三百七話 これがいわゆる辻ヒール?
※戦闘描写あり!
少なからず緊迫感のある戦闘にて、麻痺と石化の状態および解除魔法の確認を終え、ひとまず枝の上で最低限の安全を確保しつつ、さてお次は何をしようかと思考しながら空を仰ぐ。
重なった葉のすきまから見上げた夜空は、まだ宵の口の青を残す美しいもので、自然と感嘆の吐息が零れ落ちた。
最前線と呼ばれる場所にいても変わらない美しさにしばし見惚れ、ぽよっと肩と頭の上で小さな四色の精霊さんたちが跳ねる感覚に、意識を戻す。
そうだ、次は何をしようかと考えていたのだった。
戦闘の緊張感から解放され、すっかりのほほんと夜空の美しさにひたっていたが、そもそもこの場所はまだトリアの森の中。
比較的強い魔物が周囲にはまだたくさんいるはずで、考え事をするのは少々危険がともないすぎる場所である気がしてきた。
「――ひとまず、草原に戻りましょうか」
『はぁ~い!!!!』
一呼吸の後、そう微笑んで告げた私の言葉に、精霊のみなさんが元気に返事を響かせる。
それに微笑みを深めて、枝を蹴った。
途中、攻略系とおぼしきシードリアのかたがたを遠目に確認しながら枝の上を移動して、森の中央付近から草原へと戻ってくる。
変わらずさまざまな戦闘音が鳴る草原を、魔物を避けつつ、とりあえずと石門を目指して進むさなか。
「ヤバイヤバイ! もうポーションないって!!」
「ひぃ~~! やっぱりオレたちだけじゃムリだったか~~!?」
そう聞こえた悲鳴にも似た嘆きの声に、つい声のする方向を見やり、思わず緑の瞳を見開く。
茶色と緑が混ざった毛色をもつ豹のような魔物、グランドグラスパンサーを相手取る二人の人間族とおぼしき、シードリアのかたがたのその頭上。
普段は何もないはずのその空中には、生命力ゲージとおぼしき赤色のゲージがうかんでいた。
それもすでに――三分の一ほど削れた状態で。
「あれは少々、危ういのでは……」
ぽつりと呟いた言葉が、吹き抜けた風に流される。
前方では、片やショートソードを両手で握りしめた剣士風の青年が、グランドグラスパンサーが振るう腕を切り払い、片や短剣を両手に持ったもう一人の青年が軽やかに動き回りながら、茶色と緑の毛並みへ攻撃を加えていた。
一見、素晴らしい連携技なのだが、しかし。
「……どうにも、攻撃力が足りていないような……?」
『まもののほうが、つよいよ!』
私の率直な感想に、右肩に乗る小さな水の精霊さんがはっきりと原因を告げてくださる。
つまりは――単純に、レベル不足と言うことか。
本来、このトリアの草原にいる魔物と戦うには、お二方は実力が足りていないのだ。
こうして観察している間にも、攻撃を受けた二人の青年の生命力ゲージは、減っていっている。
……窮地を見てしまったからには、さすがに何もしないというのは、どうにも性に合わない。
とは言え、いったい現状の彼らに対して、私は何ができるだろう?
すでに戦闘中である以上、当然初撃のルールにのっとり、あの魔物を倒すのは彼らがなすことが前提となる。
横から魔物を攻撃して倒すのは、横取りと呼ばれるルール違反だ。
しかし、このままでは魔物ではなく彼らが倒されてしまうのも、想像に難くない。
では他に何か手はないか……と、そこまで考えて、閃いた!
たしか、かつての画面ゲーム時代には、生命力が減っている人に対して無関係の他者が回復魔法をかける、いわゆる辻ヒールと呼ばれるささやかな救済行為があった、と!
――回復魔法なら、使える!!
閃きにタッと地を蹴り、一足跳びに今も生命力を削られている青年たちへと近づく。
さすがに急に回復魔法をかけてしまうと、驚かせてしまう上に失礼な行動になってしまうかもしれないため、とりあえずご意見をうかがおうと声をかけた。
「あの! 回復魔法、かけましょうか!?」
やや緊迫した声音になった問いかけに、一瞬振り向いた青年たちが私を見やる。
私の緑の瞳と交わった銀色と金色の瞳が、それぞれ驚きに見開かれたのち。
「お願いします!!」
「助かりますっ!!」
「承りました!」
すぐさま返された言葉に、了承の意を伝えて素早く〈オリジナル:癒しを与えし光の小雨〉を発動!
小範囲型のオリジナル回復系複合下級光兼水魔法により、光を宿した癒しの小雨が二人の青年へと降り注ぎ、生命力を回復していく。
あわせて単体型の〈オリジナル:癒しを与えし水の雫〉も連発してかけると、あっという間に頭上にうかんでいた赤色のゲージは全回復した。
「ありがとうございます!!」
「すげぇ助かりましたっ!!」
「ご無事で良かったです!」
グランドグラスパンサーの攻撃をそろって避けながら、二人の青年が響かせてくださった感謝の言葉に、安心した気持ちを込めながら言葉を返し、つづく戦闘を見守る。
生命力が回復したことで、いくぶんか冷静さを取り戻したのだろう。
茶髪をゆらす青年のショートソードがグランドグラスパンサーを見事つらぬく。
次いで、一本の三つ編みにまとめた黒のくせ毛の長髪を跳ねさせ、短剣を逆手にもった青年がひらりと飛び上がり、グランドグラスパンサーの脳天へと短剣を突き立てた。
とたんにぶわりと巻き起こったつむじ風に、地面に降り立った青年とショートソードを鞘におさめた青年が、互いに笑顔で拳をぶつけ合う。
なんとも華麗な戦いの終幕に居合わせたものだと、つい口元の笑みが深まった。




