三十二話 はじめての依頼達成!
天神様と魔神様にはじめての《祈り》を行い、三つの魔法を手に入れたこと自体は率直に喜ばしく思う。
……一部、用途が悩ましい魔法もあったけれど。
〈ノクス〉を消し魔神様へのお祈りを終え、今回の《祈り》はこれくらいにして、神殿の外へと出る。
この大地での昨日にあたる深夜には、行うことができなかったやり残したことを、完了しに行こう。
すなわち――討伐依頼の報告を。
三色の下級精霊さんと連れ立って土道を進み、昨日ほど混んでいるわけではないが、それでもやはり他のシードリアのみなさんに囲まれている指南役の面々を見つめる。
シエランシアさんも数人のシードリアたちに囲まれており、その邪魔をする気はないため、少し離れた土道の端によりのんびりと順番を待つ。
基本的に没入ゲームのノンプレイヤーキャラクターなどは、状況把握力が高いため、こうして待っていることで一声くらいはかけてくれるものだ。
もっとも、周囲の様子を観察するだけでも私にとっては楽しく、時間の経過などたいして気にならないのだけれど。
穏やかに見えるだろう微笑みをうかべながら、他のシードリアたちの私が習得していない魔法を使う練習姿や、剣や弓を練習する様子を眺める。
その合間に、三色の精霊のみなさんとつついたりつつかれたりをしていると、ちらりと何度か視線が注がれているのに気づいた。
一か所ではなく、あちらこちらからあるため、幾人かのシードリアたちに見られている、ということだろう。
これは、昨夜ツッコミをほとばしらせたエルフのシードリアたちの世迷言板で知った通り、そもそも精霊のみなさんと交流できているシードリアが少ないからだと察する。
物珍しさに視線を向けるのは、私も同じことをしているので、あまり気にしなくてもいいだろう。
そんな風に思っていると、凛とした声が耳に届いた。
『ロストシード。討伐依頼の経過報告を聞こう』
視線を向けると、朝の空と同じ色合いの瞳が、ひたとこちらへと注がれている。
それに少しだけ微笑みを深くして、まっすぐにシエランシアさんの元へと歩みよった。
『どうだった?』
「はい、滞りなく」
簡潔なやりとりは、なかなかに心地良い。
そこには確かに、シエランシアさんからの信頼が垣間見えた。
右腰の小さなカバンの中から、昨夜拾い集めて収納しておいたハーブスライムの核三つと、討伐の依頼紙を取り出す。
それをシエランシアさんへと見せると、鷹揚なうなずきが返ってきた。
『上出来だ。まぁ、君なら問題ないと思っていたが』
「ありがとうございます。シエランシアさんのご教授あってこその結果です」
『そうだったか?』
「えぇ、そうですとも」
フッとうかんだ不敵な笑みに、にっこりとした満面の笑みで応える。
たしかに私は、シエランシアさんから魔法を教わったわけではないが、魔法使いとしての戦闘時の心得を伝えていただいたことも事実。
その意図が伝わったのかまでは分からなかったが、シエランシアさんは不敵な笑みをそのままに、私の手から核と依頼紙を受け取ると、かわりに鉄貨六枚を掌の上に置いてくれた。
『初の討伐依頼の達成、おめでとう』
「ありがとうございます!」
まるで我が事のように満足気な声音で、そう告げられた言葉に、嬉しさでほんの少し頬がゆるむ。
お礼の言葉を返し、鉄貨をカバンに入れる間に、ようやくはじめての依頼達成の実感が湧いてきた。
自らの意志で受けた物事を、自らの力で解決できた際には、何事もやはり嬉しくなるものだ。
とは言え、ここには他のシードリアたちもいるので、表情はなるべく穏やかな微笑みを維持しつつ、内心で喜んでおくとしよう。
表情の維持につとめながら、ふとそう言えば討伐の証明部位は核だったが、魔石は私が貰っても良いものなのか気になった。
しかし、それを問いかける前にシエランシアさんが先に口を開く。
『魔石はこちらが買い取ることもできるが、この先使いどころもあるだろうから、君自身が持っておくことをオススメする』
シエランシアさんは心が読めるのかもしれない……と一瞬思ったが、それよりは魔物を討伐する際には魔石も落ちるものだと、そう認識しているからこその発言だろうと思い直した。
軽くうなずき、伝える。
「分かりました。では、魔石はいつかの機会のためにこちらで所持を」
『あぁ、そうすると良い』
私の返事に、シエランシアさんはまた鷹揚にうなずき、言葉をつづけた。
『次はもっと手ごたえのある魔物との戦闘をすることになるが……今依頼を受けていくか?』
すぅっと空色の瞳が細められ、私の緑の瞳を射抜く。
けれどもそこには、初対面の時に感じた鋭さはなく、むしろどこか愉快気な雰囲気が宿っていた。
少し考えて、首を横に振る。
この後にも学びたいこと、試したいことは多くあるため、討伐依頼は一時保留にしよう。
「いえ。この後は少々別件がありますので、またのちほど伺ってもよろしいでしょうか?」
『もちろんかまわない。好きな時に来ると良い』
「はい。その際はまた、よろしくお願いいたします」
『ああ』
事実上のお断りの言葉に、それでも凛々しい笑みはゆるがない。
シエランシアさんが快く保留を受け入れてくれたということは、依頼なども自身の好きな時に受けることができるのだろう。
ありがたい仕様とシエランシアさんの言葉に、優雅なエルフ式の一礼をして深く感謝を伝える。
それにまた杖を右手に持ったまま、威厳ある礼を返してくれたシエランシアさんを見返し――そういえば、と思い出す。
つい、あ、と小さな声が零れ、私のその様子に、シエランシアさんが器用に不思議そうな表情で片眉を上げた。
たいしたことではないので、思わずかすかな苦笑をうかべながら、言葉を紡ぐ。
「いえ、すみません。一つ単純に忘れていたことがありまして」
『どうした?』
わずかに首をかしげるシエランシアさんへ、そっと左手を右胸に当てて、微笑む。
すっかり忘れていたものは――朝のあいさつだ。
「よき朝に感謝を」
にっこりと、若干の気まずさを隠すように笑顔でそう告げると、一瞬空色の瞳が見開かれる。
次いでフッと不敵な笑みがうかび、シエランシアさんは私と同じ所作をすると、少し低めの声音で凛と言葉を返してくれた。
『よき朝に感謝を。――今日も存分に楽しみたまえ、ロストシード』
「はい!」
今度こそ心底からの笑みを返し、さっと身をひるがえす。
……どうしてか、明らかに多く注がれる視線を背に、三色の下級精霊さんたちを連れて、土道を進む歩みを速めた。




