三百二十四話 新鮮さを楽しむ心
実に鮮やかな流れで、明日の約束が結ばれ、それならばとノイナさんが明日の昼までにこのクラン部屋を職人ギルドに返すことをうけおってくださり、集合場所もパルの街のワープポルタがある最初の噴水広場にしよう、と話がまとまる。
流れるように決まった段取りに、改めて【紡ぎ人】のみなさんはものづくりの技術だけではなく、こういうところも素晴らしいと、密やかに感動が胸をつく。
自然と微笑みを深めていると、片づけの作業に入ったアルさんがふいにのほほんと呟きを零した。
「俺もついでに、宿屋暮らしをはじめてみるかなぁ。ロストシードさんはどうする?」
そうこちらを見やり、尋ねてくるアルさんへ、一瞬だけ考えてから微笑みと共に返答を紡ぐ。
「そうですね――えぇ。やはり、私も新しいお宿を楽しもうかと」
ずいぶんと親しんだ宿屋を離れるのは、少しばかり寂しさを感じるけれど。
今が拠点を移す頃合いだと言うのであれば、その新鮮さを楽しむのもまた、醍醐味と言うもの!
せっかくの機会なので、ここは新しい宿屋へと拠点を移そう!
「おぉ! 良いと思うぞ! なら、リーダー。二手に分かれないか?」
「二手にわかれる……って??」
私の返答を聞き、またにっと笑ったアルさんが、今度はノイナさんへと声をかける。
不思議そうに問い返すノイナさんへ、片手の人差し指を立てたアルさんは、楽しげに提案を紡いだ。
「どのクラン部屋にするか、まではみんなで行動して、その後二手に分かれるんだ。
リーダーとドバンスとナノは、新しいクラン部屋の手続きをする。で、俺とロストシードさんは、宿屋を探しに行く!」
「あっ、そういうこと! うん、いいと思う!」
「よろしいのですか? 手続きをお任せしてしまうことになりますが……」
「まっかせて!! あたしこう見えて、このアトリエ【紡ぎ人】の、リーダーだからね!!」
そう言って腰に両手を当てたノイナさんは、手続きをお任せしてしまう申し訳なさが吹き飛ぶほどに頼もしいお姿で、思わず緑の瞳を煌かせる。
「よっし決まり決まり! みんなそろそろ明日にそなえて寝る時間だぞ~!」
明日の予定の流れが決まったところで、アルさんの言葉により片づけをはじめたみなさんに、また明日と一礼を捧げ、一足先にクラン部屋から外へ。
夜の大通りを進み、中央の噴水広場をぬけて宿屋まどろみのとまり木まで戻ってくると、ゆったりと二階にあがり、宿部屋へと入る。
蔓造りの部屋を改めて眺めながら椅子へ腰かけると、自然にふぅと吐息が零れた。
「……いざ離れることを思うと、やはり名残惜しいものですね」
ぽつり、と呟いた言葉に、小さな四色の精霊さんたちがふわふわと優しく、頭を撫でてくれる。
その心地好さに微笑みながら、いつも素敵な癒しをくださる精霊さんたちに感謝を紡いだ。
「小さな精霊のみなさん。いつも私のそばにいてくださって、ありがとうございます」
『うんっ! ぼくたち、ずっとしーどりあといっしょ!』
『えっへん! はなれないよ~!』
『いつもしーどりあと、いっしょにいる~!』
『しーどりあといっしょ、たのしいの~!』
「――嬉しいです。大好きですよ、みなさん」
あぁ……本当に、小さな精霊さんたちはいつもこうして、私をとびきりの笑顔にする。
とてもあたたかな言葉で応えてくださるみなさんを、そっと頭へと伸ばした両手で包み込み、胸元へと下ろしてやわらかにいだく。
このような動作にさえ、みなさんはきゃっきゃと喜んで可愛らしい姿を見せるのだから……これはいよいよ、可愛過ぎ注意報を発令しなくては!!
――当然、私限定の発令だけれど。
両手の上でコロコロと転がって遊びはじめたみなさんに、うっかり頬がゆるゆるになりかけて、慌てて上品に留める。
ついでに小さな多色と水の精霊さんのかくれんぼを解き、美しい小さな光の乱舞に包まれながら、改めて明日へと思いをはせていく。
「明日は、拠点替えの他にも、明後日の大規模戦闘に向けてのさらなる準備を進めましょうか」
『だいきぼせんとう????』
「えぇ。御告げ……のようなもの、と言えばいいのでしょうか? 私たちシードリアがたくさん参加することになる、とても大きな戦いがあるとお知らせがあったのですよ」
『わぁ~!!!! じゅんびだいじ!!!!』
「そうなのです」
小さな四色の精霊さんたちの言葉にうなずき、明日の準備について軽く説明する。
「大きな戦いというくらいですから、おそらく多くの魔物との戦闘、あるいはとても強い魔物との戦闘などがあるのではないか、と私は予想しています」
『うんうんっ!!!!』
「ですので、明日はレベルをもう少し上げること、新しい魔法を習得することを、大きな戦いにそなえる準備として、おこなおうかと」
『おぉ~~!!!! ぼくたちもいっしょにする~~!!!!』
「ふふっ! それは頼もしいですね」
『えへへ~~!!!!』
嬉しげに掌の上でぽよぽよと跳ねるみなさんに、またゆるみかけた頬を気合いと根性で整えたのち。
そろそろ現実世界では就寝の時間なので、今日はここで切り上げることを決意する。
「それでは、みなさん。私はまたしばし空へ戻り、身体を休めますね」
『はぁ~~い!!!! またね、しーどりあ~!!!!』
「はい。また遊びましょう」
掌の上の四色の精霊さんたちとあいさつを交わし、ふわっとその小さな身が眼前にうかびあがったところで、ログアウトの準備を開始。
各種魔法を解除して、小さな多色と水の精霊さんたちが姿を消すのを見届け、蔓のハンモックに横になる。
このハンモックで眠るのも、今回が最後。
感謝の気持ちで編まれた蔓をひと撫でして、胸元へと降り立った小さな四色の精霊さんたちも順に指先で撫でた後――静かに、ログアウトを呟いた。
感覚を戻した現実世界で、十三日目も実に有意義だったと振り返りつつ。
十四日目となる明日は、拠点替えや公式イベントに向けての準備など、新鮮な体験を楽しもうと心を躍らせる。
さしあたり、明日にはもう少し詳細なイベント情報が、公式から届くことを祈りながら――眠るまでの束の間、心を落ち着けることにつとめるのだった。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。




