二百七十五話 緑のクマさんといざ勝負!
※戦闘描写あり!
「ありがとう、ございました!」
「いえいえ。お役にたてて良かったです」
無事に採取できたカラノミを小さな両手に乗せ、ぺこりっとお辞儀をしてくださる少女に、やわらかな声音で応える。
弓を背負った青年も、普段は凛々しく見えるのだろう薄緑の瞳をなごませて、少女に視線を注いでいた。
穏やかな雰囲気が流れる中、すっかり失念していたことを思い出して、言葉にする。
「そう言えば、名乗るのを失念しておりました。私は、ロストシードと申します」
優雅にエルフ式の一礼をおこなうと、少女と青年は一度顔を見合わせたのち、それぞれが順に口を開いた。
「わたしは、ステラ、です」
「私はシルラス。お会い出来て光栄だ、ロストシード」
おずおずと告げた幼げな少女、ステラさんにつづき、シルラスさんが凛々しい表情のままさっとこちらへと差し出した片手を、そっと握り返して握手をする。
「ステラさん、シルラスさん。こちらこそ、お逢い出来て光栄です。お二方は、パーティーを組んでいらっしゃるのですか?」
「いや。私も偶然ここで、ステラを見かけて声をかけたのだ」
「おや、そうだったのですね」
私の素朴な疑問に、首を横に振って答えてくださったシルラスさんと、コクコクとうなずくステラさん。
ステラさんの幼げな所作が可愛らしく、ついついなごんでしまいながらも、うなずきを返す。
「私は元々、この近くにいるフォレストベアーを狩りに来たのだ」
「おや! 実は私も、フォレストベアーと戦おうと思って、この場所へおとずれたのですよ」
「そうだったのか」
「えぇ!」
シルラスさんが告げた、この場へとおとずれた目的を聴いて、思わず声音が弾む。
まさか、シルラスさんもフォレストベアーが目当てだったとは!
涼やかな薄緑の瞳を少し見開いて驚くシルラスさんに笑顔を返すと、つんつんと緑のマントの裾が引かれ、そちらのほうへ視線を向ける。
下げた視線は、すぐにつぶらな淡い瞳を映した。
「あの、わたしも、緑のくまさん、みにきました。たたかうのは……こわいけど」
つたなく言葉を紡ぐステラさんに、ちらりとシルラスさんと視線を交わし、小さく微笑み合う。
小さな姿をしているアトリエ【紡ぎ人】の裁縫師ナノさんと、同じくらいの背丈のステラさんの眼前に片膝をつけて腰を下ろし、目線をあわせて微笑む。
「なるほど。では、パーティーを組んで三人でフォレストベアーのもとへ向かう、と言うのはいかがでしょう?」
「パーティー?」
「はい」
小さく首をかしげるステラさんに、ゆるりとうなずき、一緒に冒険を楽しむためにパーティーと言うチームを組んで行動が出来ることを、なるべく分かりやすく説明する。
説明ののち、キラリと煌いた淡い瞳が、言葉より先にステラさんの気持ちを表してくれていた。
「パーティー、くみたいです!」
「私も構わない。むしろ、ありがたいくらいだ」
「良かったです。私もお二方と一緒に冒険が出来ることが、今から楽しみです!」
シルラスさんにも賛同いただけて、嬉しさをかみしめながら三人でパーティーの文言を唱え、さっそくフォレストベアー探しを開始する。
ふよふよとそれぞれの肩や頭の上や近くの空中で明滅する、小さな精霊さんたちとも協力して探した結果、あっさりと一頭のフォレストベアーを発見できた!
「ステラさんは、この樹の後ろに隠れていてくださいね」
「はいっ」
戦闘が怖いとおっしゃっていたステラさんは、今回は見学だけにするということだったので、大きな樹の陰に隠れていただく。
実質私とシルラスさんの二人での戦闘となるため、戦法はどうしようかと隣に立つシルラスさんを見やると、静かな眼差しが注がれた。
「私が樹の上から、矢で先制攻撃をしても良いだろうか?」
「もちろんです! よろしくお願いいたします、シルラスさん!」
「承知した」
素晴らしい提案に、思わず声を跳ねさせてお願いを紡ぐ。
うなずきを返してくださるシルラスさんに、ではこちらは追撃を担当させていただこうと、小さく不敵な笑みを口元にうかべて言葉をつづける。
「追撃は、私に任せてください」
「あぁ。……頼もしいな」
ふ、とかすかな笑みを見せてくださったシルラスさんは、身軽に前方の樹の枝へとのぼり、背負っていた弓を素早く手にした。
同じく、シルラスさんの隣の樹の枝の上に飛び乗った私に、チラリと確認の視線を投げてくださったので、すぐにうなずきを返して戦闘準備は問題ないと伝える。
とたんに、流れるような美しい所作で矢がつがえられ、銀色の風が矢を包み込んだ瞬間――ヒュンッと風を切り、驚くほど速く空中をよぎった魔法の風をまとった矢は、樹のそばで眠っていたフォレストベアーの頭に突き刺さった!
『グルアァァ!?』
驚愕の声を上げて飛び起きるフォレストベアーは……頭に矢が刺さっていることもあり、ただでさえ迫力がある姿がさらに別の怖さをまとってしまっている。
……これはそうそうに倒さなければ、ステラさんが怖がってしまうのではないだろうか?
思わず隣に流した視線は、同じように案じる薄緑の瞳と重なり、シルラスさんのしまった、という心の声を表した眉間のしわに、小さく苦笑を返す。
せめて、美しい魔法でお茶をにごすことにしよう。
ぱっと再び見やったフォレストベアーへと、素早く〈オリジナル:吹雪き舞う毒凍結の花細氷〉を発動!
ぶわりと吹雪いた細氷と花弁と葉が、フォレストベアーを銀と花弁と葉の色で彩り……あっという間に緑の旋風へと変えてかき消した。
さすがは中級魔法だと、感心するのは後にして。
そろり、とシルラスさんと二人そろっておそるおそる振り返った樹の陰からは――キラキラと白に近いほど淡い水色の瞳を煌かせて、ほのかな笑顔をうかべたステラさんが見えた。
思わず、二人そろってほっと零した安堵の息が重なったのは、ご愛嬌ということにしていただこう。




