三百三十五話 素敵な物件と中級技術について
改めて感謝を伝えた錬金術師のお爺様のお家から、夜につつまれた職人通りへと出てくると、アルさんがパッと灰色の石盤を開いた。
「とりあえず、先に爺さんが教えてくれたオススメの宿を見てくるって、メッセージ入れておいて……って、あっちはさっそく、いい雰囲気のクラン部屋をいくつか見つけたみたいだぞ、ロストシードさん」
「おや! さすがはみなさんですね」
「だなぁ。まったく、頼りになるメンバーだ」
「アルさんもメッセージを送ってくださり、ありがとうございます」
「ははっ! これくらいお安い御用ってやつさ!」
なかなかに素早いノイナさんたちの行動に、二人で笑顔を交わし、メッセージを打ってくださったアルさんにお礼を告げて、職人通りをもう少しだけ奥へと進む。
錬金術師のお爺様いわく、宿と言えば大通りにある宿屋通りが一般的ではあるが、トリアの街にはこちらの職人通りにも宿屋があり、こちらのほうが簡単な作業なら部屋でも出来るところが多いため、オススメとのこと。
アルさんと二人で靴音を鳴らしながら足を進めた先、ちょうど職人通りの端に、石造りの小さい宿屋がポツンと建っていた。
屋根近くに飾られた看板に書かれた宿屋の名は――[賢人の宿]。
「賢人……」
「あ~~、爺さんが好きそうな名前だなぁ」
予想外の宿名に、思わず気になった部分を言葉にして零すと、アルさんも苦笑してそう紡ぐ。
つい、得意気にフンッと鼻を鳴らすお爺様の姿を想像してしまい、おそらく同じ姿を頭にうかべたのだろうアルさんと顔を見合わせ、とたんに愉快さにふき出したアルさんの横で、うっかり私もにっこりと笑みを深めてしまった。
お爺様オススメのお宿の確認を終え、職人通りを引き返したのち、中央の噴水広場へ戻ってくると、神殿やギルド通り側の大通りへ。
手早く石盤のメッセージを確認したところ、ノイナさんたちはこのあたりで新しいアトリエのクラン部屋を探していらっしゃるとのこと。
さて、みなさんはどちらに、と視線を巡らせたすぐ近くの路地の先で、ナノさんのガーネットの瞳と視線が合った。
「アルさん。みなさん、あちらの路地の先にいらっしゃいます」
「おっ! 案外近かったな」
「えぇ」
少々距離が離れているナノさんと笑顔を交わし、アルさんにお伝えして路地に入り込む。
「あ! アルさ~ん! ロストシードさ~ん! こっちこっち!!」
そう元気な声を上げて片手を振るノイナさんのもとへたどり着くと、ドバンスさんがこれまた石造りの小さな家を親指で差して、口を開く。
「見てきた中では、ここが一番作業しやすそうだったぞ」
「ご確認、ありがとうございます。こちらも素敵な石造りのお家ですね」
「やっぱりトリアだと、石造りが主流っぽいよなぁ。まぁ、ドバンスが作業しやすいって言うなら、ここで決まりだろ!」
「なのです!」
「うん!」
満場一致でこちらのクラン部屋をのちほど借りることに決まり、この後は職人通りに戻って作業をすることになった。
深夜へと移り変わる星空を見上げつつ、各種施設がそろった大きな作業場に入り込む。
さっそくと鍛冶場に行くドバンスさんの背中を見送り、近くの長机にそろった椅子へと残りの四人で腰かけると、こちらも作業を開始する。
みなさんもそれぞれ、公式イベントに向けた準備を進めているようで、カバンから取り出した材料が同じだったアルさんとは、小さく笑みを零し合う。
生命力と魔力回復ポーションをつくりながら、眼前のノイナさんとナノさんの美しい裁縫作業を眺め、ドバンスさんの鎚が振るわれる音を聴く。
闇色に染まった時間の中、明るい大きな作業部屋で同士のみなさんと作業をすることは、基本的に個人ですごしていることの多い私にとって、貴重な時間だと感じる。
――もちろん、小さな精霊さんたちは常に一緒にいてくださっているので、そういう意味では一人ですごしているわけではないのだけれど。
いずれにせよ、この時間が大切なものであることは、間違いない。
ふわりと微笑みを深めていると、ふいに右隣に座るアルさんが「そう言えば」と声を上げた。
「なかなか、中級にならないんだよなぁ、錬金技術のスキル」
「分かるのです! ナノも裁縫技術が中級にならなくて、とっても悩ましいのです」
のほほんとしたアルさんの呟きに、すかさずナノさんが肯定を返す。
珍しく小さな不服さをにじませるナノさんの言葉に、思わず右斜め前に座るノイナさんと、お互いの瞳にうかぶ疑問を交し合う。
ナノさんの不服さの理由が分からず、ノイナさんと一緒に小首をかしげたところで、
「わしも中級には、まだ届いていない」
と、少し離れた位置で作業しているドバンスさんからも、声が飛んできた。
ここにきて、ようやくナノさんの不服さの理由を察する。
アルさん、ナノさん、それにドバンスさんのお三方は、それぞれ一つの技術を極めようと、日々はげんでいらっしゃるかたがただ。
このお三方の技量が素晴らしいと言うことくらいは、私にも分かる。
だからこそ――まだ、このお三方の技術が下級の域を出ないことに、私も反射的に不思議さを感じた。
「ドバンスでもまだなのか? なら、やっぱ中級にするにはいろいろ細かい条件がありそうだな」
「まだ実装されていない、と言う可能性は、ちょっと考えたくないのです」
「それはさすがに無いと思うけどな~」
アルさんとナノさんの会話を聴きながら、ざっと頭の中で過去に遊んだ別のゲームの事例を思いうかべて、静かに言葉にする。
「条件に含まれる可能性があるものと言いますと……やはり定番は、制作数、レベル、条件達成に必要なスキルの習得、中級作品の製作。――それと……」
「それと?」
このまるで本物の異世界のように鮮明な、没入ゲーム【シードリアテイル】だからこそ、条件に含まれるかもしれないもの。
本物の人のような言動を有する、ノンプレイヤーキャラクターに関するそれを、告げるかどうか束の間迷い、アルさんに促されるかたちで、紡ぐ。
「……お師匠様の許可、などでしょうか?」
私の言葉に、アルさんだけではなく、ナノさんとノイナさん、それにこちらを振り向いていたドバンスさんまで、瞳を見開いた。
「……そこは、盲点だったな」
「あとで確認しないと、なのです!」
「えぇっと……すべてただ思いつく限りをお伝えしただけですので、これらが正しいかどうかは不明なのですが……」
真剣な表情で腕を組んだアルさんと、意気込むナノさんに、慌てて言葉をつけ加える。
私が上げた条件が、すべて間違っている可能性も、決して少なくはないだろう。
そう思って追加した言葉に、なぜかアルさんもナノさんもノイナさんまで、不思議そうな表情が返された。
「――今は一つでも、可能性を確認したいのだ。ロストシードの思いつきが間違っていたとして、誰も気にしないだろう」
静かに、少し離れた鍛冶場から伝えてくださるドバンスさんの言葉に、なるほどとうなずきを返す。
そう言われてみると、そもそも現段階では条件が隠されているのかどうかさえ、判明していないのだ。
条件そのものも、単純に確認する事項であるだけ、と言えるだろう。
「たしかに、そうでしたね」
「後、わしらはそもそも、お前さんの思いつきが間違っているとは、あまり思っていない」
「だってロストシードさんが言うんだものな~」
「なのです!」
「うんうん!!」
――これは何やら、過大な信頼をいただいているような気が、するのだけれど……。
納得の言葉を紡いだ後、みなさんからそれぞれ意味深長な、あるいは満面の笑顔で告げられた言葉を、若干困惑したまま微笑みで流したのち。
改めて、中級技術を習得するためにはげんでいるみなさんの努力に感心すると共に、私もイベントがひと段落した後は、中級の技術習得に取り組んでみようと、密やかに意気込んだのだった。




