二十八話 世迷言板とログアウト
語り板とは、情報の記録や相談をおこなう情報掲示板のことで、例えばゲームの語り板であれば攻略情報から雑談まで、幅広い記録やリアルタイムの相談がおこなわれている情報場の、その総称だ。
ふた昔前のネット文化とやらは、今よりずいぶんと賑やかだったらしく、今でも根強い人気が残っており、語り板の前身は画面ゲーム全盛期の時代に流行って以降、没入ゲームの時代になってからも末永く愛され存在している。
当然として多くの人々が見て、書き込み、情報を共有することから雑多なやりとりにあふれているが、他者を不快にさせるようなものは基本的にないため安心して読むことができ、事前の情報収集時にも活用していた。
そもそも、このような自身の言葉を書き込める場での不快な表現などは、もうずいぶん前から禁じられている。
空間を一枚隔てたその向こうには人間がいて、巡りめぐっては自身もいるのだから、良い言葉で会話をしましょうという教えは、幼年期にはすでに寝物語のように語られるものだ。
そのような経緯もあり、【シードリアテイル】専用の語り板の中も、雑多な情報が丁寧な表現で語られていた。
すでに[オリジナル魔法について]と題された情報ページや、[生産職について]と書かれたページがあり、私以外にもオリジナル魔法を習得したシードリアや、何かしらの生産系技術への理解を深めたシードリアがいることが見て取れる。
これらの情報は後でじっくり読むとして、好奇心のままに[世迷言板]と書かれた一覧を開く。
語り板の中でも世迷言板と呼ばれる場は、かつてのネット文化の流れを継いでいる物の最たる例で、おもに雑談をする人々の集まる場として使われているもの。
当然として、現在ではただの雑談の場であろうと丁寧で礼儀を伴う書き込みを心掛けることは至極当然とされていることから、一般的には楽しい会話で盛り上がる場として多くの人々は認識していることだろう。
ただ私はこの場を、単純な雑談の場とは、思っていない。
会話をその時その時で打ち込む形式で綴られていく世迷言板には――案外珍しい情報が転がっているものなのだ!
つらつらと世迷言板の題を見て、その内容をざっと確認していく。
「おや?」
ふと、その中に同じエルフ生まれのシードリアたちの会話を見つけ、声が零れる。
がぜん興味が湧き、すでに書き込まれている内容に急いで目を通す。
はじまりはやはり、五感の再現が凄いという驚きから。
次いで、やはりエルフはノンプレイヤーキャラクターも美人だという話から、精霊が綺麗、魔法が楽しい、と話題が尽きず会話がつづいていた。
そこには私が感じたものと同じ驚きや喜びがあふれており、思わずにこにこと笑顔になる。
読むのが楽しく、するすると会話を追っていくと、あっという間に今まさに最新の話題で盛り上がっているところまでたどり着く。
さて、今はどのような話をしているのだろうか、と見やると――何やら身に覚えのある会話から、それははじまっていた。
[そう言えば、精霊を連れた人、いませんでした?]
[見ました! 優しい笑顔の、背の高い、緑の目の若い男性の方ですよね?]
[詳しいですね? お知合いですか?]
[いえいえ! たまたますれ違った時に、お辞儀をしただけです!]
――明らかに、私のことを話しているのでは!?
それに、詳しく話している人物はおそらく、クインさんの書庫の出入り口付近で礼を交し合った、あの可愛らしい少女ではないだろうか!
仰天しつつも好奇心がまさり、会話を読み進める視線は止まらない。
[お二人とも礼儀正しいですね]
[おれもその人見ました! 精霊を肩とかに乗せながら、奥にある神殿のほうに歩いていってた時に! たぶん、あの時広場にいた人は、けっこう見てたと思います!]
[私は食堂で見かけました]
[そう言えばそのような人をみかけましたね]
[精霊さんが肩とか頭に止まっていたように見えたの、見間違いではなかったのですね。あれって他の人でもできた方、いらっしゃいます?]
[いえ、私はまだ……]
[おれも精霊はまださっぱりです!]
[あ、ならやはりあの人しかできていない事かもしれないのですね]
思わず衝撃のあまり、ガンッ! と殴られたような感覚を錯覚しかけた。
まさかの、私しか精霊のみなさんと仲良くなれていなかった可能性が浮上している!
それもどうやら、複数人の目の前で!
「いや、そんな……まさか……」
さすがにそれはあり得ないだろう、という心情が呟きになって零れる。
若干声音が震えていたような気もしたが、そこに気を使う余裕はすでになかった。
――極めつけは。
[どうすれば、精霊さんたちとあんな風に仲良くなれるんでしょう……?]
[あの人独自の、ユニークスキルでも持っているのでしょうか?]
[ユニークスキル? そのようなものが、あるのですか?]
[もしかすると、あるのかも……?]
「いやいやいや、そのようなスキルは持っていませんよ!?」
あまりにも突拍子もない言葉に、思わずツッコミが口からほとばしった。
たしかに、お祈り部屋で《祈り》を使ったことで、《精霊交友》のスキルはもらったけれども。
話題にある三色の下級精霊さんたちとは、書庫からのお付き合いなので、スキルは関係ないはずだ。
そもそも私が一番目に交流した精霊さんは、大老エバーリンシア様のお話の後に現れた、私のすぐそばにいた水の下級精霊さんのはずで……。
混乱を極めそうになった思考を、寸でのところで引き戻す。
今の状況的に、大人しく混乱している場合ではない。いや、混乱するくらいにはおかしな方向性の言葉が飛び出ているのは、事実だけれども。
とんでもない疑問の言葉で止まっていた会話に、急いで文字を打ち込む。
内容は当然――正しい精霊のみなさんとの交流の方法、だ。
「[いえ、少なくとも私は特殊なスキルなどはもっていませんよ。精霊のみなさんと仲良くなる方法は、とても簡単です。近づいて手を伸ばしてみたり、声をかけてみたり、一緒に遊んだりすれば良いみたいですよ]……と。これで、ひとまずこれ以上妙なお話にはならないでしょう……」
ふぅ、とうかんでもいない汗をぬぐう仕草をしつつ、状況を見守る。
本当にユニークスキルが存在していない限り、この方法でエルフの誰しもが精霊のみなさんと交流できるはずだ。
……それこそ、隠しわざのように実は私だけが持っていました、というわけでない限りは。
不穏な考えがよぎり、うっかり固唾をのんで見守ること数秒。
唐突に、会話が再開された。
[え?]
[えっ!?]
[わ、まさかのご本人!?]
[えええ、情報ありがとうございます!]
[ありがとうございます。試してみます]
[おれもやってみます!]
ひとまず、問題なく伝えることができたらしい。
ほっと息を吐く。
それはそれとして、予想以上に驚かれたことに首をかしげつつも、武運を祈る思いを込めてもう一度文字を打ち込む。
「[精霊のみなさんとの交流を、お楽しみください]と……。さて」
伝えた方がいいだろうことは伝えた。
なぜかこのわずかな時間でどっと疲れたので、いったんログアウトをして、現実世界でも休憩しよう。
灰色の石盤を消し、ソファから立ち上がって精霊のみなさんへと言葉を伝える。
「みなさん、長らくのお付き合い、ありがとうございます。私は一度……ええっと、空へと帰りますので、しばしのお別れになります」
若干表現に迷いながらも伝えると、まず〈ラ・フィ・フリュー〉の発動を終了する。
多色に煌く下級精霊のみなさんの姿が、ぱっと思い思いに散り、すぅっと消えた。
書庫からずっと同行してくれていた三色の下級精霊のみなさんは、ふよふよと私のそばへ近寄ると、それぞれが小さな円を描くようにくるりと一回転。
『しーどりあ、いっしょ、たのしかった!』
『ぼくたちずっといっしょにいるよ!』
『かえってきたら、またあそぼうね!』
幼い声音で紡がれた嬉しくありがたい言葉に、思わず緑の瞳を見開き、それから笑みが零れた。
強くうなずき、みなさんに約束を紡ぐ。
「はい! 私もみなさんと過ごす時間がとても楽しいと感じました。そう時間をかけずに帰ってくるので、また一緒に遊んでくださいね」
『うん!』
『は~い!』
『まってる~!』
それぞれの返事に笑みを返し、これまでと変わらず両肩と頭に留まる三色の精霊さんたちに、可愛らしさと嬉しさで胸が満たされる。
きっとこの三色の下級精霊さんたちとは、この先もずっと一緒に冒険をしていくのだろうと、なぜかそう思った。
精霊のみなさんを乗せたまま、やわらかくはないが硬すぎもしない、ちょうどよい寝心地のベッドに横になり、ふわふわのかけ布をついでにかけて、瞳を閉じる。
「ログアウト」
小さくそう呟くと、ぐっと感覚が遠ざかり――現実世界の感覚が戻ると共に、ゲームのログアウトが完了した。
※明日は、
・幕間のお話し(朝5時に投稿)
・再度【シードリアテイル】にログインするお話し(21時に投稿)
の二話更新となります!
読む話の順番間違いに、お気を付けください!




