二百九十話 紹介の真意と楽しい雑談
「なら、ステラちゃんはそもそも、あんまりこういうゲームを遊んだことがなかったんだな!」
「うん! 【シードリアテイル】、ほんとうの世界みたいで、びっくりしたの!」
「わかるわかる!! おれもはじめて目をあけた時、びっくりした!」
「えへへっ! ルンおにいちゃんと、いっしょ!」
「おう! ステラちゃんと、一緒だ!」
深夜の暗闇の中、大きな噴水のそばで会話に花が咲く。
無事にお互いの自己紹介を終えたのち、顔合わせの本題として、流れるように声音が弾む雑談がはじまった。
さいわいにも、疲れを感じないおかげで、立ったままの雑談でも問題はないのだけれど、お次はサロン部屋に移動すると予想していたため、少々予想外の事態になっている。
とは言え、元々はシルラスさんとステラさん、そしてサロンのみなさんがお互いを知り、サロンの参加を希望するか否かを考えるための顔合わせなので、楽しく会話できるのであれば場所が噴水広場でも問題はない。
むしろ本当に予想以上だった点は、他の誰でもない、ルン君がステラさんの緊張をほぐし、気楽にお話できるようにしてくれたことだ。
どうやらルン君は、私の想像よりもずっと、幼げなかたと接することが得意で、さらにはお世話好きだったらしい。
ついつい、お二人のやりとりをにこにこと見守りながらも、橋渡し役としての役割も忘れずおこなう。
ルン君とステラさんの会話を、私と同じように微笑ましく見つめていたロゼさんに小声で呼びかけ、一緒にシルラスさんのそばへと歩みよる。
「ロゼさん。実はシルラスさんとの出逢いは、ステラさんがきっかけだったのですよ」
「へぇ? それはまた、ドラマティックな展開が期待できるきっかけだね?」
「ドラマティックだったのは、ロストシードの助力のほうで、私はステラの困りごとを解決できたわけではなかったのだが……」
「ふぅん? よければ、詳しく教えてくれる?」
「あぁ、構わない」
それとなく話題を提供するだけで、敏いロゼさんとシルラスさんは、お互いを知るように言葉を交し合ってくださるあたり、さすがはお二方だとしみじみと感心してしまう。
本当は私がもっとお二方が楽しめるように、盛り上がるような合いの手を入れることができれば、なお良いのだろうけれども……今は、控えておく。
なにせ、お二方共に間違いなく賢く敏いかたがたで、そして今は純粋にお互いを知り、サロン入りをどう思うかと、自らの心に問いかけている最中のはずだ。
それをお邪魔するのは、さすがに無粋と言うもの。
それに――私がシルラスさんとステラさんに、サロンのみなさんをご紹介しようと思ったもう一つの理由も、シルラスさんはすでに分かってくださっているはずなのだ。
チラリと、ルン君だけではなくフローラお嬢様とアルテさんも会話に加わり、さらに盛り上がるステラさんのほうを見やる。
基本的には、現実世界での根本的に大切なことは、ゲーム世界でもそう変わりはしない。
そして、ステラさんのように幼さの残るプレイヤーにとって、ゲーム世界でも大切なこととは、とある存在の確保と言えるだろう。
そう、いわゆるゲーム内での心強い味方……保護者になってくれる存在の、確保だ。
私が今回、シルラスさんとステラさんをサロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんにご紹介したのも、ステラさんにとってこのゲーム内で見守ってくださるかたが、私やシルラスさん以外にもいたほうが良いだろうと、そう思ってのこと。
この意図に、シルラスさんは気づいた上で、ご自身のお考えとすり合わせた結果、ご協力をしてくださっているのだと思う。
つけ加えるならば、おそらくこの顔合わせにて、すでにロゼさんも私の意図に気づいてくださっているはずだ。
さらには、フローラお嬢様もアルテさんもルン君も、私の意図に気づくか気づかないかはともかくとして、きっと幼げなステラさんを気にかけて見守ってくださることだろう。
……そう言う意味では、すでにみなさんがステラさんのことを知った現状だけでも、私の目的はおおよそ達成できている。
これもひとえに、シルラスさんやサロンのみなさんの優しさあってのこと。
このありがたさに応えるため、私はしっかりと橋渡し役にはげもう!
――ただただ純粋に、シルラスさんとステラさんと一緒に、サロンで楽しくすごしたいと思うこの気持ちも、間違いなく本心なのだから!!
サァァ――と空から明るさが満ち、夜明けの時間に移ったことを示す、薄青の光が降り注ぐ。
束の間、この時間特有の美しさに見惚れるみなさんに、内心で同感をつぶやきつつ、小さな光の精霊さんを迎え入れて、会話を再開へと導くために口を開いた。
「それから、シルラスさんとステラさんと私でパーティーを組みまして、少しだけ冒険もしたのですよ」
「ぼうけんっ! たのしかったの!!」
「あぁ。学びも多く、実に楽しい冒険だった」
私の言葉に、ぱっと表情を輝かせて声を上げたステラさんと、かすかに口元をほころばせて紡いだシルラスさんに、サロンのみなさんの好奇心に満ちた瞳が向けられる。
「ロスト兄は強いから、冒険も安心だよな!」
「たしかに。戦闘となると、シルラスは凄腕の弓使いだから心配は必要なさそうだけど、ステラは苦手なんだよね?」
ルン君とロゼさんの言葉に、ステラさんがこくりと一つうなずく。
「うん! わたしは戦うのにがてだから、緑のくまさんとの戦いは、みてるだけだったよ。でも、ロストシードおにいさまと、シルラスおにいさまは、とってもつよかったの!」
「あら! さすがはロストシードですわね!!」
「シルラスさんも、とってもお強いのですね!」
ぱたぱたと、身振り手振りをつけ加えて、昨日の冒険の様子を説明するステラさんに、フローラお嬢様とアルテさんが私とシルラスさんの戦う姿を想像してか、褒め言葉をくださる。
それにシルラスさんとそろって微笑みを返しつつ、本当はその後星魔法のお披露目として、いざという時はステラさんも充分に戦えることが、明らかになったのだけれど……。
まさか、この場でそれを言うわけにもいかず、そっとシルラスさんをうかがう。
すると、おもむろに片手を持ち上げたシルラスさんは、他のみなさんの視線がステラさんに向かっているすきに、立てた人差し指を口元に当てて、薄緑の瞳を細めてみせてくださった。
――これはつまり、星魔法についてはしっかりと秘密にしていただける、ということ!
その仕草と心意気があまりにもかっこよく感じた結果、うっかり弾んだ心を抑えるために胸元を片手で押さえながら、数回シルラスさんへとうなずきを返す。
「……どうしましたの、ロストシード?」
「いえ! 少々シルラスさんがかっこよくてですねっ!!」
はたから見るとさぞ珍しかっただろう私の仕草に、案の定視線をこちらへ向けたフローラお嬢様の、疑問と心配が混ざった問いかけがあり、反射的にこの胸の内を抑えきれずに声音を弾ませて言葉を返してしまう。
思いのほか力がこもった私の発言に、こちらへと振り向いたロゼさんが、なぜかうんうんとうなずく。
「あぁ、分かるよ。美しいのはロストシードで、かっこいいのはシルラスだ」
「えっ!? 姐さんおれは!?」
「ルン? ルンは可愛い」
「えぇ~~!?」
「わたし、は?」
「もちろん、ステラは最高に可愛い、だよ」
「えへへっ!」
ロゼさんとルン君、そしてステラさんが交し合う言葉を聴き……もはや一周回って、なんと平和なのだろうかと思いなごむ、今日この頃。
みなさんにとって、この時間が素敵なものであればなお良いと、改めてそう感じたのだった。




