三百三話 銀の商人の懇願
白に煌く腰飾りをさっそく身にまとい、ほくほくと胸をあたためた後は、商品用の装飾品づくりに取りかかる。
再び各種素材をカバンから出して机の上に置き、丁寧に作品として仕上げていくことしばし。
腕輪や指輪、首飾りや足輪を完成させてカバンにしまうと、次は錬金術師の作業場を探すために、細工師の作業場を後にする。
再度見回した職人通りの中でも、もう少し奥まった場所に、石造りのそれらしき家を見つけた。
歩みよってみると、開け放たれた入り口付近には、エルフの里のアード先生のお店と同じ、植物の香りがただよっている。
室内には誰もいないようだったが、近くに立てかけられた看板には[錬金術師の作業場 利用はご自由に]と書かれていたため、遠慮なく作業させていただこう。
細工師の作業場と同じく、石の長机と木製の椅子が並ぶ室内へ入り、端のほうの椅子に腰かけると、さっそくカバンから素材を取り出して作業開始!
魔力回復ポーションと生命力回復ポーションを、いつもどおりハチミツを入れて美味しいお味のポーションに整えて……商品用のポーションも、完成だ!
小瓶を一つかかげ持つと、窓から射し込むあたたかな陽光が小瓶を照らす。
夢中になってつくっていたため気づかなかったが、いつの間にか朝から昼の時間へと移っていたらしい。
明るさに緑の瞳を細めつつ、商品が完成したのであればと、小さな四色の精霊さんたちに告げる。
「それでは、この商品を商人ギルドへお届けにまいりましょう!」
『おとどけする~~!!!!』
ぽよぽよと楽しげに肩と頭の上で跳ねる精霊さんたちに微笑み、机の上に並べていた商品や素材を片づけて、錬金術師の作業場から外へ。
職人通りをゆったりと引き返して、噴水広場でワープポルタにふれ――パルの街へ転送!
少しの浮遊感ののち、開いた緑の瞳には、問題なくパルの街の最初の噴水広場が映った。
何度転送を体験しても、このあっという間に景色が移り変わる光景は新鮮に感じる。
自然に深まる微笑みをそのままに、大通りへと踏み入り、商人ギルドへ。
開け放たれた扉のない入り口から室内へと入ると、相変わらず広い部屋の中に置かれた様々な商品が瞳に映る。
もしかすると、意外に掘り出し物な商品もあるのかもしれない……などと密やかなわくわく感を楽しみながら、中央よりやや奥の位置にある受付の長い石のカウンターへと歩みよった。
サッと失礼にならないていどに受付を見回し、しかしいつも対応をしてくださっているフィードさんのお姿が見当たらず、はてと小首をかしげる。
そう言えば以前、アトリエ【紡ぎ人】のみなさんと一緒に商品を届けにおとずれた際、ナノさんがフィードさんご自身もまた、銀の商人と呼ばれる立派な商人さんなのだと教えてくださった。
となると、今はちょうどそちらのお仕事をしていらっしゃる可能性も、なきにしもあらず、だろうか?
それとなく受付から離れて、ではどうしようかと視線を巡らせた先――広い室内の奥にある、職員用とおぼしき扉から、濃い銀髪をゆらすフィードさんが現れた!
銀縁の楕円形型メガネをそっと片手で押し上げる動作が、遠目からでも見えたのち、パチリと黒い瞳と視線が合う。
真剣さを宿していた表情が、すぐに誠実そうな整った微笑みへと変わった。
少々足早に受付のカウンターへと戻って来てくださったフィードさんに、若干申し訳なく思いながらも、私も足を進めて対面へと立ち、エルフ式の一礼をおこなう。
『お待たせいたしました、ロストシード様』
「いえ、こちらこそ、お忙しい時に来てしまったようで……」
『おや! 商売繫盛はむしろ、喜ばしいことでございますよ』
「……それはたしかに!」
丁寧な言葉にお茶目さをふくんだフィードさんの言に、思わずうなずきを返す。
たしかに、商人としては商売が好調であることは、とても良いことだ!
私の素直な反応に、小さく笑みを深めたフィードさんは、いつものように壁側にある商談用の小部屋へと導いてくださる。
お互いが席につくと、さっそくと誠実でありながらもどこか抜け目のない眼差しになったフィードさんが、微笑みと共に口を開く。
『こちらが、以前お渡しいただいた商品の売り上げとなります。変わらずたいへんご好評で、今回もすでに完売しております』
「完売……?」
『はい。完売です』
予想外の言葉に、つい聞き返すと、フィードさんはとてもイイ笑顔でもう一度答えてくださった。
正直なところ……なぜ私の商品が好評なのか、いまだに得心がいっていない部分がおおいにあるのだけれども。
それはそれとして、結果と言うものはくつがえらない。
良い結果ならば、素直に喜んでおこう。
淡く微笑み、改めてフィードさんにうなずきを返す。
「そうでしたか……。いつも、ありがとうございます」
『いえいえ。これが私共の仕事ですから』
私の感謝の言葉をやわらかく受け止めて、フィードさんはいつもの商談をはじめた。
普段通りに、今回も私は商品をお渡しして、紙に商品のことを書き込む。
その間、不思議とフィードさんの視線が普段よりも熱心に注がれている気がしていたのだが……それはどうやら、気のせいではなかったらしく。
紙に記入を終えて顔を上げると、フィードさんが銀縁メガネをそっと押し上げて、商人の表情をうかべた。
思わず背筋を伸ばすと、整った笑顔だけは崩さないフィードさんが、また口を開く。
『ところで、ロストシード様。本日腰元に飾られていらっしゃる装飾品は、もしやご自身でおつくりになられたものでしょうか?』
「え、えぇ、はい! ちょうど、つい先ほどつくった、新しい腰飾りなのですが……これが、何か……?」
唐突な問いかけに、若干戸惑いながら返した言葉に対して、フィードさんのメガネがキラリと光ったように見えたのも……気のせいではなかったのかもしれない。
『銅貨六枚』
「えっ?」
凛と紡がれた言葉に、なぜいきなり銅貨の枚数を告げられたのか、意図を読み取りそこねて疑問を零す。
うっかり顔に疑問符をうかべる私に、フィードさんはもう一度メガネを押し上げて、綺麗に微笑んだ。
『お品一つにつき、銅貨六枚をお支払いいたします。ぜひともそちらの腰飾りを、新商品として売らせていただきたく。えぇ――ぜひに』
なるほど、と美しいフィードさんの微笑みを見て、場違いにも納得する。
これはたしかに、銀の商人と呼ばれるわけだ、と。
懇願と言う名の圧力が、ひしひしと伝わってくるように感じる雰囲気に、淡い微笑みをうかべたままの口元がひきつりそうになるのを、気合いと根性でなだめて言葉を返す。
「……少々、お時間をいただくことになるかと思いますが……」
『問題ありません。次回の商談の際に、数点お持ちいただければ幸いです』
「――分かりました!!」
『商談成立、ですね。今後とも、どうぞご贔屓に』
「はいっ! こちらこそ!」
――これが、銀の商人!!
あまりにも鮮やかな手腕に、感服するほかない!
しっかりとまとまった商談の内容を頭の中にメモしつつ、商人ギルドを後にして、宿屋まどろみのとまり木へと戻ってくる。
なんとなく、どっと疲れたような気がして、今回はそうそうに宿部屋へと入り込むと、各種魔法を解除し、蔓のハンモックに横になった。
「それでは、小さな精霊のみなさん。また空の時間で、明日に」
『うんっ!!!! またね、しーどりあ~!!!!』
胸元でご自身の色の光を強めた、小さな四色の精霊さんたちに明日を約束して、ログアウトをつぶやく。
戻ってきた現実世界で、十二日目の今日も実に有意義な一日だったと思いながら。
明日もまた思いっきり楽しもうと、心に誓うのだった。
※明日は、世迷言板内のやり取りの記録の、
・幕間のお話
を投稿します。




