二百八十三話 迷路踏破と初見殺し
※戦闘描写あり!
『しーどりあ、またね~!』
「えぇ、小さな闇の精霊さん。また遊びましょうね」
『またね~~!!!!』
夜明けから朝の時間へと移ったことを示す、闇の精霊さんとのしばしのお別れをしたのち。
どうやら迷路状らしき暗闇に満ちた通路を、とりあえずと進んで行く。
「……予想以上に、分岐する道が多いですね」
ひとまず進んでは、行き止まりにあたり引き返す、という進みかたをすることはや数回。
手当たり次第に進んでいる以上、当然の結果ではあるのだが、それにしても予想以上だ。
ダンジョンと言えば、今まで明確に挑戦したことがある場所は、エルフの里の秘密の地底湖ダンジョンのみ。
だからこそ、単純な一本道に近しい洞窟とは明らかに異なるこの【風淀みの洞窟】は、まるで地底湖ダンジョンは初心者用ダンジョンだったのかと、そう感じるほどの造りだ。
第一に、トラップのように待ち構える魔物の存在。
第二に、ダンジョン内で遭遇する魔物の多さ。
そして第三に、その迷路状の内部構造。
どれをとっても、地底湖ダンジョンにはなかった要素であり、普通はダンジョンへ挑戦する前に地図を買うという、事前準備が必要な理由をまざまざと突きつけられた感覚になる。
好い学びが出来たと、ここは素直に喜びつつ、そろそろマッピングも進んできたあたりで、次の分岐路へとさしかかった。
三つの通路を眺めながら、ふと吐息を零す。
……正直なところ、エルフ族である私の場合は、小さな四色の精霊さんたちにどの道を進んで行けば良いのかをたずねるだけで、おそらくこの迷路を抜けることが出来るのだろう、とは思う。
それは分かっているのだが、せっかくのはじめての迷路を、純粋に楽しみたい気持ちもあるのだ。
精霊のみなさんがわくわくの雰囲気を放ちながらも、じっと沈黙を保ってくださっているのは、きっとこの私の気持ちを察してくれているからに違いない。
であれば――まずは自力で、突破したいというもの!
かすかに、金から白金へと至る長髪をゆらす風が吹いてくる右端の道を選び、また迷路を進む。
一つ一つ、行き止まりを見つけ、先へ先へと進むことしばし。
ようやく、また一本道へと戻ってきた。
ふぅ、と安堵の吐息が零れ落ちる。
「なんとか、迷路を踏破できたようですね」
『しーどりあ、すご~~い!!!!』
「ふふっ、頑張りました!」
『えら~い!!!! なでなで~~!!!!』
「ありがとうございます、みなさん!」
ぱっと頭の上に移動してくれた、精霊のみなさんからのなでなでを存分にうけながら、ゆるむ頬をそのままに少しだけ癒しにひたったのち。
なんとか穏やかな微笑みの形に整えて、再び一本道となった洞窟を進もうと足を踏み出した、その時。
――耳にひときわ大きく、鋭い風切り音が届いた。
久しぶりに〈恩恵:シルフィ・リュース〉による風の精霊さんたちのお助けが入ったのだと理解した刹那、バッと片膝を地面について身をかがめる。
瞬間、頭上を銀色が通過した。
おそらくは……風の刃のような、攻撃魔法!
「こ、これがいわゆる、初見殺し……!!」
思わず小声で戦慄を言葉にしながら、ヒヤリと背筋が冷たくなるような感覚を想起する。
エルフのように風の精霊たちの恩恵を持たない種族や、ちょうど恩恵が発動しなかった同族のシードリアのかたは、果たしてあの攻撃を避けることが出来るのだろうか……?
半ば唖然としつつも、現状では《存在感知》さえ反応しないほどの遠距離から放たれる攻撃魔法の脅威に、素早く戦闘態勢へと移行する。
タッと土の地面を蹴り、身をかがめた状態で〈瞬間加速 一〉を連発しながら、通路を風のように疾走し、まずは見えざる敵との距離をつめていく。
すぐに、《存在感知》が小型の魔物を二体、前方の通路の天井付近で感知し、不敵な笑みがうかんだ。
ヒュンヒュンッと風の音を連れて放たれる、銀色の風の刃を見切って避け、お返しにとこちらも天井目がけて〈オリジナル:昇華一:無音なる風の一閃〉を放つ!
つづけて放った二つの風の一閃は、天井に張り付いていた銀色の小型のコウモリに似た魔物二匹に、見事命中。
またたく間に銀色のつむじ風となって、かき消えた。
天井からぽろりと地面へ落ちてきた、銀色の被膜と小さな魔石を拾いカバンへと入れながら、ふっと吐息をつく。
風魔法をあやつる銀色のコウモリ姿の魔物、ヴェントスバットは、本体こそ弱いものの、その風魔法の脅威はあなどれない。
特に死角から放たれる初見殺しの一撃は、さすがに緊迫感を感じざるを得なかった。
こういった敵の強さの違いも、地底湖ダンジョンとは明らかに異なる点と言えるだろうか。
「――油断大敵。面白くなってまいりましたね」
いよいよ、今回のお目当てとも言える緊迫感に満ちた戦闘がはじまりそうな予感に、フッと不敵に口角を上げる。
この通路の先はもう目視が可能で、どうやら抜けた先には広い空間に、多くの魔物が集まっているらしい。
《存在感知》で、一度にこれほど多数の魔物を感知することははじめてで、少々危機感を抱く。
と同時に、たいへん、今さらではあるのだが。
……そもそもこの【風淀みの洞窟】と言う名のダンジョンは、いわゆる単身で挑むソロ攻略ではなく、パーティー攻略を前提としたものであった可能性に、思い至った。
これこそまさしく、事前の情報収集は大切なのだと示す典型例のような状態になりつつあるが……しかし!
それは、私がこの先の広い空間での戦闘に、勝利してしまえば――いいだけのこと!!
元から、このように普通ならば絶体絶命とも呼べる状況の中に身を置き、それを打ち破る緊迫感ある戦闘を求めて、ここへとおとずれたのだ。
今さら、否やも怖気もありはしない!
むしろよりいっそう弾む心を、深呼吸一つで落ち着けて。
不敵な笑みを、さらに深めたのち。
「――さぁ、戦闘を楽しみにまいりましょう!」
『うんっ!!!!』
凛、と精霊のみなさんへ告げ、魔窟目指して駆け出した。




