三百十四話 その遠吠えにご用心!
※戦闘描写あり!
あたたかな昼の陽光を浴び、仕切り直しにと思い思いの気合いの入れ直しをした後、改めて四人パーティーとして戦うため、トリアの森へと足を踏み入れる。
木漏れ日が降り注ぐ森の中、慎重に歩みを進め……すぐに《存在感知》が、魔物の反応を示した。
「――ハイアーフォレストウルフ一組、来ます」
そっと足を止め、凛と紡いだ私の言葉に、素早くお三方が戦闘態勢を取る。
軽やかな複数の足音と共に、樹々の陰から前方に現れたのは、風の流れのような銀の模様を緑の毛並みに描く、三匹の狼姿の魔物ハイアーフォレストウルフ。
本来六匹一組で狩りをおこなう魔物であるため、この場に姿を見せているのは、半数だ。
残りの三匹は、少し離れた位置で《存在感知》が反応している。
気負いなく剣や短剣を構える、アネモスさんとウルさんの背中を見てから、チラリと隣に立つテトさんへと視線を流す。
コクリとうなずいたテトさんが、小声で「行くよ」と合図を告げた、刹那。
前方からじりじりと近づいて来ていた三匹のウルフたちの内、一番距離の近かった中央のウルフの足元へと、銀線が閃く!
『キャンッ!?』
驚愕の鳴き声を上げるウルフの足には、見事にテトさんが初撃として放った、鋭い風の攻撃の痕が銀色の線で刻まれていた。
「ウル!」
「まかせろっ!」
かけ声と共に、タッとテトさんの攻撃が入ったウルフに剣を振り下ろすアネモスさんと、そのアネモスさんの声に応じて左側のウルフへと両手に持った短剣を向けるウルさん。
右側に残っていたウルフへは、再びテトさんの魔法が放たれており、つい場違いにも素晴らしい連携だ、と両手を打ち鳴らしたい気分になる。
……とは言え、実際はのんきに戦況を眺めている場合ではないのだが。
ウルさんがひらりひらりと身軽に動き翻弄しているウルフへと、麻痺効果付きの〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉を放ち、ウルフの体躯に紫の雷光が輝いた――その瞬間。
つづいて現れた残り三匹のウルフたちが、天へと向かって高らかに、遠吠えを響かせた!
「あぁ……やはり、そうなりますよねぇ」
思わず、一周回って穏やかな声音になってしまったのは、ご愛嬌と言うことにしていただきたい。
ふっと一瞬だけ彼方へと投げた視線を戻し、しまった、という顔をそろって私へと向けたお三方に、不敵な笑みを返す。
「さぁ、みなさん。――気合いを入れましょう」
そこはかとなく、お三方の口元が引きつったのは、見なかったことにして……追加の六匹一組がここへ到着する前に、今目の前にいる敵を倒すべく、集中。
すでに交戦している三匹はお三方に一時お任せして、私は後続の三匹を相手取ろう。
思考と同時に〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉を発動し、三匹のウルフたちを氷漬けにしてから、隠蔽した〈オリジナル:昇華一:風まとう水渦の裂断〉でつむじ風に変える。
フォレストボアの時と同じ戦法ならば、味方であるお三方を必要以上に驚かせてしまうことはないだろう、と予想しての戦法は、さいわい功を奏したらしい。
安定して攻撃をつづけるお三方に微笑み、少しばかり助力して最初の三匹も倒したのち。
遠吠えを聞きつけ、一気に六匹で現れた二組目のハイアーフォレストウルフたちとの二戦目に突入した。
戸惑う間も、嘆く間も与えられることのない、流れるような二戦目の開始に、ウルフ系の魔物たちがとる戦法の容赦のなさが垣間見える。
――もっとも、遠吠えがいかに厄介なのかをお三方が身をもって知ることになったのは、最後の一匹へとアネモスさんが振るった剣が空を切り、最後の一撃になるはずだった攻撃を避けたそのウルフが、遠吠えを上げた瞬間だったことは、間違いないだろう。
二戦目の終わり間際に響いた遠吠えに引きよせられて、三組目のハイアーフォレストウルフたちが現れた時、お三方の表情は見るからにげんなりとしていた。
そのあまりにも分かりやすい表情に、危うくふき出しかけ、かろうじて口元を片手で押さえることで回避する。
一応、戦闘の合間に回復魔法もしっかりかけていたため、生命力自体はお三方共に問題ないはずなのだが……問題があるのは、おそらく気力のほうだろう。
チラチラと私のほうへと向けられる視線には、現状をなんとかしてほしい、という類の願いが込められているように見える。
そう熱烈にご希望いただいては――ご期待に応えないわけには、いかないというもの!
フッとうかべた不敵な笑みに、束の間なぜかまたお三方の口元が引きつったように見えたけれど、今は戦闘に集中しよう。
上手に私たちの周囲を取り囲み、距離を縮めてきていたハイアーフォレストウルフたちへと、今度こそ遠慮なく〈オリジナル:隠されし刃と転ずる攻勢の三つ渦〉を発動!
見えない風の刃と細い水の針、そして土の杭を瞬時に攻撃へと切り替え、それぞれが九つの脅威となってウルフたちを襲う。
三種の攻撃を受け、混乱しているウルフたちに不敵な笑みを向けながら、さらに二段階目へと魔法を移行させる。
瞬間、攻撃性を有する風と水と土の渦へと変化した脅威は、またたく間にウルフたちをつむじ風へと変えて、かき消した。
残ったものは、リンゴーンと響いた自身だけ聞こえるレベルアップを示す音と、いくつも地面に落ちて広がる素材たちと、振り向いて私をまじまじと見つめる、アネモスさんとウルさんとテトさんの視線。
三拍を数えても外れない視線に、少々気恥ずかしくなり、せめて何か会話の糸口をと思考を巡らせて、かろうじて思いついた言葉を口にする。
「ええっと……今回のように、ウルフ系の魔物に遠吠えをされると少々厄介ですので、お次からはなるべく遠吠えをさせないように戦うことを、オススメいたします!」
「無理だと思う」
「いやムリだろ」
「ちょっと無理かな」
にっこりと微笑んで紡いだ私の言葉には残念ながら、お三方そろっての否やが返されてしまった。




