三百二十三話 拠点を移す頃合い
「そう言えば、今のタイミングで公式イベントが開催されるってことは、それくらいプレイヤーの総数が増えたってことだよな?」
ポーションをつくりながら、問いかけの言葉を紡いだアルさんへ、全員の視線が注がれる。
まっさきに口を開いたのは、ドバンスさん。
「そうだろうな」
「ナノもそう思うのです。最近は、後発組でも一週間ちかい差があるので、裁縫の技術に差がある商品を見かけるようになってきたのですよ!」
「そう言われてみると、たしかに装飾品でもけっこう違いがあったかも……?」
鷹揚にうなずくドバンスさんにつづき、少しだけ好奇心を宿して返すナノさんと、小首をかしげながら記憶をたどるノイナさんを、順にアルさんの深緑の瞳がなぞっていく。
宵の口から夜の時間へと移り変わり、商品用のポーションをつくり終えて、次に公式イベントの戦闘中に使う用のポーションをつくりはじめつつ、私もみなさんの会話に加わる。
「たしかに、そろそろ最初の頃に後発組であったかたがたも、人によってはトリアの街へとたどり着いている頃合いでしょうか?」
「あぁ、それっぽいプレイヤーを見かけるようになったな」
私の言葉にアルさんが肯定を返してくださり、それにノイナさんがドバンスさんへと視線を注いだ。
「なら、もうそろそろ拠点を移したほうがいいかな?」
「おう。頃合いだろう」
「うん! りょーかいっ!」
「わぁ! お引越しなのです!」
ノイナさんの問いかけにドバンスさんがうなずき、その決定にナノさんが小さな両手を上げて喜ぶ。
光景はなんとも微笑ましいものだが、内容はとても重要なもののように思う。
なにせ、拠点を移すとはすなわち、このアトリエ【紡ぎ人】のクラン部屋を――パルの街からトリアの街へと替える、と言うことなのだから!
一人静かに驚いていると、チラリと私にアルさんが視線を向けた。
「まぁ、新しくパルの街に来た生産系のプレイヤーのためにも、そろそろ拠点を替えて、パルの街のクラン部屋をあけたほうがいいとは、俺も思うんだよな~」
ゆるりと紡がれた言葉に、片手を口元にそえて思考を巡らせながら、口を開く。
「クラン部屋をあける……なるほど。
たしかに、後発組と一口に言いましても、現状はすでにその中でさえ、技術や強さの違いが目立ってきているのですから……。
早期にはじめたプレイヤーは、もう充分にトリアの街へ拠点を移すことができるほどに、技術や強さがともなっている、ということですね?」
「あぁ。俺はそう思ってる」
つらつらと紡いだ私の解釈に、アルさんだけでなく、みなさんがうなずいてくださる。
納得にうなずきを返しながら、であれば――と脳内でさらに考えをまとめていく。
戦う力も持っているだろうアルさんはともかくとして、基本的には生産系として楽しんでいるアトリエ【紡ぎ人】のみなさんが、拠点をトリアの街に移すと言うことは、つまり。
しっかり戦いも楽しんでいる私のようなシードリアは、もっと早くから、拠点を移しておくものだったのでは……ないだろうか?
アルさんはさきほど、新しくパルの街におとずれた後発組のかたがたのために、クラン部屋を開けたほうが良いと思っている、とおっしゃっていた。
それはなにも、クラン部屋だけの問題ではない、はず。
たとえば……そう、宿屋、とか。
「……やってしまいました」
「ぅおわっ、どうしたどうした!?」
ずるり、とすでに完成したポーションたちを片づけていた机の上に、思わず突っ伏す。
とたんに驚愕と心配が混ざった声を上げてくださったアルさんへ、申し訳なく思いながら、そろりと顔を上げて現状の説明を紡いだ。
「いえ……その。私、実はまだパルの街の宿屋でお世話になっておりまして。……そうそうにトリアの街の宿屋へお引越しをしようと、ただいま反省中です……」
「いやいやいや!? 別に気に入っててこの街に残るとかは、個人の好みだからな!?」
「そっ、そうだよ!! 今のところ、クラン部屋のあきがないって話が出てるわけでもないし!」
「宿屋でも、満室のお話はきいたことがないのです!」
「そう……なのですか?」
反射のように素早く返されたアルさんとノイナさんとナノさんの言葉に、身を起こしながら問いかけると、ドバンスさんがしっかりとうなずきを返してくださる。
「わしらはただ、新しい街の新しい作業部屋を楽しむのもよかろうと、思っているだけだ」
「そうそう! だから、宿屋を替えてなかったからって、反省する必要はないと思うぞ、ロストシードさん!」
「――なるほど。それは、たしかに!」
つづいたドバンスさんとアルさんの言葉に、納得が胸に宿った。
たしかに、みなさんのおっしゃる通りだと思う。
私はあくまでも、懐かしく好ましい雰囲気を持ち、素敵な女将さんのいらっしゃるまどろみのとまり木という宿屋だからこそ、これほどまでに長く宿泊をしているのだ。
それこそ、宿屋が満室になり、他に宿泊したいかたが泊まれないような状態なわけでもないのだから――純粋に、好きな宿屋を楽しんでいただけ、ということ!
「特別、何も問題はありませんでしたね!」
「おぉ、その通り!」
ぱっと晴れた心のままに笑顔で紡ぐと、アルさんがにっと笑って返事を響かせてくださる。
笑顔がみなさんにも伝播したところで、銀の丸メガネを押し上げたノイナさんが、薄い青緑の瞳を煌かせた。
「ロストシードさんが元気になったところで! あたしはできればみんなで拠点替えを楽しみたいなっておもうんだけど、みんなはあしたのお昼とか、あいてる?」
「はい。私はあいています」
「俺も~!」
「わしも」
「ナノも大丈夫なのです!」
ノイナさんの確認めいた問いかけに、他の全員がそれぞれに大丈夫だとうなずきを返したのち。
さらに瞳を煌かせたノイナさんは、実に輝かしい笑顔で、
「なら決定!! 明日のお昼、新しいクラン部屋を決めに、みんなで一緒にトリアの街に行こう!!」
そう、鮮やかな約束を紡いだのだった。




