二百八十九話 華やかなる顔合わせ☆
こほん、と軽く咳払いをしたのち。
さっそく私の役割として、そっと片手でシルラスさんとステラさんを順に示しながら、紹介の言葉を紡ぐ。
「それでは、改めて私のほうからご紹介いたしますね。素晴らしい弓の腕前をお持ちのシルラスさんと、この大地に慣れつつ日々冒険を楽しんでいらっしゃるステラさんです」
「シルラスだ。ロストシードの紹介にあった通り、弓使いとしての腕を磨いている。よろしく頼む」
「えっと、えっとっ! ステラ、です! その……没入ゲームは、はじめてだけど、【シードリアテイル】は、すっごくたのしい、です! よろしく、おねがいしますっ!」
笑顔で紹介すると、シルラスさんとステラさんも改めて自己紹介をしてくださる。
それに微笑み、お次はと流れるように今度はサロンのみなさんの紹介に移る。
「そしてこちら、私も所属しております、エルフ族限定サロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんです。
リーダーの華麗なるフローラお嬢様、サブリーダーの麗しくかっこいいロゼさん。そして元気いっぱいのルン君ことルンベルン君と、優しくて穏やかな私の読書好き仲間のアルテさんです」
幼さの残るステラさんにも伝わるように、分かりやすく私から見たサロンのみなさんの特徴を紡ぐと、ステラさんの淡い瞳が煌き、シルラスさんの口元がほのかにゆるんだ。
私と一緒にお二方の表情を見たサロンのみなさんが、チラリとお互いに目配せをしたのち。
フローラお嬢様が、一歩前に足を踏み出す靴音が、コツンッと綺麗に鳴った。
ひるがえった扇子が、美しく深夜の闇色に映える。
「シルラスにステラですわね! わたくしこそが! このサロン【ユグドラシルのお茶会】のサロンミストレス……リーダーの、フローラですわ!! よろしくお願いいたしますわ!!」
「にぎやかなリーダーだけど、いい子だから安心してね。僕はロゼ。サブリーダーで、かっこいい担当だけれど女性だよ。よろしくね」
まさしく明るさ無限大の華やかさを表した、にぎやかなフローラお嬢様の自己紹介に、凛々しくも美しいお顔の口元へかっこいい笑みをうかべたロゼさんが、後を引き継ぐ。
首の後ろでひとまとめにしている白金の長髪をゆらし、美しい一礼を披露したロゼさんにつづいたのは、ルン君とアルテさんだ。
「俺はルンベルンっていいます! ルンって呼んでください! 元気はいつもありあまってます!!」
「えっと、アルテです。ロストシードさんと同じく、本を読むことが好きです。よろしくお願いします!」
碧の瞳をまっすぐにシルラスさんとステラさんに向け、大雑把に切ったような金髪を跳ねさせて元気さをアピールするルン君と、水色のつぶらな瞳を穏やかに注ぎ、控えめな笑顔をうかべて、肩口でそろえた金髪をゆらしながらペコリとお辞儀をするアルテさん。
無事に全員分の紹介が出来たことに、内心嬉しさを感じながら微笑みを深め、私もと言葉を紡いだ。
「みなさん。本日は私のおさそいに応じていただき、ありがとうございます。ぜひとも、有意義な時間にいたしましょう!」
『しょう~~!!!!』
元気で可愛い小さな四色の精霊さんたちと一緒に、顔合わせの本格的なはじまりを告げる。
とたんに場に満ちた高揚感に、出だしは好調だと喜んでいると、ふいに金の瞳を煌かせたフローラお嬢様がステラさんを見やり、口を開いた。
「ステラ! わたくしのことは、フローラおねえさま、と呼んでくださってもよろしくってよ!!」
「フローラ……」
「お嬢……」
――失礼ながら、私も思わず胸の内でつぶやいてしまう。
そうきましたか、フローラお嬢様……と。
ロゼさんとルン君の呆れた声と、私とアルテさんの若干生暖かい視線を感じてか、フローラお嬢様はパチンッと勢いよく扇子を閉じると、すすっとステラさんのそばに近寄り、まなじりを上げたお顔をこちらへ向ける。
「何よ! だってステラったら可愛いんだもの! そう呼んでもらいたいって思っても、仕方ないでしょう!? ねぇロストシード!」
「えっ、私ですか? ええっと……ステラさんがお可愛らしいのは、間違いありませんが……」
最初はたしかにロゼさんやルン君に向けられていた、フローラお嬢様の金の瞳が突如私を射抜いたことで、少々素の驚きを混ぜながらにごした返答をしてしまう。
……こういう時に頼りになるのは、やはりロゼさんだ!
と言うことで、思わずそっと助けを求めて視線を送ると、すぐに紫紺の瞳がまたたき、フローラお嬢様へとロゼさんの視線が向く。
「こら、フローラ。麗しのロストシードが困っているだろう?」
「そっ! それは失礼いたしましたわ!!」
――やはり、ロゼさんに助けを求めて正解だったようだ。
一瞬でハッとした表情に切り替わったフローラお嬢様からの謝罪に、いえいえとゆるやかに首を横に振ってことを収める。
と、今までじっと不思議そうに、フローラお嬢様と私とを行き来していたステラさんの淡い瞳が、ピタリとフローラお嬢様で止まった。
少しだけもじもじと小さな両手が胸の前で組まれ、しかし意を決したように、淡い瞳に力が灯った、その時。
「フローラ、おねえさま?」
そう、とても愛らしい声音で、フローラお嬢様ご希望の呼び名がつぶやかれた。
正直なところ、これは、いわゆるクリティカルヒット――とても大きな衝撃を与えるたぐいのものだと、確信せざるを得ないっ!
「はぅっ! やっぱりとっても可愛いですわ!!!」
予想通り、フローラお嬢様は胸を押さえて、愛らしすぎる衝撃をなんとか身に収めようと歓声を響かせた。
のみならず、アルテさんは珍しく眩い笑顔を咲かせ、ロゼさんは口元を片手でおおってかすかにふるえている。
平然としているのは、半眼でフローラお嬢様を見ている、ルン君だけだ。
シルラスさんと反射的に視線を交わしつつ、なごやかな空間に可愛すぎる一石を投じたステラさんをそろって見つめていると、ステラさんの視線が今度は私たちに向けられる。
「ロストシードおにいさま! シルラスおにいさま!」
「おや!」
「おぉ……」
うっかり、思わず!
緑の瞳を、輝かせてしまったような気がする!!
心なしか、シルラスさんの声音も感動めいた響きが宿っていたように感じたのは、おそらく気のせいではないだろう。
ステラさんのおにいさま発言の威力は……どうやら、とんでもないものらしい!
さらに、ロゼおねえさま、アルテおねえさま、ルンおにいさま、とつづくステラさんの呼び名攻撃……いや、可愛らしい表現に、ロゼさんが満足気にうなずく。
ただ、アルテさんとルン君には普通の呼びかたで良いと言われ、結果アルテおねえちゃんとルンおにいちゃんにおさまった。
何はともあれ――これは顔合わせのはじまりとして、大成功したと言っていいはず!
ただ、まぁ……二つほど、痛感したこともあった。
それは、私の穏やかさをもってしても、フローラお嬢様の暴走は止めることができないと言うことと、ステラさんの発言は時折クリティカルヒットになり得る、という真理があったこと。
世界はなんとも広いものだと、思わずそっと、視線を彼方へと投げてしまった。




