三百四十五話 夜明けの高山と天舞う銀鳥
順調に、しかし攻略系のかたがたのオリジナル魔法の観察もふくめて、焦らずゆっくりと戦闘をつづけていると、ちょうど広場へと砂利道から上がってきたところで、深夜から夜明けへと時間が移り変わった。
闇色がパァッ――と明るくなり、幻想的な薄青の光が空から降り注ぐ。
灰緑色のラファール高山を、夜明けの光が照らす様は……これまた格別に美しい!
ほぅ、と思わず感嘆のため息を零すのと、ぱっと眼前に小さな白光が現れたのは、ほとんど同時だった。
『きたよ! しーどりあ!』
「いらっしゃいませ、小さな光の精霊さん」
『いらっしゃ~~い!!!!』
小さな光の精霊さんと小声であいさつを交わし、頭の上の定位置に乗るのを見届けてから、改めて周囲を見回す。
広場の側は、半数ほどのパーティーがつづけて戦闘をおこなっていたが、残り半数ほどのパーティーは大銀狼たちから距離を取り、それぞれ端のほうから高山や下に広がる絶景を眺めている。
半数ほどのパーティーのみなさんにならい、後ろを振り向いて見やった眼下の景色は、まだ頂上ではないものの、高山ならではの高さを存分に発揮した、素晴らしいものだった!
見下ろした先、地上にはまずラファール高山のすぐ近くに、薄霧と夜明けの光で神秘的な色を帯びたトリアの森が広がっている。
森を上から見るという体験ははじめてのことで、それだけでも特別な感動があるというのに、さらには神秘的な美しさまで宿しているのだから、緑の瞳が煌くのも、仕方がないというものだろう!
つづくトリアの草原もまた、不思議と緑がより鮮やかに見え、持続的に遠い場所を見ることのできる身体魔法〈持続遠見〉を使うと、吹き抜ける風に下草がそよぐ様子も見て取れた。
その先にあるトリアの街は、やはり石造りの家々が多いためか、いっそう黒に近い濃い灰色が目立ち、武骨さと堅牢さをかもしだしている。
トリアの街からさらに先、丘やノンパル森林、草原、パルの街までが遠く一望できることに、感動の笑みがうかんだ。
「――まさに絶景、ですねぇ」
『ぜっけい~~っ!!!!!』
私の万感がこもる呟きに、小さな五色の精霊さんたちも楽しげに声を上げる。
精霊のみなさんもこの絶景を楽しんでいらっしゃるのならば、もうしばし戦闘はお休みして、景色を眺めることにしようか。
肩と頭の上から、ふわっと前方へ移動してきた精霊のみなさんを両手の上に乗せ、ゆっくりと視点移動をするように、時折眺める方向を変えて新鮮な景色を楽しむ。
おそらく、上へとつづく砂利道のほうには、まだ見ぬ新しい絶景が広がっているとは思うが……それはまた、この広場より先へ進むことを決めた時の、お楽しみにとっておこう。
すでに多くのパーティーが戦闘を再開している様子を見つめ、ふともう観察する様な眼差しがこちらへ向いていないことに気づいた。
まぁ、定期的に大銀狼の魔物たちとも戦い、問題なく勝利していたため、気にかける必要はなさそうだと、そう判断したのだろう。
その点では、お邪魔になっていないようで、一安心だ。
……ただそれとは別に、良い意味で予想外だった点もある。
それは、自重をして、現在習得しているオリジナル魔法の中でも中ほどの威力である魔法を使った戦闘でも、複数を重ねて使うことで大銀狼たちに十分対応できていること。
「……本当は、この先へと進むことも、不可能ではない気がしますねぇ」
『しーどりあは、つよいからね!』
『あっちはかぜがつよいから、きをつけてね~!』
『みちあるから、さきにもいけるよ~!』
『つよいまものにも、かてるよ!』
『しーどりあ、まけないよ~!』
のほほん、と呟いた私に、小さな五色の精霊さんたちが、両の掌の上で得意気にぽよぽよと跳ねながら、言葉を返してくださる。
小さな風の精霊さんいわく、どうやら上につづく砂利道のほうは風が強いらしいが、小さな土の精霊さんが言うとおり、道はあるので進むことは可能なのだろう。
今の私でも、この先で現れる魔物にも負けることはないとのことなので、公式イベントを楽しんだ後、またラファール高山を登るのも好いかもしれない。
可愛らしい精霊さんたちを両手の親指で優しく撫でながら、そろそろこちらも戦闘を再開しようかと考えた、その時。
突然、頭上に巨大な影が射し、何事かとハッと空を見上げ――緑の瞳を見開く。
「銀色の、大きな鳥っ?」
戸惑いがそのまま言葉になって口から零れ、慌ててその口をつぐむ。
はるか天空にて、眼下の私たちの頭上を優雅に羽ばたいていったのは、銀色の鶴に似た巨大な鳥。
夜明けの薄青の光に照らされ、長い尾羽の先がまるで筆のように銀色を煌かせて描き、空に美しい煌めきの尾を引いていく。
半ば呆然と、大きく美しい鳥のゆくえを視線で追い、やがてその姿がラファール高山の頂上へと降り立つ様を見届けたのち、ようやく驚く胸中を落ち着かせるための吐息をついた。
サッとぶしつけでないていどに周囲を見やると、意外なことに攻略系のみなさんも、さきほどの巨大な銀鳥は何だったのかと、驚きと戸惑いを言葉にして交し合っている。
……まさか、トッププレイヤーにとっても未知なる存在を、瞳に映すことになるとは。
しっかりと口は閉じつつ、しかし内心では開いた口が塞がらない気持ちで、そろりと両手に乗る小さな五色の精霊さんたちへと視線を注ぐ。
以前から思っていたことではあるのだが、幼げな言動をする精霊さんたちは、その実とても博識だ。
そして今のように、私が疑問に思っていたり困っていたりすると、助言を授けてくださることが多い。
ぽよっとそろって小さく跳ねた、五色の精霊さんたちは、私の密やかな願い通りに疑問への答えを教えてくれた。
『あのとりは、このやまのしゅごしゃだよ~!』
『かぜをつかって、やまをまもってるみたい~!』
『ふるくて、いいこみたい~!』
『しーどりあとは、たたかわないよ!』
『いいこだから、たたかわないの~!』
風の精霊さんの言葉を口火に、水、土、そして光と闇の精霊さんが紡いでくださった言葉を聴き、なるほどとうなずきを返す。
「あの大きな銀色の鳥さんは、古くからこのラファール高山を護っている、守護者なのですね。私たちシードリアとは、戦わない……いえ、私たちにとっては、戦えない存在、と言うほうが実状に近いでしょうか」
『うんっ!!!!!』
いわゆる、非戦闘系の存在なのだと言うことまで判明した以上、いずれ登頂できた際にはぜひとも、お逢いしてみたいものだ。
ふっと穏やかに口角を上げ、さらなる未来の楽しみを想い描いたのち、さてと気合いを入れ直す。
絶景も未知なる存在との遭遇も、充分に堪能したところで――引きつづき、レベル上げにはげむとしよう!




