二十七話 白亜の宿でほっと一息
レベルアップの謎はそのままに、風の付与魔法をかけながら高速移動で枝から枝へ飛び移り、夜の森を移動する。
広場が見えてきたところで魔法を消して地面へと下りたち、三色の下級精霊のみなさんと一緒にのんびりと進む。
『たのしかったね~!』
「えぇ、夜の森もはじめての戦いも、とても楽しかったです」
右肩に乗る水の下級精霊さんの言葉に返事をしながら、森を抜けて広場へと出る。
森に入る前には、まだ数人のシードリアが魔法の練習をしていた広場も、この時間にはもう誰もいない。
静まり返った広場の中を進む足取りは、しかし決して重いものではなかった。
にぎやかだった昼の様子から一転、人の姿がなく物寂しい場所になったように見えるが、私にとってはそうではないと断言できる。
なにせ私のそばには精霊のみなさんが同行して下さっている上、いまだに継続中の〈ラ・フィ・フリュー〉を発動してくれている他の精霊のみなさんも、そばにいると分かっているのだから。
何より、ただ歩くだけの時間は、さきほどの森での特訓や初陣の余韻を噛みしめることが出来た。
あっけなさや謎もあったが、純粋に楽しい体験だったことに違いはない。
ふわりとうかんだ微笑みをそのままに、足取り軽く再び神殿へと向かって行く。
魔法の習得を終え、神殿を出る際に神官のロランレフさんと交わした言葉の通り、神殿の二階の宿を使わせてもらうためだ。
【シードリアテイル】のサービス開始時間は、現実世界の時間でちょうど十三時、昼の一時だった。
その時間から今まで、私は一度もゲームからの一時離脱であるログアウトをすることなく、この時間まで遊びつづけている。
計、およそ五時間半、このゲームをしている状態だ。
私としては、続けて六時間や七時間何かに没頭することは日常と化しているのだが、一般的な見解では長時間と言えるだろう。
この辺りでいったんログアウトをして、現実世界の身体を休ませたほうが良いのは事実だ。
そして、ログアウトをする場所は、やはり神殿の宿がいい。
すっかりシードリアたちの姿が消えた土道を進み、神殿へとたどり着くと、白亜が眩い空間へと足を踏み入れる。
明るい白光が天井から広い空間を照らす様は変わらず、ただロランレフさんを含め、幾人かいた神官のみなさんの姿はなかった。
……いや、深夜も半ばを過ぎたこの時間に、神々の巨像のそばに立つ神官さんがいたとすれば、それはそれで少し心配になるのだが。
思いうかんだ想像に小さく苦笑し、気を取り直して入り口近くのこれまた白亜に煌く階段をのぼり、安全対策の柵が伸びた二階の廊下へと足を進める。
最も近い位置にあった扉を見ると、扉の中央に紐で掛けられた横長の小さな木札に[入室済み]と書かれていた。
この部屋は、誰かがすでに使っているらしい。
歩を進め、廊下の半ばまできたところで、ようやく木札に[入室可能]と書かれている扉と出会えた。
そっと木札に触れてみると、どうやらそれは外せる物のよう。
少しざらりとした触り心地の札を手に取り、後ろ側を確認すると、[入室済み]の文字が刻まれていた。
部屋を使いたい者がこうして木札の裏表をかけ直して、部屋の状態を知らせる、ということなのだろう。
ずいぶんと古風な方法に、楽しさで口元がゆるむ。
さっそく[入室済み]と書かれた側を表にして扉へ木札をかけ直し、それからようやく、扉を開いて室内へと入ると――。
「これはまた、なんとも素敵なお部屋ですね!」
入室後、開口一番にそう声を上げてしまうほど、神殿の宿は魅力的な内装だった。
中央に白蔓で作られた、丸机と椅子。
右端にはシーツがかけられ、ふわふわのかけ布が置かれたベッドがあり、左の壁には全身が写る姿見の鏡がかけられている。
奥には大きめの窓があり、白いカーテンが端で止められている今は、暗い夜の森が鮮やかに見えていた。
窓のそばには横長の真っ白なソファが一つ置かれており、上質な毛皮のようなその表面を、白光の魔法を灯す天井の明かりが実に艶やかに照らしている。
白亜の壁は変わらず純白に美しく、ほぅ、と感嘆の吐息が零れた。
それぞれに近づき見てみると、細やかな蔦模様や花模様が刻まれていたり、縫われていたり。
どれもフィオーララさんの服や、リリー師匠の装飾品、マナさんの手飾りに似た繊細な美しさがあり、これがエルフの里の工芸品なのだと思うとまた吐息が零れ落ちる。
気になっていた艶やかな手触りのソファに腰かけると、ふわりとした感触が身体を受け止めた。
「これはいいですねぇ……」
『ふわふわ~!』
『つるつる~!』
『しーどりあがいやされてる~!』
「えぇ……まさかソファ一つにここまで癒される体験ができるとは……」
ふかふかと心地の良い感触に、大人しく身をゆだねる。
三色の精霊のみなさんも、ソファを撫でるように移動し、その感触を楽しんでいるらしい。
ふと思い出し、意識をして今までかけていた《隠蔽 一》を切る。
するととたんに、白亜の部屋の中に多色の燐光が満ちた。
〈ラ・フィ・フリュー〉を発動してくれている、さまざまな属性の精霊のみなさんが、やはり私の耳元に何かをささやくように近づいては遠ざかっていく。
これまた美しい光景にしばし見惚れたのち、確認がてらにステータスボードを開いた。
八に上がったレベル、種族特性、魔法一覧、スキル一覧……。
ゆっくりと眺めながら、朝からこの深夜に至るまでの出来事を思い出していく。
ふいに見やった先には、姿見の鏡に映る穏やかな美貌のエルフが一人、ソファに座っている。
ふっと口角を上げると、そのエルフもまた楽しそうな微笑みをうかべた。
そっと脚を組むと、その姿もなかなか様になる。
自画自賛とはこのことだが、ロストシードとしてこの姿をキャラクタークリエイト時につくりあげた点は、本当に上出来だと思う。
ひとしきり見飽きない美貌を眺めてから、鏡に映る涼やかで穏やかな緑の瞳をそっと外し、また灰色の石盤へと視線を戻す。
この石盤の中にも、まだまだ見ていない未知の部分があるのだろうと思うと、不思議とどうしても気になり、くつろぎながら確認しようと閃く。
そういえば、このような未知を確認する際、とても役に立つものがあった。
思い出したそれの名を、頭の中で思いうかべると――[語り板]と書かれたページに、石盤の内容が切り替わる。
瞬間、高揚感と好奇心に深まった笑みをそのままに、さっそくと内容の確認を開始した。




