三十三話 読書は趣味なれど知は力
広場にいたシードリアのみなさんからなぜか注がれる視線を振り切り、お次はクインさんの書庫へと足を進める。
クインさんに朝のあいさつがしたいという思いもあるが、本題は書庫に新しく読めるようになっている本が増えていないかの確認だ。
おうおうにして昨今の没入ゲームなどでは特に、知識を提供する場はプレイヤーの状態によって、知識の開示量が増えていく傾向があった。
それはおそらくこの【シードリアテイル】でも、当てはまるのではないかと思ったのだ。
じゃりっとした土道の感触を改めて楽しみつつ、里の入り口に一番近い蔓の家を目指す。
目印の巨樹へと近寄ると、根元の幹に背をあずけ、紅い表紙の本のページをめくるクインさんが座っていた。
そっと左手を右胸にあて、声をかける。
「クインさん、おはようございます。よき朝に感謝を」
『おや、ロストシード。――よき朝に感謝を』
さらりと若葉色の長髪をゆらして美貌を上げ、穏やかな微笑みと共にテノールの声が私の名を告げ、勝手にお手本にしている優雅な所作で本を閉じて立ち上がると、エルフ式の朝のあいさつを返してくれた。
若葉色の瞳が昨日と変わらない穏やかさで注がれ、その口元の微笑みがふわりと深まる。
『小さな精霊たちとも仲良くなったみたいだね』
「えぇ。みなさんと一緒に過ごすことができて、私もとても嬉しく思っています」
『なかよし~!』
『しーどりあすき~!』
『いっしょにいるの、たのしいよ~!』
『あはは! それは良かったね』
クインさんが、私の肩や頭に乗る三色の下級精霊のみなさんを見ながら紡いだ言葉に、笑顔で言葉を返す。
精霊のみなさんとクインさんのやり取りに、なんだか心まであたたかくなった。
二者の様子を見て、ふと気になったことをクインさんに問いかけてみる。
「あの、クインさん。私は目醒めてからそう経たずに、精霊のみなさんと親しくなることができたのですが、どうやら私のようなシードリアはまだ少ないようなのです。なぜ、私は早くからみなさんと交友できたのでしょう? クインさんは何かご存知ですか?」
昨夜の世迷言板から気になっていた、他のシードリアたちと精霊たちとの状況への疑問と、私自身は早い段階で交友できたという疑問。
この疑問を問いかける相手がいるとすれば、書庫の守護者であり読書を好む知識の人だろうクインさんが適任だと、現実世界での休息中から考えていた。
私の純粋な疑問に、クインさんは顎に手をそえ、考えるそぶりを見せる。
短い沈黙の後、私の緑の瞳に視線を合わせたクインさんは、また穏やかに微笑みながら告げた。
『本を読んでごらん、ロストシード。君が知りたいこと、学びたいことが、もう読めるようになっているだろうから』
導くようなクインさんの言葉に、はっとする。
予想通り、やはり【シードリアテイル】でも、プレイヤーの状態に合わせて知識の開示がされていくという点は、間違いないようだ。
そしてこのはじまりの地であるエルフの里の場合、開示される知識とはすなわち、読むことができる書庫の本が増えるということのはず。
クインさんへと大きくうなずき、自然とうかんだ笑みをそのままに、返事をする。
「分かりました。また書庫にお邪魔いたします」
『あぁ。ゆっくり読書を楽しんで』
「はい!」
ひらり、と軽くとも上品に手を振るクインさんへ、こちらも軽い会釈を返し、書庫である蔓の家へと向かった。
足を踏み入れた蔵書の海は、以前と同じ古い紙の香りを嗅覚に伝える。
ざっと見まわした本棚には、たしかにまだ読んだことのないタイトルが書かれた本がいくつか見えた。
「ええっと、[精霊との交友と精霊魔法]、[魔物図鑑]に[植物図鑑]、[初級・下級属性魔法の一覧]……なるほど。これはなかなか読み応えがありそうですね!」
キランと、きっと私の緑の瞳は今、煌いたことだろう。
読書は私にとって、間違いなく趣味の一つだ。それと同時に、どのような場や状況でも、知識は必ず自らの力となる。
この読むことができるようになった本たちを、楽しく読まないという選択肢は、はじめから私にはない!
私の高まる高揚感が伝わったのか、三色の下級精霊のみなさんもそわそわと動き出す。
まずは一度、この書庫で習得した初のスキル《瞬間記憶》を使い、すべての本の内容を頭に入れていく。その後、本のページをめくる楽しみを堪能することにしよう。
本棚から手早く本を取り出し、開いては《瞬間記憶》で即時に記憶する動作を繰り返す。
そのさなかで、[魔物図鑑]の内容を頭に入れ終え、推測は間違っていなかったことに安堵の息を吐く。
予想通り、ハーブスライムの属性は緑の属性だった。
つまり、緑の属性の魔物が緑の属性の魔石を落としており、魔物の属性と倒した際に落とす魔石の属性は一致する、という仮説が証明されたことになる。
魔物図鑑には、当然として他の魔物の情報も載っており、この魔物たちの属性に合わせた魔石を入手できると思って、間違いはないだろう。
――やはり、情報や知識は力だ。




