二百八十五話 踏破の後には答え合わせを
ダンジョン【風淀みの洞窟】への挑戦を終え、ノンパル森林を抜けて草原へさしかかる頃には、昼から夕方へと時間が移ろった。
美しい夕陽に照らされたノンパル草原を眺めながら石門をくぐり抜け、石畳の大通りに靴音が鳴ると、ようやくひと心地ついた気分になる。
お次は――ダンジョン攻略後の、答え合わせと洒落込もう!
大通りを歩きながら、小さな四色の精霊さんたちへ小声で紡ぐ。
「今回のダンジョンの情報を調べに、冒険者ギルドへ行きましょう」
『はぁ~~い!!!!』
楽しげな返事に微笑みを返し、夕陽に煌く中央広場の大噴水を横目に、その先の大通りへ。
あっという間にたどり着いた冒険者ギルドの扉を両手で押し開くと、いつものにぎやかさが耳に届いた。
戦勝祝いの乾杯の声を聴きながら、地図を買うためにと精霊のみなさんと一緒に、心なしかそわそわとしつつシルアさんの列に並び、順番を待つことしばし。
ぱたりと動いた真っ白な兎耳と、重なった紺の瞳に穏やかな笑顔でエルフ式の一礼をおこなう。
『こんにちは! ロストシードさん!』
「こんにちは、シルアさん。本日はダンジョンの地図を買いにまいりました」
あいさつの後、おとずれた目的を紡ぐと、とたんにシルアさんの紺の瞳が輝いた。
『わぁ! ついにダンジョン【風淀みの洞窟】に、挑戦するんですね!!』
キラキラと高揚で輝く瞳を見返し……そろり、と少しだけ視線を外す。
小さな苦笑をたたえてから戻した視線の先では、シルアさんが紺の瞳を輝かせたまま、小首をかしげていた。
……こうなると、非常に伝えづらいものがあるのだが、しかし。
伝えないわけにも、いかないだろう。
刹那に覚悟を決めて、真実を伝えるために口を開く。
「いえ……その。挑戦は、つい先ほど終わらせまして」
『――えっ?』
きょとん、とその瞳を丸くして、シルアさんがぱちぱちとまたたきを繰り返す。
――どうやら、本当に彼女にとって、想定外のことをしてしまったらしい。
私の告げた言葉をすぐに理解しきれない様子のシルアさんに、そうもなるだろう、とも思うのは、本来は最初に地図を買ってからダンジョンへ挑戦しに行くという、正規の手順を知っているから。
ゆえに、私ができることはただ黙して、私がなかなかに無謀な冒険をしてきたのだと、シルアさんが理解してくださるまで待つことのみ。
かすかな苦笑を口元にうかべたまま、固まったシルアさんがハッとした表情になるまでの、束の間の時をすごす。
次いで、驚愕を表情に乗せたシルアさんが、ぱたぱたとお耳を動かしながら口を開いた。
『えっ、えぇ~~!? 地図なしで、ダンジョンに挑んだんですか!?』
「はい。一応、最深部までは進むことが出来ました」
『え。えぇぇ……。すごすぎますね、ロストシードさん!』
「いえ、それほどでは……」
一周回って、もはや驚きを通り越して感心をしてくださっている様子のシルアさんに、内心で恐縮しながら言葉を返し、手早く用意された地図を買う。
お礼を告げて室内を移動していくと、端のほうに一人がけの小さな机と椅子を見つけた。
ちょうど空いていたその椅子に腰を下ろし、さて、と机の上に三枚の紙を広げる。
肩と頭の上からふよふよと降りて来た、小さな四色の精霊さんたちと一緒に、まずはと一枚目の地図へ視線を注いだ。
こちらはどうやら、パルの街からダンジョン【風淀みの洞窟】へと向かうまでの道中を示したものらしい。
右側のノンパル森林の奥地、以前ドバンスさんが鉱石を採取していた岩場から、少し川のほうへと向かったあたりで、あの崖の壁にぽっかりとあいた入り口が記されていた。
「二枚目は、ダンジョン内の地図ですね」
『まいごになるみちだ~~!!!!』
「えぇ……これは、迷うわけですね」
二枚目の地図を広げて見つめ、思わず苦笑を零す。
幾つもの分岐路が丁寧に記された地図には、明らかに私が通らなかった通路も多くあり、迷ってしまうのは必然的で、さらにはマッピングも不十分だったと思い知る。
……本当は、《解析》と〈アナリージス〉、それに《祝福:解析者》を使って、周囲の地形を解析して把握しながら進む、という方法もあったのだけれど。
せっかく、地図も買わずに未知の状態を楽しむのだからと使わなかった結果、見事に迷子になったわけだ。
こればかりは、むしろこの不便を楽しんだので、良しとしよう。
視線でたどった迷路の先、最深部には広い空間が描かれており、間違いなくあのボス部屋が最深部の空間だったのだと示していた。
三枚目の紙には、相対することとなる魔物の情報や、トラップの位置などが書き込まれていて、攻略に必要な情報がこれほどまでにしっかりと書かれていることに、驚いてしまう。
紙の下のほうには、先達の冒険者のかたの感想とおぼしき[全体的には思ったよりも小さなダンジョンで、最深部にいる魔物の多さは恐ろしいが、どちらかというと迷路のほうに時間を取られる]と言う一文が書かれており、思わずうなずく。
たしかに、いわゆる全長はエルフの里の地底湖ダンジョンよりもずっと短く、予想よりも小さなダンジョンだと感じたのだ。
それでも、新鮮な魔物製のトラップは興味深く、迷路状の分岐路にはしっかりと時間を取られたし、最深部の魔物の多さは正しく脅威だったこともまた、事実。
望み通り、なかなか緊迫感のある戦闘を楽しむことができたが……とは言え。
小さな感動さえ覚えながらも、改めて思うことは一つ。
今後、ダンジョンと名のつく場所へ冒険に行く際には、やはり地図を買ったほうが良い、ということ。
その地図を冒険に役立て、無事に踏破する姿こそが――本来の、冒険者らしい姿なのだろうから。




