三百十八話 魔力色の煌きに導かれて
夜から深夜の時間へと、闇色を深めて移り変わった夜空を見上げ、水面へたらした糸を引き上げ、銀色の釣竿をカバンへ片づける。
川のせせらぎと、穏やかな夜風にゆれる葉擦れの音だけが響く、静かな周囲を改めて見回し、他の釣り人がいない、という状況を前にして――少々、試したいことを閃いた!
「……この場所を少し、調べてみましょうか」
『しらべる~????』
「えぇ。解析をしてみようかと」
『おぉ~~!!!!』
呟きに対し、不思議そうに問いかける小さな四色の精霊さんたちへ微笑んで答えると、楽しげな声が返る。
高揚からか、ひゅんひゅんと空中を動き回る姿は、今日もたいへん可愛らしい!
思わずにこにこと笑顔になりながらも、さっそく解析に取りかかる。
川のすぐそばの地面へと、片膝をつけてかがみ込み、両手を押し当て、集中。
スキル《解析》を意識して――。
「〈アナリージス〉!」
変容型の技術系光魔法を発動し、見えざる光の波動を周囲へと放ち、川周辺の土地を解析していく。
閉じたまぶたの裏に映った映像は、しかし特別今の光景と変わりのない、静かな川の景色。
おや、と思いながらまぶたを開き……そのまま驚愕に、緑の瞳を見開く。
「蒼い、光……?」
開いた緑の瞳に映ったのは、キラキラと川の底や土の地面のところどころで煌く、蒼い光。
まるで純性魔石のような澄んだ蒼色の煌きの突然の出現に、ぱちぱちと瞳をまたたく。
『きらきらだ~~!!!!』
地面に点在する蒼い煌きの上で、くるくると舞う小さな精霊さんたちはとても綺麗だけれど……さすがに今は、見惚れている場合ではない。
「あの、みなさん。この蒼色の煌きが何か、ご存知ですか?」
真剣な声音の問いかけにくるりと一回転をして、その身の色をかすかに強めた四色の精霊さんたちは、すぐに問いへの答えを紡いでくださった。
『まりょくのひかり~!!!!』
「魔力の光……なるほど! 純性魔石も、元は魔力を固めたもの。蒼い光は、魔力の色なのですね!」
『うんっ!!!!』
しごく単純な魔力と蒼色の繋がりに、すぐに気づくことができなかったのは、急な状況の変化に動揺していたせいだろう。
冷静になって考えてみれば、そう難解なものでもない。
解析の魔法〈アナリージス〉によって、今まで見えていなかった部分を見ることができている、というだけのことなのだ。
ただ……それが魔力の光という点には、まだ謎が残っているのだけれど。
水底や地面で蒼い煌きを放つ場所を、改めてじっくりと観察してみる。
ぽうっと闇夜にうかび上がるその魔力の光は、どうやら小さな砂一つ一つに宿っているように見えた。
これは、もしかしなくても。
「小さな純性魔石……純性魔石の砂、でしょうか?」
『だいせいかい~~!!!!』
解釈を秘めた呟きに、小さな四色の精霊さんたちが大正解だと、可愛らしい声を響かせる。
精霊のみなさんに微笑みを返しつつ、しかし新しく気づいた点に、そっと息をのんだ。
私が知り得る限り、純性魔石はスキル《魔力凝固》によって魔力を凝縮し、固形化してつくり出すもの。
その純性魔石が砂のような小さな粒となり、この大地に点在しているように見えている、ということは。
つまり――この場所は、とてつもなく魔力に満ちた場所、ということになるのではないだろうか?
〈アナリージス〉をかけた結果とは言え、こうして可視化するほどの純性魔石の砂が在るという事実に、エルフの里への興味が湧き上がる。
少しずつその蒼色の光を淡くしてゆく地面を見つめたまま、湧き出た好奇心に口角を上げ、立ち上がって小さな四色の精霊さんたちへと笑顔で紡ぐ。
「少し里の中を、調べてみましょう!」
『はぁ~~い!!!!』
元気のいい返事に笑みを返して、さっそくと森から里の入り口へと向かって歩みを進める。
目醒めの地から里へと入ると、さらなる後発組のシードリアとおぼしきかたがたが、驚くほど里の中を行き来していて、まるでパルの街の大通りのようなにぎやかさに包まれていた。
少々予想外な人の多さに、内心だけで驚きながら、どうしても注がれる不思議そうな視線を穏やかな微笑みで流して、土の道の端を歩いて行く。
……さすがに、この大人数の、しかもこの大地で目醒めて間もないかたがたの目の前で、解析の魔法をかけるのは問題点が多すぎる。
ここは一つ、人目につかない森の中で、魔法を使うとしよう。
決意を新たに、ふっと土道をそれて、明かりの落ちたアード先生のお店の横を通り過ぎ、その奥から森の中へと入り込む。
久しぶりに踏み入ったエルフの里の森は、変わらず神秘さをかもしだす巨樹が立ち並び、闇色の中でもどこか優しげな雰囲気をつくりだしているように感じた。
ふわりと自然にうかんだ微笑みをそのままに、少しだけさらに奥へ進み、周囲に人の姿がないことを確認。
すぅっと息を吸い込み、《解析》を意識しながら、今回は立ったまま足下から見えざる光の波動を広げるようにイメージして――魔法名を宣言する。
「〈アナリージス〉」
静かな宣言は、それでもたしかに魔法を発動させて、やはり今と特に変わった様子のない映像を、まぶたの裏に映し出す。
これはもしかすると、このエルフの里が長い時の中、特別な変化がなかったという事実を、識ることが出来ているのかもしれない。
仮説をもとに、他の場所でも何度か解析してみた結果も同じで、やはりとても長い時間、エルフの里は今の状態を保ってきたのだろうと解釈する。
同時に、もし単に世界にただよう魔力が、純性魔石として凝固して、この大地の砂として密かに存在しているのだとすると――いったいどれほどの魔力量と時間が、この場所に降り積もってきたのか。
……もっとも身近なはじまりの地が、一番とんでもない場所なのかもしれないという予感に、思わず口元が引きつったのは、ご愛嬌と言うことにしていただきたい。




