三百二十七話 古き水花の癒しの祝福
【シードリアテイル】へのログイン直後。
鮮明になる感覚が、胸元でぽよぽよと跳ねる感触をまっさきに伝え、つい口元がゆるんだ。
『しーどりあ!!!! おかえり~~!!!!』
「えぇ、小さな精霊のみなさん! ただいま戻りました」
『わぁ~~いっ!!!!』
開いた緑の瞳に、嬉しげに胸元で跳ねる水と風、土と闇の小さな精霊さんたちの姿が映る。
軽くゆれる蔓のハンモックにお別れをして、床へと降り立つと、十四日目のはじまりを感じてあふれた好奇心に、笑みを零す。
窓から見える外は、深夜の時間の静かな闇色に染まっていた。
「さて! 何はともあれ、まずは準備ですね!」
『じゅんび~~!!!!』
笑顔で告げ、小さな四色の精霊さんたちが眼前でくるりと一回転する姿に微笑みを深めて、準備開始!
精霊魔法〈フィ〉で小さな多色の精霊さんをお呼びし、〈ラ・フィ・フリュー〉と〈アルフィ・アルス〉を唱えて、多色と水の精霊さんたちに持続展開していただく。
次いで、二つのオリジナル魔法、〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉と〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を発動し、石杭と多色と水の精霊さんをスキル《隠蔽 四》で隠して――準備完了。
「それでは、まずは普段通り神殿へ」
お祈りをしに行きましょう、と紡ぐはずだった言葉を、反射的にのみこむ。
唐突に眼前で、私のそばから宿部屋の出入り口である扉へと伸びる、美しい虹色の光が現れて煌いたから。
「これは……ニジイロアゲハ様から授けていただいた、祝福ですね!」
『しゅくふく!!!!』
小さな四色の精霊さんたちが、ぽわっとその身の光を強めてわくわくを示す理由は、きっと私と同じはず。
《祝福:幸運の導き》の効果は、幸運へと虹色の光が導くというもの。
つまりこの虹色の光は、何らかの特別な幸運へと私たちをいざなうものなのだ!
「こちらの光をたどることが、先のようですね。まいりましょう!」
『ひかり、おいかける~~!!!!』
宿部屋を出て、明かりが消えた宿屋の中を突っ切り、外の大通りへ。
石畳を叩く水音に、久しぶりの雨を新鮮に感じながら、白のローブのフードをかぶって、大通りを伸びて行く虹色の光をたどり、中央の噴水広場を抜け、神殿やギルド通りもすぎると、やがて最初の噴水広場へと足を踏み入れる。
虹色の光は、水飛沫を散らす噴水を横切り、一軒の古びた石造りの家の裏へとつづいており、追いかけて静かに路地を進むと、家の庭とおぼしき場所に出た。
いったいどこへ導かれているのだろうか、と視線を巡らせた先。
深夜の時間にもかかわらず、小さな人工の池を淵からのぞき込む、幼い少年と少女のそばで、虹色の光は途絶えていた。
池の淵に座り込んでいる、茶色のフード付きマントを身にまとった幼い兄妹はたしか……私がはじめてパルの街をおとずれた時に魔法を披露した、あの子供たちではないだろうか?
ノンプレイヤーキャラクターとは言え――いや、だからこそ、このような夜深き時間に、幼い子供たちが雨に打たれながら池をのぞいているという現状は、どうにもただ事ではないように感じる。
少々緊張しながら、お庭へと踏み入る前に、優しく声を紡いだ。
「その池に、何か起こっているのですか?」
『わっ!?』
やわらかな声音での問いかけは、しかしそれでも二人の幼い兄妹を驚かせてしまったらしい。
声と小さな肩を跳ねさせて立ち上がった少年は、すぐにひとまわり小さな妹を抱きしめて、こちらを見やり……すぐに安心したようにほっと表情をゆるませた。
「失礼しました。驚かせてしまいましたね」
『ううんっ! まえに、まほうをみせてくれた、エルフのシードリアのおにいちゃんでしょ? ぼく、おぼえてる!』
『きれいなまほうの、おにいちゃん!』
庭の端から謝罪を告げると、とててっと手を繋いで笑顔で駆けよってくれる幼い兄妹に、笑顔でうなずきを返す。
次いで、どうしてこのような夜の時間に池をのぞいていたのかと問うと、とたんに小さな肩がそっと下がった。
『おはな、げんきないの……』
『ほんとはもっと、きらきらしてるんだって、ばーちゃんがいってたんだけど……』
「お花、ですか?」
『うん。このおはな!』
少女と少年の言葉に小首をかしげると、庭の中へとまねかれ、一緒に池をのぞき込む。
雨による波紋を広げる小さな池は、澄んだ水をたたえており、その水底に五枚の花弁を開く水色の花が咲いていた。
しかしたしかに……こう、心なしか、その花弁にはしわがつき、元気がないように見える。
これはどうしたものか、と思考を巡らせていると、右肩でぽよっと小さな水の精霊さんが跳ねた。
『しーどりあ! かいふくまほうのでばん!』
「――なるほど」
水の精霊さんの的確な助言にふわりと微笑み、〈オリジナル:癒しを与えし光の小雨〉を発動!
パルの街へはじめておとずれた日、兄妹へと見せたあの癒しの小雨を、再び降り注がせる。
淡く光る癒しの雨は、天から降る雨と重なって、池の水面に次々と綺麗な波紋を描いていき――やがて、水底の花の花弁に、水色の煌きが灯った。
『わぁ……!』
『きれ~いっ!』
『――ありがとう』
兄妹の小さな歓声につづけて、澄んだやわらかな感謝の声が聞こえ、同時にしゃららら……と、美しい効果音が鳴る。
創世の女神様がご降臨なさる際に鳴る音に近しいこの音は――祝福を授かる時の音!
眼前にぱっと光り現れた文字は、[《祝福:水癒の慈愛》]。
池の底で咲く花を輝く瞳で見つめる幼い兄妹をちらりと見やり、喜びに水を差さないようにそっと一歩下がってから、灰色の石盤を静かに開き、新しい祝福の説明文を確認する。
[古き水の花から授けられた、攻撃系以外の水属性魔法に、必ず生命力回復効果がつく祝福。この祝福は、永続的に常時発動する]
これはまた、とんでもない祝福を授かったものだ……。
攻撃系以外の水魔法が対象と言うことは、おそらくまさに今現在持続発動している〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉の水魔法の部分にも、すでにこの祝福が効果をもたらしているのではないだろうか?
公式イベントがはじまる前に授かる祝福として、これほど頼もしいものもないだろう!
思わず、反射的に胸を高鳴らせていると、今度は左肩で小さな土の精霊さんがぽよっと跳ねる。
『あのねあのね! よあけのはなとおなじくらい、ふるくてとくべつな、みずのはなだよ~!』
「そう言うことでしたか……!」
土の精霊さんの言葉に、小声で納得と感動の響きを声音に宿して返事を紡ぐ。
私に一つ目の祝福を授けてくださった、かの夜明けのお花様と同じくらい古き特別なお花様であったのならば、今回の祝福の素晴らしさも理解できる気がする!
改めて、おそらくさきほど聞こえた声の持ち主なのだろう、池の底の古き水のお花様へと緑の瞳を注ぎ、小さな会釈と共に心の中で感謝を伝えていると、幼い兄妹がこちらを振り向き、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
『おにいちゃん、おはなをげんきにしてくれて、ありがとう!』
『ありがとう~!』
「どういたしまして。こちらこそ、素敵なお花様と出逢わせていただき、ありがとうございます」
兄妹のまっすぐな感謝の言葉に、私も感謝を返して、お互いに笑顔を交し合う。
変わらず雨が波紋を描く、澄んだ池の水の中――キラキラとした水色の煌きを花弁から放つ古き水のお花様は、深夜の闇色の中でさえ、とても美しく見えた。




