの色の光を強めるみなさんを、指先で順に撫でて微笑み、それではとこの後の方針を紡ぐ。
「それでは、お次は神殿へいつものお祈りにまいりましょうか」
『はぁ~~いっ!!!!』
元気なお返事を一つ響かせ、肩と頭の上へと乗った小さな四色の精霊さんたちと共に、宿部屋を出て階下へと移動する。
錬金術師のお爺様の息子さんである、宿屋のご主人はカウンターの奥だろうかと、視線を送り――深緑の瞳と目が合った。
「アルさん!」
「おぉ、ロストシードさん!」
肩を過ぎる長めの灰色の髪をゆらし、ひらりと片手を振ったアルさんのそばへと、すぐに足を進める。
同じこの賢人の宿に宿泊しているとは言え、ログインやログアウトのタイミングが運よく重なることは当然ながら珍しく、こうしてアルさんと宿の中でお顔を合わせるのははじめてだ。
少しばかりの新鮮さと、フレンドさんとお会いできた嬉しさに微笑みながら近くへ歩みよると、のんびりとした雰囲気で笑顔を広げたアルさんが先に口を開く。
「俺が言うのもなんだが、お早いログインで」
「ふふっ。えぇ、やはり昼過ぎまでに、いろいろとすませておきたいことがありまして」
「ま、やっぱりみんなそうだよな~」
「アルさんも、ですか?」
「まぁな!」
にっと人好きのする笑みをうかべるアルさんに、こちらもにこりと笑みを返す。
そう……しごく当然のことではあるが、今日はじまる公式イベントを楽しみにしているシードリアは、なにも私だけではない、ということだ。
これから素材収集に行く、というアルさんの話を聴きつつ、私は神殿でのお祈りに行く、と返しながらお互いに宿屋を出て職人通りを抜け、中央の噴水広場へとたどり着く。
「さぁて、昼までには素材がそろえば良いんだが。まぁお互い、昼過ぎからは大規模戦闘のまっただなかだ。健闘を祈ってるよ、ロストシードさん」
「ありがとうございます。アルさんにも、武運がありますように」
「おぉ、ありがとな!」
笑顔と健闘を交し合い、石門のほうへと歩んで行くアルさんと別れて、こちらは反対側の神殿のほうの大通りへ踏み入り、靴音を鳴らす。
やがてたどり着いた壮麗なる神殿にて、神々へ《祈り》を捧げたのち。
浮足立つ心を落ち着かせるためにと、久しぶりに冒険者ギルドで依頼をうけ、その後は書館でラファール高山の魔物の情報を調べることに決めた。
「みなさん。お次はパルの街の冒険者ギルドへまいりましょう」
『はぁ~~い!!!!』
小さな四色の精霊さんたちの返事に笑顔を返しつつ、陽光が水飛沫を煌かせる大噴水の近く、蒼く光るワープポルタに手をかざして、転送!
一瞬でたどり着いた、パルの街の最初の噴水広場から大通りへと進み、お久しぶりの冒険者ギルドの扉を押し開く。
まずは依頼紙を確認しよう、と思いながらも、ついにぎわう室内を見回し……端のほうの受付に並ぶ見知った後ろ姿に、ふわりと口元がほころんだ。
その背に艶やかな銀色の弓を背負った、同じエルフ族の青年――癖のない薄い金色の長髪をゆらして、一歩前へと立ち位置を進めたあのシードリアのかたは、サロン【ユグドラシルのお茶会】のお仲間、シルラスさんに違いない!
凛と背筋の伸びたかっこいい後ろ姿を眺め、ふとその腰元に飾られたベルトのような銀色の装飾品を見やり――内心で深く感謝を捧げる。
新作商品の腰飾りを、さっそくお買い上げいただき、本当にありがとうございます!!
改めてお得意様のありがたさを感じつつ、お邪魔をしてはいけないので、と当初の予定通り、依頼紙が貼られた左の壁へ移動する。
依頼紙を確認しながらも、胸の内はやはり他のかたがたも、着々と公式イベントに向けての準備を進めているのだと、深い感慨に満ちていた。




