三百二十八話 精霊の輪舞と新しい雷魔法
古き水のお花様が元気になったことで、幼い兄妹の心配事は解決したようだ。
笑顔の兄妹たちにこちらも微笑みを深めながら、しかしこうなると、降りつづく雨にうたれる小さな姿と、何よりこのような深夜の時間に子供たちが起きていることのほうが、心配になるというもの。
穏やかな声音で、そろそろ家に帰ってあたたかくして眠ることをすすめると、さいわいにも幼い兄妹は素直に手を振って家へと入っていった。
素晴らしい祝福の贈り物に、再度池の底で美しく咲く古き水のお花様へと、エルフ式の一礼を丁寧に捧げてから、路地をたどり最初の噴水広場へと戻ってくる。
「さぁ。今度こそ、神殿へとまいりましょうか」
『はぁ~い!!!!』
深夜のパルの街を進み、闇色に白く壮麗な姿をうかばせる神殿へと踏み入ると、さっそく精霊神様のお祈り部屋で《祈り》を開始し――とたんに、しゃらんと効果音が鳴った。
「おや?」
思わず疑問の声を零して、お祈りのためにと閉じていた瞳を開く。
緑の瞳を向けた眼前には、[〈フィ・ロンド〉]と書かれた光る文字がうかんでいた。
フィ……精霊、の意味を持つその語があるからには、これは新しい精霊魔法に違いない!
そう思い、高揚を感じながらふわふわとそばで飛んでいた、小さな四色の精霊さんたちを見やると、一様にそれぞれの身の光が強く輝いた。
『ぼくたちも、しーどりあとたたかう~~!!!!』
「それは、とても頼もしいです!」
元気いっぱい、やる気もいっぱい、と言った風な精霊さんたちの言葉に、笑顔でうなずきを返し、灰色の石盤を開いて説明文を確認してみる。
[精霊たちをそばに呼び出し、自由に精霊魔法を発動してもらう、持続型の精霊魔法。詠唱者と精霊との関係性によって、応じる精霊も発動する精霊魔法も異なってくる。詠唱必須]
……小さな四色の精霊さんたちのやる気の意味を、すぐに理解した。
この、精霊の輪舞という意味を宿した、新しい精霊魔法。
なんと、詠唱に応じて出現した精霊さんたちが、思い思いに精霊魔法を放つ、という――文字通りに、とんでもなく自由な精霊魔法なのだ!!
「なるほど……だからみなさんも、一緒に戦ってくださるとおっしゃったのですね」
『うんっ!!!!!』
胸の内に驚愕を残しながらも、なんとか私なりの解釈を紡ぐと、精霊さんたちはご満悦な声音で返事をして、嬉しげにくるくると舞う。
いつの間にか、ふっと現れた小さな光の精霊さんまで舞っているので、深夜から夜明けの時間に移ったようだ。
その可愛らしいみなさんの様子に、つい頬をゆるめながら……またまた素晴らしすぎる精霊魔法の習得に、精霊神様へと感謝を捧ぐ。
次いで、お祈り以外にこの場でおこなおうと決めていたことに、取りかかろうと口を開いた。
「小さな精霊のみなさん。お次はこの神聖な場で、新しい雷の魔法を習得しようと思います」
『わぁ!!!!! あたらしいかみなりのまほう~~!!!!!』
「えぇ!」
フッと口元にうかべたのは、いささか不敵な笑み。
この新しい雷魔法の習得は、他でもない、大規模戦闘をメインとする公式イベントのためにおこなう、準備の一つだ。
戦闘系のイベントでは根本的に、扱える技や戦法は多ければ多いほど、当然ながら戦いやすい。
この点を考えて、現状星魔法をのぞき、もっとも威力の強い雷魔法を、新しく習得することに決めた。
習得したい魔法形態は、二種類。
複数の攻撃を並行発動する、二段階発動形式の複雑魔法と、より広い範囲に影響を及ぼす、範囲魔法の二つだ。
これらの魔法で欠かせないのは、風魔法よりもなお高速で動かすことのできる雷魔法の特性や、麻痺や水とあわせることで起こせる感電の効果、そして他の属性と比べて威力があると言う点。
出来得る限り、特性も効果も威力も、最大限活用したいところだが……さて。
上手く習得できることを願いつつ、まずはと複雑魔法のほうのイメージに取りかかる。
こちらの魔法では、属性は雷一つ。
雷の矢を並行発動することと、麻痺もより強力に作用するように、一つの属性の魔法としてはいくぶん複雑なイメージをおこなう。
見た目としてはシンプルかもしれないが、重要なのは性能のほうなので、今回ばかりは発動時のかっこよさというロマンはそっと、紫に輝く雷の矢にすべてをたくすことにした。
そうして、しばらく脳内で想像力との格闘をつづけ、ようやく鮮明なイメージが出来た頃。
ビリッと小さな音を立て、周囲に雷の矢が射出を待つように出現したのち、またたく間に前方へと飛来して消え去った。
次いで、しゃらんという美しい効果音と共に眼前に現れた光る文字は――[〈オリジナル:麻痺放つ迅速の並行雷矢〉]。
無事に目当ての魔法を習得した予感に口角を上げ、灰色の石盤を開いて説明文を確認していく。
「えぇっと……[無詠唱で発動させた、中範囲型のオリジナル攻撃系兼補助系、複雑中級雷魔法。発動者の近くに雷の矢を五つと五つ、並行して出現させ(一段階)、非常に素早く敵へと迫り攻撃と麻痺状態による動作の阻害を同時におこなう(二段階)。二段階の魔法操作が可能。無詠唱でのみ発動する]。えぇ、好い仕上がりですね!」
『いいしあがり~~!!!!!』
「はい!」
読み上げた説明文に満足して、小さな五色の精霊さんたちと一緒に、声音を弾ませる。
それでは、この調子でもう一つの範囲魔法も習得しよう!
再度気合いを入れ直して、集中。
こちらの魔法は、広い範囲と雷魔法の威力を焦点にして、感電効果も狙っていきたいところ。
水属性とあわせることは必須で、さらに緑属性で毒効果も加えてみるのはどうだろう?
あぁ……これはなかなか上手く、威力と状態異常効果を兼ね備えた魔法が出来上がる予感がする!
湧き上がる高揚に笑みを深め、いよいよ魔法の形を決めて行く。
今度は少々、見た目も鮮やかなものにしよう!
想像通りに影響範囲を変化させる、雷と毒の花弁と水の渦を生み出して攻撃し、麻痺と感電と毒効果を残す――これだ!!
閃いた魔法を強く、そして細やかにイメージして、その形を完成させる。
魔力が動く感覚と共に、開いた緑の瞳に前方で渦巻く、紫の雷光と色とりどりの花弁、そして流水が組み合わさった美しくも脅威的な新しい魔法が映った。
再び響いた効果音に眼前へと視線を戻すと、[〈オリジナル:残痕刻む雷花水の渦〉]と書かれた文字が、空中に光りうかんでいる。
サッと開いた石盤の中、刻まれていく説明文を視線で追いかけて、確認。
[無詠唱で発動させた、中範囲型のオリジナル攻撃系複合中級雷・緑・水魔法。発動者の意思の通りに、紫の雷光と毒のある花弁と流水を組み合わせた渦を発生させて、中範囲一帯を攻撃し、魔法発動終了後もしばし残留する麻痺と毒と感電効果を与える。他の雷魔法を加えることで、より強力な麻痺と感電状態になり、他の毒効果をもつ緑魔法を加えることで、より強い毒状態になる。無詠唱でのみ発動する]
最後の文字まで視線でなぞり、ふっと吐息をついた。
「さすがに、まだ広範囲にはなりませんでしたか……。とは言え、充分な性能の魔法が習得できたことは、間違いありませんね」
『つよいきがする!!!!!』
「えぇ。強い魔法に仕上がった、はずです」
中範囲以上の範囲にはまだ至らなかったものの、状態異常を盛った新しい範囲魔法は、きっと大規模戦闘でも活躍してくれることだろう。
さいわい、今回のイベントでは最終手段である星魔法の使用が、特効攻撃として公然と許可されているため、もし新しい魔法が通用しなかったとしても、私の場合はそれほど問題にはならない。
であれば、今は純粋に新しい二つの魔法を習得できたことを、喜ぶことにしよう!
そっと両の手を組み、もう一度精霊神様に感謝を捧げて、今回の魔法習得は終了。
他の神々への《祈り》を終えてから神殿を出ると、流れるように視線を次の目的地の方向へと向ける。
緑の瞳を向けたのは、少し前にも行った最初の噴水広場へと至る方向。
さぁ、お次は――レベル上げにはげむとしよう!




