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二話 キャラクタークリエイトはエルフが好み

 



 創世の女神様の最初の口上がひと段落すると、いよいよとても重要な本日の本題が幕を開ける気配がただよう。

 本日の本題、それはゲームの正式同時サービス開始日を三日後に控えた今日だからこそできること。

 自らの姿を定める儀式――すなわち、キャラクタークリエイト!


『さぁ、今こそあなたの姿を定める時』


 その言葉が紡がれた瞬間、ぶわりと吹いた風を伴い、十人の人物が現れる。

 いきなり周りをぐるりと囲まれる形での出現だったので、すこし驚いた。しかし現れた人物たちを見てみると、その理由に察しがつく。


『わたくしの愛し子、シードリア。あなたがあなたとして生きて行きたい種族を選んでください。大地で目醒めるまで、いつでも種族を選びなおすことができますから、焦らず定めましょう』

「はい、分かりました、女神様」


 自然に返事をしつつ、この中から選びなさいと言う意味で出現したのであろう十人を再度見た。

 事前に収集した情報のとおり、私の周囲に並ぶのは人間族、獣人族、妖精族、天人族、魔人族の標準的な見本としての男女である。

 実際はそれぞれの種族の内に更に細やかな種族が存在しており、それを連想させるように性別の違いだけでなく、二人ずつの種族たちはそれぞれ異なる姿をしていた。

 私の視線が固定した種族は――妖精族。


『彼らは精霊神より生まれし、自然を愛する種族、妖精族です。

 精霊の力をもっとも引き出すことが可能な子たちで、水、土、風、火の四属性の魔法を操ることに長けています。

 細やかな制作技術も得意ですが、種族内のどの生まれかにより、得意とする魔法や技術が異なります』


 たおやかなお声で、創世の女神様がそう説明をしてくれる。

 とは言え、そのあたりの情報は収集済みで、更に言えば妖精族のどの生まれを選ぶのかまで、すでに決めていた。

 まっすぐに、右よりの前方に立つ人物たちを見つめる。

 片方は、立派な髭をたくわえた、ずんぐりとした小柄な体躯をもつ、いわゆるドワーフの男性。

 もう片方は、横長で先が尖った耳が特徴的な、すらりとした美しい細身の美女――いわゆる、エルフの女性だ。

 もちろん、他の種族も気にはなる。が、しかし定めたい姿と言えば、私にとってはエルフ一択であった。

 何故だろうと考えたことはある。美形で、樹や精霊の友であり、多彩な魔法を使うという設定の多いエルフという存在が、何故こうも魅力的に見えるのかと。そしておそらく答えは単純なものだと、今では思い至っている。

 すなわち――ロマン、だ。

 この心が、エルフになってみたいと叫んでいるのだから、それはもう仕方がないことなのだ。


「女神様、決めました。私は、妖精族を選びます」

『――あなたにとって、それは素晴らしい選択であることでしょう』


 決意を秘めた断言に返ってきた微笑みと言葉は、まるでこの選択を祝福してくれているかのようだった。

 嬉しさで口元が緩むのを見越したかのように、煙のごとく他の種族の男女が立ち消える。次いで出現したのは、妖精族のどの生まれにするかの選択肢であろう、姿の異なる人々。

 ひときわ小さな姿や、色合いの異なる姿もあったが、視線を再び固定させたのは当然、先ほどのエルフの女性だ。


『その子は妖精族の中でも、エルフと呼ばれる種族の子です。

 多様な精霊と心を交わし、植物に親しみ、水や土や風の属性の魔法を得意としています。錬金術や装飾品の細工技術、付与魔法の付与技術にも長けています。

 反面、火の属性の魔法や、武器や防具の鍛冶技術などは苦手な性質をもっています。

 ……エルフを生まれの種族に定めますか?』


 丁寧に紡がれたエルフについての説明に聞き惚れていると、今度は先んじての問いかけ。

 当然、答えはひとつだ。


「はい! エルフにします!」


 創世の女神様から返ってきたのは、深められた愛しげな微笑み。

 再び煙のように、今度はすべての人々の姿が立ち消えると、まばたきの次には鏡の間に居た。


「うわっ」


 思わず変な声が出る。

 創世の女神様の御前で発する声としては品がなかったな、とも感じたが、反射的な悲鳴は許して頂きたい。


『空の光に映された姿を見ながら、あなたの姿を定めてください』


 胸中で若干葛藤する私を気にせず、そう創世の女神様は告げる。

 先ほどは鏡に囲まれたのかと錯覚したが、事実上周囲も上下もそのような状態なだけであるようだ。

 空の光と呼ばれた鏡に映っている姿は、中性的な顔と身体のエルフ。

 外見的な年の頃は、十六歳ていどだろうか。

 背中に流れる金髪はさらさらとしていて癖がなく、頭を動かすたびに揺れている。

 若葉のような黄緑色の瞳はつぶらで、中性的な美貌と相まってどこかあどけない。

 凹凸の少ない細い身体は、いっそう現実離れした雰囲気があった。まとっている服が薄緑のチュニックのような上着と、深緑のシンプルなズボンなのもあり、どこか神秘的だ。

 さて、しかしキャラクタークリエイトというものは、ここからが本番と言っても過言ではない。

 そう、つまりここから――好みの姿に整えていくのだ!

 はっきりとした楽しさに、鏡に映る綺麗な口元が弧を描く。

 理想像は一応、決まっている。

 そっと、まずは顔面に手をはわす。瞳を閉じ、中性さを残しつつも少し男性的な精悍さを加えるイメージをしてから、開く。するとそこには、先ほどまでの性別の分からない美貌から、男性かな? と思える程度の美貌へと変わった姿が映っていた。

 このイメージというものが、没入ゲームではものを言う……らしい。

 どこかの誰かの有名な言葉だ。

 実際問題として、今となっては幾通りものパターン像の中から選ぶより、こうしてイメージをしながら微調整していく方法がキャラクタークリエイト時には定番となっていることからも、重要性は明らかではある。

 瞳の形、瞳の色、鼻の形、口の形、耳の形、髪型、声、そして身体……と、すでに慣れたイメージの感覚で姿を修正していく。

 意外に根気が必要な作業でもあるため、サービス開始日までの三日間もの猶予が用意されているのだろう。

 しかし、それはそれとしてイメージしたとおりに変化していく姿を見るのは楽しい。これぞ、キャラクタークリエイトの真髄だ。

 そうして、そこはかとなく注がれるあたたかな眼差し、もとい創世の女神様の視線を感じつつも意識の外に置きながら、姿を整えること数時間。

 我ながら時間をかけた甲斐はあったと思えるできに、姿が仕上がった。


 満足気な表情を鏡に映す美貌には、森を思わす緑色を宿した瞳。今は楽しさに輝いているが、平時はこの緑の瞳も、すっと鼻筋の通った端正な美貌も、穏やかでいて涼やかな印象だ。

 髪色は鮮やかな金から白金へといたるグラデーションをかけた長髪。目元にさらりとかかるていどの前髪と、後ろは腰に届く長さで白金色の毛先がゆれている。

 全体的に初期の姿より大人びた姿にしたこともあり、このゲームのエルフの特徴である耳もほんの少しだけ大きく長く、今の顔に合うよう整えた。

 身体は華奢とまではいかないが、やはり細身であり、筋肉らしきものはそこはかとなくあるていど。身長はすらりと高めで、身体つきは男性よりだが、見る人によってはまだ中性さが残っているかもしれない。

 あーあーと出した声は、高めでやわらかく、それでいて深みを感じさせる男声。記憶の中から必死に引っ張り出した、お気に入りの声の特徴を混ぜ合わせてイメージした。他はともかく、この声だけは会心のできだと言える。

 全体的には二十歳手前くらいの年齢の、中性さを残す正統派美青年エルフ! と、言いたいところだ。……実際に他者にそう見えるかはさておき。

 鏡に映る美貌に、改めて表情をのせてみる。

 小さく上げた口角による微笑みは、実に穏やかで優しげ。少し瞳を細めてより深く笑めば、何やら意味ありげな表情に見える。

 きりっとした表情に切り替えてみると、真剣さが美貌に映え、戦闘中などはなかなか様になるのではないだろうか。その真剣な表情の口元をゆるめると、ひたと見つめる緑の瞳の眼差しに穏やかな微笑みが見事に合わさり、涼やかなかっこいい笑顔になった。

 ――声だけでなく、表情もかなり満足のいくできだ。

 さぁ、これで私の姿は定まった。

 新たに自らのものとなった好みの声で、創世の女神様へと声をかける。


「女神様、姿が定まりました」

『まぁ、素敵な姿に定まりましたね』


 即時の褒め言葉に、一瞬で消えた鏡に映っていた姿を思い出しながら、笑む。

 きっと、穏やかで満足気な笑顔になっていることだろう。


『それでは最後に――』


 そう紡いだ創世の女神様の蒼穹の瞳と、視線が合う。

 不思議と、はっと息をのんだ。


『――あなたの名前を刻みましょう』


 その言葉と共に、薄いアンティーク調な灰色の石盤が眼前に出現した。

 そこには種族名や生命力や魔力のゲージが表記されており、これからゲーム内で幾度となくお世話になる、いわゆるステータスボードなのだろうと察する。

 重要な部分は、一番上にある空欄だろう。

 静かに右手を持ち上げる。そっと伸ばした指先で、空欄をゆっくりなぞると、イメージしたとおりの言葉が並んだ。


『ロストシード』


 創世の女神様が、たおやかなお声でその名を呼んだ。


『あぁ、わたくしの愛し子、シードリア。あなたの名前は、ロストシードと言うのですね?』


 嬉しげに弾んだ声音ながらも、確認を問う創世の女神様の言葉に、しっかりとうなずく。


「はい。私はこれから先――ロストシードと名乗ります」


 この名付けに、さほど特別な意味はない。閃いた語感の良い言葉を、名前にしてみただけだ。

 ただ、あえて、その名にふわふわとした意味を持たせるとすれば……再びの芽吹き、とでもしようか。

 ――失われた種を名として、新しい世界で生を謳歌し、見事に咲き誇ってみせようではないか、なんて。

 このゲームを思い切り楽しむための、最初の一手ということにする。


 確定を告げる私の言葉に、美しい女神様はゆったりと深くうなずき、美貌をほころばせる。心底から嬉しげな声音で、言葉がつづいた。


『わたくしの愛し子、ロストシード。よき姿を定め、よき名を刻んだこと、わたくしは決して忘れません。大地での目醒めを迎えるその時まで、今しばらくまどろみの中でおやすみなさい』


 そうして閉じられた瞳と共に、創世の女神様は姿をうすく淡くして、ついには消えてしまった。

 あたり一面に広がっていた晴れやかな青空がゆっくりと色を移ろわせ、やがて星々が煌めく夜空になる。

 ――これにて、キャラクタークリエイトは完了。

 後はきたるサービス開始日を待つのみだ。

 男性としては細く白くしなやかな手を見つめ、それを心の中の期待と共に、ぐっと握りしめた。


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