三十一話 光闇美しけれど彩にはならず
今回、他にお祈りをしようと思っている神様は、二柱。
光の魔法をつかさどる、天人族の始祖である天神様と、闇の魔法をつかさどる、魔人族の始祖である魔神様だ。
先の魔法習得時、後日に試そうと決めた光の魔法と闇の魔法の習得を、ゲーム時間では次の日になったため、さっそく試してみよう。
カツンと小気味好い音を響かせ、まずは天神様の像へと歩みよる。
大きく広げられた鳥のような翼に後光を背負い、柔和な顔つきとさらりと流れている御髪も繊細な、美しい像が天神様の神像。
こちらの像の奥の壁側にも扉が見え、おそらくあの場所が天神様のお祈り部屋で間違いないだろう。
近くに神官さんの姿は見えなかったため、そのまま部屋に入ってみることにする。
開いた扉の先は、精霊神様のお祈り部屋と同じく、私の背丈と同じくらいの大きさの天神様の像が美しく鎮座していた。
部屋の作りも同じであり、白蔓でつくられた長椅子を探す必要もない。
美しい神像の前に置かれた長椅子に腰かけ、さっそく両手を組み、《祈り》を発動。
そっと瞳を閉じて、まずはこうして祈りの場で祈りを捧げることができた事実に感謝をする。
次いで光の魔法はどのような魔法なのか、さまざまな様子をイメージしていく。
《祈り》をするからと言って、必ずしもスキルや魔法を授かるわけではないが、少しでも可能性があるのならば、使ってみたい魔法をイメージしておいて損はないだろう。
そうして静かに祈りながらイメージをしていると、ふいにしゃらんと美しい効果音が鳴る。
瞳を開くと、空中には二つの文字がうかんでいた。
「[〈ルーメン〉]と[〈グロリア〉]、ですか。二つとも魔法の表記ということは、光の魔法でしょうか?」
呟きながら組んだ両手とスキルの《祈り》はそのままに、灰色の石盤を出して新しく習得した二つの魔法を確認する。
「ええっと、[〈ルーメン〉]のほうは[持続型の補助系初級光魔法。煌めく球体状の白光を発動者の頭上に出現させ、周囲を照らす。詠唱必須]……ということは、いわゆる暗い場所などで周囲を明るく照らすたぐいの魔法のようですね」
おそらくはライトアップ系の魔法だろうと推測し、せっかくなので試してみる。
魔法を使う意識をしてから、一声。
「〈ルーメン〉」
瞬間、説明文のとおりに頭上に現れた球体状の白光が、そのままでも眩い白亜の小部屋を煌々と照らし出す。
『わ~! ぴかぴか~!』
『きれい~!』
『ひかりだ~!』
頭上から降り注ぐ白光に、三色の下級精霊さんたちが楽しげにくるくると舞う。
それは、たいへん可愛らしい……が、白光の煌き自体は少々、この場では眩しすぎた。
「……すみません、みなさん。私には眩しすぎるので、消してもよろしいでしょうか……?」
『は~い! いいよ~!』
「ありがとうございます」
瞼を軽く伏せながらたずねると、精霊のみなさんは快く了承してくれる。
それに感謝しつつ、そっと〈ルーメン〉を消した。
――うかつに、白亜の空間で光の魔法など使うものではない。
そういった教訓を学ぶことができたと、思っておこう。
とは言え、習得した魔法はもう一つある。
再度石盤へと視線を向け、なぞった説明文に、小首をかしげた。
「装飾系……?」
零れ落ちた言葉に、大きな疑問符が乗る。
[〈グロリア〉]と書かれた魔法の下に刻まれた説明文には、[持続型の装飾系光魔法。発動者の動作にともない、白光の粒が煌き舞う。詠唱必須]と書かれていた。
光の魔法であるのは間違いないのだが、装飾系の魔法とは……はて?
書庫の本の中にも、事前に収集した情報の中にも、それに語り板の中にも見かけなかった種類の魔法に、好奇心がうずく。
先ほど、〈ルーメン〉の眩さに教訓を得たばかりではあるが、ここは好奇心がまさった。
口角が上がるままに、魔法名を宣言する。
「〈グロリア〉」
刹那に……何かあるわけではなかった。
動作にともない、と説明文にはあったので、試しに組んだままの両手をすこし動かしてみる。
すると、動かした両手の輪郭から、細やかな粒状の白光がキラキラと散り零れた。
さながら――煌きのエフェクト、といったところか。
思わず、生暖かい眼差しになる。
「これは……」
『きらきら~!』
『きれい~!』
『しーどりあ、きらきらしてる~!』
「えぇ……きらきらしていますねぇ……」
……ツッコミを入れては、いけないのだろう。
いけないのだろうけれども、あえて言わせてほしい。
「――どうしてこうなりました?」
この魔法に、いったいどのような用途があるというのだろう?
首をひねったところで、疑問の答えは出ない。出るのは白光の煌きだけだ。
三色の精霊のみなさんには、そのキラキラ自体が好評のようだが……。
光の魔法であることは間違いないとしても、どうにも使い道が本当にただキラキラさせたい時限定な気がして仕方がない。
もちろん、私にそのような趣味は、ない。
いや、たしかに美しいものは好きだ。それに、ロストシードの姿ならば、煌く様もさぞ美しいことだろう。
とは言え、さすがに自らを煌かせたいと思う時が来るとは、あまり思えないのが実情だ。
さいわい〈ルーメン〉のような眩しさは感じなかったので、《祈り》が終わるまで持続発動させて、《並行魔法操作》の熟練度上げに活用することはできる。
……歩くたびに煌くエフェクトが舞うのであれば、外では気恥ずかしくて使えないだろうけれど。
なにはともあれ、新しい魔法を授かったことに、違いはない。
遠くへ飛ばした視線を、そっと伏せてもう少しだけ祈っておく。
気を取り直して天神様のお祈り部屋での《祈り》を終え、〈グロリア〉も忘れずに消してから、お次は魔神様へのお祈りへ。
精悍な面立ちに、頭の両側頭部から雄々しく生えた角をもつ美丈夫が、魔神様のお姿。その姿を見事に彫り上げた神像は、すぐに見つけることができた。
さっそくお祈り部屋に入り、長椅子に腰かけて再び《祈り》を発動する。
こちらでも、お祈りすることができたことへの感謝と、闇の魔法の勝手なイメージをしながら祈ってみた。
とは言え、また装飾系の魔法を授かったとして、使いどころがないというのはかなしい。
その点を考え、今回は無難に夜であれば使いやすいだろう、暗さで姿を隠すような魔法をイメージしてみた。
すると、ここでもしゃらんと効果音が鳴り、空中に文字が現れる。
見ると、[〈ノクス〉]という魔法名が刻まれ光っていた。
灰色の石盤を開き、魔法の内容を読み上げる。
「この魔法は……[持続型の補助系初級闇魔法。暗い闇を発動者の頭上から降ろし、周囲を夜のように覆う。詠唱必須]……おや、おおよそイメージしたとおりの魔法を授けて下さったようですね。魔神様、ありがとうございます」
ごく普通に、使いやすいだろうと推測できる闇の魔法を授けて貰えたことが、純粋にありがたい。
感謝の気持ちと共に、魔法名を宣言してみる。
「〈ノクス〉」
宣言が響いた瞬間、説明どおり頭上から幕を下ろすように、闇がサアッと広がり降り、白亜の小部屋の一部が夜のような暗さに包まれた。
先ほどまでの眩さに反した夜の暗さは、不思議と穏やかな心地になる。
ふわりと微笑みをうかべ、また感謝の気持ちと共に少しだけ《祈り》をつづけた。




