三百十七話 釣りの本と夜釣り挑戦
のんびりと読書をしていただけのはずなのに、なぜか連戦をした時よりも疲労を感じて、装飾系魔法の本を本棚へ戻した後は、場所を変えようと魔法関連以外の本がある広い部屋へと戻る。
私の疲れを察したらしい小さな四色の精霊さんたちが、頭と肩を撫でてくださるのに癒されながら、そう言えばと思いついた本棚をのぞく。
少し視線をいくつかの背表紙にすべらせたあたりで、目当ての本を見つけた。
[釣りについて]
この場所にならば、と思い探してみたかいがあったというもの。
ついこの間までは気にならなかったが、釣りの楽しさをサロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんに教わった今は、充分に興味を惹かれるタイトルだ!
丁寧に本を抜き取り、また近くの机まで歩みよって椅子に座り、本を開く。
ページをめくっていくと、どうやらこの本は釣りに関する基礎的な部分を書いたものらしいと分かった。
特に気になった部分は、川によって釣れる魚の種類が変わってくるのは当然として、時間帯によっても釣れる魚が変わるらしい、という点。
時間帯での変化は、まさしくノンパル森林の川で、夜明けの時間にだけ釣れる特別な魚がいることなどが、当てはまるに違いない。
私としては、今のところ釣った魚は料理にして美味しく頂く、という使い道しかないのだが、単純に違う種類の魚が釣れる要素は面白いと思う。
そして、心惹かれのならば――さっそくお試しあるのみ!
以前サロンのロゼさんから教わった、夜釣りとやらの挑戦も兼ねて、魚を釣りに行こう!!
「小さな精霊のみなさん。お次は、魚釣りを楽しみませんか?」
『さかなつり!!!! しーどりあといっしょに、たのしむ~~!!!!』
「ふふっ。みなさんなら、そう言ってくださると思っておりましたとも」
次の方針について問う小さな私の声に、ぽよぽよと肩と頭の上で跳ねて嬉しい言葉をくださる精霊のみなさんへ笑顔を返し、書館を後にする。
外ではすでに、宵の口から夜の時間へと移り変わった夜色が広がっており、その中を白色が映える服装と共に、金から白金へと至る長髪をなびかせて、大通りを進んで行く。
やがて見えてきた石門をくぐり、ノンパル草原を横切って以前水まきをした畑を見ながら、ノンパル森林へと入り込む。
早歩きで森の中を突き進むと、釣り人たちに大人気らしい、定番の大きな川へとたどり着いた。
川の周囲をぐるりと見回してみると、その顔ぶれのほとんどは、前回ロゼさんが幻魚を釣り上げた時にお見かけしたシードリアのかたがたで、改めてみなさんが本当に釣り好きなのだと実感する。
お邪魔にならないよう、静かに足を進め、サロンのみなさんと釣りをした場所までくると、カバンから銀色の煌く釣竿を取り出して――さっそく、夜釣りの開始だ!
まずは、スキル《解析》と《祝福:解析者》を意識して、川へと視線を注ぐ。
解析の魔法〈アナリージス〉を使っていないため、映像で何かが見える、と言うことはないが、それでも細かな川の流れや水底の魚影を見つけて、うっかりフッと不敵な笑みがうかんだ。
魚影が見えた場所の近くへと、慎重に糸を投げ下ろし、つんつんと魚が針をつつく感覚を楽しむ。
やがて明らかにしなった銀の竿を、くっと力を入れて引けば、薄紅魚とご対面!
糸と共に空中を滑って来た薄紅魚を片手で掴み、素早く変容型の技術系風魔法〈テムノー〉で、魚肉と骨の姿に変える。
さすがに、昇華して強さを一段階上げた〈オリジナル:昇華一:無音なる風の一閃〉を美味なだけのただの魚に放つのは、オーバーキルがすぎると思い、素材を切るのにお役立ちな〈テムノー〉のほうを使ったのだが、やはりこちらで充分だったようだ。
魚肉と骨をカバンへ入れ、また緑の瞳に映った魚影のそばへと、糸を投げ入れる。
お次に釣れたのは、魚ならぬ魚姿の魔物のアクアフィッシュで、こちらは容赦なく飛び出してきた瞬間に〈オリジナル:昇華一:無音なる風の一閃〉で水色のつむじ風と魚肉に変えた。
その後も順調に、数匹の薄紅魚とアクアフィッシュを釣り上げるものの、特に夜明けや朝の時間帯と異なる魚を釣り上げることはなく。
それとなく、周囲の他の釣り人のみなさんの成果を見ても、やはり見慣れない魚の姿は見つけられず、小首をかしげる。
もしかすると……この川では特別に夜明けの時間に幻魚が釣れる、というだけで、他の時間帯で変わった魚は釣れないのかもしれない。
と、そこまで考えて、閃きが降る。
――そう言えば、エルフの里にも魚のいる、川があった!!
「場所が変われば、釣れる魚も変わるはず……!」
思わず緑の瞳を煌かせる心地の閃きに、小さくつぶやき、手早く釣竿を片づけてパルの街への帰路を駆け抜ける。
また石門をくぐり、足早に大通りを突っ切り最初の噴水広場へとたどり着くと、ワープポルタへと手をかざして、エルフの里へ、と念じた。
刹那、輝いた蒼い光に包まれて――エルフの里へと帰還!
くるりとそのまま後ろを向き、目醒めの地として広がる森の中へとさっそく踏み入る。
やがて、せせらぎの音と共に現れた小さな川を前にして、にこりと笑みがうかんだ。
私以外の釣り人がいないこの川は、事実上の貸切状態。
つまり――自由に、存分に、釣りが楽しめると言うこと!
「さて! ところ変わりまして、こちらでも釣りを楽しみましょう!」
『わぁ~い!!!! たのしむ~!!!!』
声音を弾ませた私の言葉に、ふわりと眼前へと移動してきた小さな四色の精霊さんたちが、くるくると嬉しげに舞う。
夜色に染まる森の中では、いっとう美しい光景に見惚れつつも、再びカバンから銀色の釣竿を取り出して、意気揚々と魚影の近くへと糸を下ろし、待つことしばし。
糸を引かれる感覚に、釣竿を引くと、浅い水面からぴちゃんと糸につられて出てきたのは――純性魔石のような蒼色のウロコをもった、小魚!
間違いなくはじめて見る美しい蒼色の魚に、釣り上げた小魚を片手でつまみ、ついつい緑の瞳を煌かせて見惚れてしまう。
『しーどりあ、そざいにしないの?』
「あっ! えぇ! 今いたしますね!」
あまりにも見惚れていたらしく、小さな水の精霊さんの声にハッとして、慌てて答える。
その流れで〈テムノー〉を発動して小魚をさばくと、なぜか骨と蒼色のウロコが美しい皮だけが、素材になった。
魚肉にならなかったことが不思議だが、もしかすると食用の魚ではないのかもしれない。
であれば、骨や皮も食用ではなく、たとえば錬金術の素材であったりするのだろうか?
興味深さに笑み、素材をカバンの中にしまい込む。
これが何という名の魚かは現段階では分からないが、とにもかくにも見知らぬ魚を釣ることができて、嬉しい!
川が変われば魚も変わるとは、本当だったのだ!!
喜びと好奇心に笑みを深めて、再度川を見やる。
水面が煌く川は、夜目にも綺麗で……もう少しだけ、夜釣りの楽しみを堪能しようと、軽く釣竿を振るった。
さぁ――次は何が釣れるのだろう?




