三十話 ログインのち、お祈り
※本日二話更新につき、手前に幕間のお話しを投稿しております。
読む話の順番間違いに、お気を付けください。
【シードリアテイル】からログアウトして戻った現実世界で、食事やお風呂などの身支度を終え、少し休息を挟んだあたりでおよそ一時間。
就寝準備も済ませたので、これで心置きなく眠る時間の手前までは遊ぶことができる。
意気揚々と、再びゲームにログインした。
かすかな浮遊感の後、ベッドに横たわる感覚に瞼を開くと――。
『おかえり!』
『おかえり、しーどりあ~!』
『あそぼ~! しーどりあ~!』
「っ!? た、ただいま戻りました……!」
三色の下級精霊のみなさんの超至近距離からのあいさつに、驚きのあまり変な声を出しかけ、気合いと根性で修正してあいさつを返す。
……たいへん危うかった。
今の私はエルフのロストシード。
多少優雅なロールプレイを心掛けていることは、忘れてはいけない。
自身に内心で言い聞かせつつ、軽い身体を起こす。
問題なくログアウト場所である、神殿の二階の宿泊部屋でログインできたことを確認し、ふと窓を見やる。
ログアウトする際には、深夜の暗闇に包まれていた森の景色が一変し、爽やかな光が木漏れ日となって窓から白亜の部屋へと注いでいた。
「すっかり朝になってしまいましたか」
『いいあさだよ~!』
「えぇ、清々しい朝ですね」
零した呟きに反応した精霊さんの言葉に、たしかに良い朝に違いないと返す。
とは言え、唯一日中と夜の間の時間である、夜明けの時間帯を見ることができなかったという点は、少々残念ではある。
これはのちのお楽しみ、ということにしておこう。
「――さて、まずは他の精霊のみなさんもお呼びしましょう」
『は~い!』
元気な返事を聴きながら、スキル《魔力放出》を発動し、そっと空中へと声をかけるように詠唱する。
「〈フィ〉」
とたん、さまざまな色の下級精霊のみなさんが一瞬にして小部屋に満ちた。
その美しい光景にやはり見惚れつつ、つづけて精霊魔法を詠唱する。
「〈ラ・フィ・フリュー〉」
多色の下級精霊のみなさんから燐光があふれ、さらなる幻想的な光景が小部屋いっぱいに広がった。
思わず、ほぅ、と感嘆の吐息が零れる。
とは言え、サービス開始初日は、今日この日だけ。いつまでも呆けている場合ではないと思い直し、多色の精霊のみなさんへ声をかける。
「みなさん、またかくれんぼをよろしくお願いいたします」
私の耳元をかすめるように近づいては離れていく幻想的な様子を、スキル《隠蔽 一》を発動して隠す。
それから、三色の精霊のみなさんへと改めて向き直った。
「それでは、お祈りに行きましょうか」
『おいのり~!』
『は~い!』
『いっしょにいくよ~!』
明るい声音に口角が上がるのをそのままに、ベッドから立ち上がり三色の精霊のみなさんと一緒に白亜の部屋を出る。
扉にかかっている木札を裏返し、[入室可能]の文字が書かれた側を表にしておくのは忘れない。
ゆったりと廊下を進み、階段を降りると、まずは精霊神様の白い巨像のそばへ。
そこにはやはりどことなく私に似ている姿の、神官さんがたたずんでいた。
「おはようございます、ロランレフさん」
『――これは、ロストシード様。よき朝に感謝を』
「よき朝に感謝を」
先に声をかけた私を翠の瞳でやわらかに見つめると、ロランレフさんはそっと祈りのポーズをして、エルフ式の朝のあいさつを紡ぐ。
それに習い、私も両手を胸の前で組む祈りのポーズと共に、朝への感謝を言葉にした。
このエルフ式の朝のあいさつは、エルフの礼儀作法の本にしっかりと載っており、本来は左手を右胸に当てる所作と共に紡ぐもの。
今回は場所が神殿内であり、あいさつをする相手が神官のロランレフさんであったため、お祈りのポーズにあわせたが、これも雰囲気がありなかなか素敵な所作だと思う。
『お祈りをなさいますか?』
「えぇ。またお部屋を使わせていただいても?」
『はい、どうぞごゆるりと』
穏やかな問いかけに答え、お祈り部屋への入室許可を得ると、ロランレフさんはすっと丁寧な所作で扉を示してくれた。
それに微笑み、魔法の習得をした祈りの小部屋へとまた入る。
私の身長と同じくらいの大きさの精霊神様の像は、今回も美しくそこに在った。
三色の下級精霊のみなさんが、美麗な像の近くへと嬉しそうに飛んで行くのを眺めながら、純白の蔓で作られた長椅子に腰を下ろす。
そっと両の手を組み、スキル《祈り》を発動。
精霊のみなさんと一緒に過ごせることへの感謝と、魔法を使えて楽しいという思いを感謝にして祈りをおこなう。
しばらく《祈り》をつづけ、しかし今回は特に何かしらの変化などが起こる気配はないと、不思議と察する。
やはり、《祈り》をすることで、必ずしもスキルや魔法を得ることができるわけではないらしい。となると、確実に日々お祈りをつづけ、回数を重ねることが大切なのだろう。
ひとまずそのように解釈し、祈りを終了。
ロランレフさんはゆっくりしていいと仰っていたけれど、せっかくの清々しい朝なので――他の神様の像にも、お祈りをしよう。
思い立ったが吉日。さっそくと精霊神様のお祈り部屋を出る。
すぐに視線の先で見つけたロランレフさんは、しかしどうやら他のシードリアと話しているようで。
お話の邪魔になってはいけないので、横を通る際に小さく会釈をするにとどめる。
意図をくんでくれたのか、ロランレフさんのほうも優しげな微笑みをうかべ、一瞬だけ目礼を返すにとどめてくれた。
あたりをそれとなく見回すと、数人のシードリアが神々の巨像の近くでその壮麗さに圧倒されている様子が見て取れる。
最初に神殿を訪れた時にはシードリアは私だけだったことを思うと、ずいぶんと神殿も注目されているのだと感じ、なんとなく嬉しくなった。
思いを口元に乗せて微笑み、三色の精霊さんたちを肩と頭の定位置に乗せたまま、白亜の神殿内を進む。
広々とした白亜の空間の中、神々の白い巨像は変わらず威厳を放って鎮座していた。
※明日の投稿は、昼の12時に更新となります。
8月1日からは、21時の更新に戻す予定です。