三百十三話 儚げ美人と解せないギャップ
※戦闘描写あり!
素早く昼食をすませた後、普段よりもいくぶん早い時間に【シードリアテイル】へログインする。
硬い地面を踏む感覚と、陽光の眩さをまぶたの裏に感じながら瞳を開くと、ぱっと小さな四色の精霊さんたちが眼前へと現れた。
『しーどりあ、おかえり~~!!!!』
「はい、みなさん。ただいま戻りました」
小さな四色の精霊さんたちとあいさつを交わしたのち、刹那に《隠蔽 四》をかけながら、各種魔法を発動して準備をおこない、約束の時間にそなえる。
さいわい、小さな多色と水の精霊さんたちの姿をはじめから隠すことには成功し、美しくも人目をひく光景を、大通りを行く他のシードリアのかたに注視される事態は避けることができた。
密やかにほっと安堵の吐息を零し、精霊のみなさんと撫でたり撫でられたりとたわむれてすごし、やがて朝から昼の時間へと、鮮やかに陽光のあたたかさが移り変わった頃。
眼前の大通りの端で次々と金光が輝き、アネモスさんとウルさん、それにテトさんがつづけてログインして、それぞれのお姿が現れた。
お三方が顔を見合わせる中、そっと歩みより声をかける。
「アネモスさん、ウルさん、テトさん、こんにちは。この後もよろしくお願いいたします」
「あ! ロストシードさん!」
「よぉ、ロストシードさん。よろしくなっ!」
「こんにちは。こちらこそよろしくお願いします」
互いに笑顔であいさつを交わし、さらりとお好みの言葉遣いをしていただいてかまわない、という思いを伝えつつ――さっそくお三方と再びパーティーを組み、今度はトリアの森へ!
「とりあえず、サクッとアネモスと一緒にしらべたんだけどさ」
「森の入り口とかには、イノシシと緑オオカミの強いやつがいるらしいね」
アネモスさんとウルさんの言葉に、トリアの森を目前にして、うなずきを返す。
「えぇ。主には、フォレストボアとその上位種にあたるキングフォレストボア、そしてフォレストウルフの上位種ハイアーフォレストウルフが、森の浅い場所で遭遇する魔物ですね」
軽く説明の言葉を紡ぐと、何やらじぃっと伏し目がちな浅緑の瞳が、私を見上げてきた。
どうしたのだろうかと小首をかしげると、やや間をあけてテトさんが口を開く。
「……当然、ロストは戦ったことあるよね?」
「はい、ありますよ」
「よし。なら、まずはロストにフォレストボアを倒してもらおうかな。……ボクたちは見学してても大丈夫だと思うし」
「ふふっ。えぇ、分かりました」
問いかけに答えた結果、流れるように決まった方針と付け足された呟きに小さく笑みを零し、了承を返す。
どうやら、すでにテトさんは私がフォレストボアくらいならば、一人で問題なく倒す力があることを見抜いていらっしゃるご様子。
であれば――そのご期待に応えることこそ、立派な魔法使いの振る舞いというものだろう!
少しだけ心配そうなアネモスさんとウルさんの銀と金と瞳に、フッと不敵な微笑みをお見せしたのち。
樹の陰から見えたフォレストボアへと、遠慮なく初撃を放つ!
ぶわりと煌く細氷を緑のイノシシ姿の魔物にまとわりつかせ、氷漬けにしたのは、〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉。
カチン、と凍ったフォレストボアの姿に、一歩後ろから見ていたお三方が驚きの声音を上げるのを聞きながら、次いで〈オリジナル:昇華一:風まとう水渦の裂断〉を《隠蔽 四》で隠しながら発動する。
……さすがに、七つもの渦巻く水の円盤が目の前に現れては、よりお三方を驚かせてしまいかねない。
ここは魔法の姿を隠したまま――二段階目へと移行させる!
キィィン! と涼やかに響いた氷を削る音と共に、緑のつむじ風が巻き起こり、あっという間にフォレストボアとの戦闘に幕を下ろした。
細氷を含んだ風が吹き抜ける中、後ろをくるりと振り返ってみると……真顔が三つ。
思わず動きを止め、ぱちぱちと緑の瞳をまたたく。
こうも真剣に見つめられている理由が分からず、内心で少々困っていると、ふいに口をあけたウルさんが、ぽつりと零した。
「見た目だけなら、儚げ美人ってカンジなのにな」
「儚げ美人……」
反射的に、オウム返しに繰り返してしまう。
いや、美しいと思われている点も、儚げに見られている点も、少しも嫌ではないのだけれども。
何か引っかかるのは、なぜなのだろう?
手前につけられた言葉が、不穏さを付け加えているのは確かだが……そもそも、見た目だけとは、これいかに。
「穏やかな顔して、戦闘の時は容赦ないものね」
「……なるほど」
テトさんの言葉で、ようやく合点がいった。
つまるところ、儚げに見える美しい生き物が、いざ戦闘になると完膚なきまでに敵を叩きのめす様を見せるという点に、言及していたのだろう。
深くうなずき合うアネモスさんとウルさんを見る限り、おそらくこの解釈で間違いないはずだ。
しかし……そうであるならば、私から告げる言葉は単純なものでいい。
口元の微笑みをあえて、少しだけ不敵なものに変えると、アネモスさんとウルさんの背筋が、なぜかピンと伸びる。
それにかすかに小首をかしげつつ、口を開いた。
紡ぐ言葉は――エルフの里の指南役、シエランシアさんの教訓。
「魔法使いたるもの、敵は確実に倒さなければならないのです。それはもう、徹底的に、完膚なきまでに」
「うん。そういうところが怖いんだよ、ロスト」
端的にテトさんがそう告げると、アネモスさんとウルさんもコクコクと首を上下に動かす。
思わず、眉が下がった。
――まったくもって、解せない。
私は指南役の教えを忠実に守っているだけなのに。
どうしたことか、眉を下げた私へ、三つの生暖かい視線が注がれた。




