二百七十四話 少女と青年とカラノミと
美味しそうなお野菜の報酬を、ほくほくの気持ちでカバンにしまい込み、冒険者ギルドを出ると、サァァ――と夕陽が落ち切り、宵の口の時間がおとずれた。
小さな光の精霊さんとまたねを交わし、小さな闇の精霊さんを頭の上の定位置にお迎えして、さてお次は何をしようかと、ひとまず中央の噴水広場へ向かって歩きながら考える。
そろそろ、また売り物用の装飾品とポーションをつくるのも良い頃合いだけれど、夜の時間帯ならば星魔法の訓練に行くのも良い。
せっかく魚お爺様から釣竿を買ったのだから、ロゼさんが以前魚料理での食事会の中で語っていた、夜の時間に魚釣りをする夜釣りというものに挑戦してみるのも、楽しそうだ。
つらつらと思考しながら、しかしそう言えば、と思い出す。
そもそもまだ――ノンパル森林の探索が終わっていなかった!
「ダンジェの森の奥には探索しに行きましたから、お次はノンパル森林のほうを探索しに行きましょうか」
『わぁ~い!!!! たんさく~~!!!!』
いかがでしょう? という気持ちを込めて小さな四色の精霊さんたちへと問いかけると、楽しげな肯定が返される。
それならば、ノンパル森林を探索しつつ、まだお目にかかれていない、緑色の体毛を持つ熊の姿をした新しいベアー系の魔物、フォレストベアーとの戦闘も楽しもう!
ふっと口角を上げ、金から白金へと至る長髪と、緑のマントをゆらして歩く速度を上げる。
噴水広場を通り過ぎ、意気揚々と石門をくぐり抜け、草原をまっすぐに進んで正面の森林へ。
たしか、フォレストウルフたちの縄張りの奥地、最前線のトリアの街へとつづく丘にほど近いあたりのどこかに、フォレストベアーはいるはずだ。
今回はさっそうと枝の上を駆け抜けることでフォレストウルフたちを振り切り、奥を目指す。
――と、ふいに視界の右側に森には似つかわしくない色が見え、思わず枝の上で足を止めた。
「おや? あのかたがたは……」
森の中、右側のちょうどフォレストウルフの縄張りから外れた場所に、二人のシードリアとおぼしき姿が見え、思わず呟きを零す。
お一方は、立派な銀色の弓を背負った、エルフ族の青年。
癖のない薄い金色の長髪を背に流し、精悍に整った顔にそろう切れ長の薄緑の瞳を、今は少しだけ心配そうな表情で隣の幼げな少女に注いでいる。
お隣の少女は、ふわりと流れる長い白髪を風にゆらしながら、白に近いほど淡いつぶらな水色の瞳を、樹の上に向けていた。
あぁ、間違いない。
青年のほうは以前、エルフの里にあるリリー師匠のお店の入り口で、すれ違ったかた。
そしてお隣の少女はいつかの日に、エルフの里の土道で転ぶ瞬間を目撃し、手を貸したあの少女だ!
どう見ても、何か困っている様子のお二方に、枝の上から降りてわざと着地音を鳴らす。
ハッとした表情でこちらを見やった薄緑の瞳と淡い瞳に、つとめて優しく微笑み、ゆっくりと歩みよりながら口を開く。
「こんにちは。あの、何かお困りごとでしょうか? さきほど森を移動していた際、偶然お二方の姿をお見かけしまして。何やら困っていらっしゃるように見えたのですが……私に、お手伝いできることはありますか?」
弓を背負う青年の驚きに見開かれた薄緑の瞳が、しかしまたたき一つで少女へと再び注がれた。
青年と視線を交わした少女は、きゅっと不安げに胸元で両手を重ねながらも、言葉を紡いでくれる。
「あの、きのみのとりかたが、わからなくて……」
うるっと哀しげにうるんだつぶらな瞳に、つい泣いてしまわないかと案じながらも、小首をかしげて問う。
「木の実、ですか?」
「あれだ」
弓を背負った美しい同族の青年が、すっと腕を伸ばし、指先で視線を導いてくださる。
その指先を追うように眼前に立つ樹を見上げると、葉の間から果物のように実った、緑の実が数個目視できた。
「あの木の実を採りたいらしい。助けてあげたかったのだが、あいにく私も方法を知らず……」
「なるほど。ええっと、あの実は――」
口元に片手をそえ、急いでスキル《瞬間記憶》で記憶した植物図鑑の内容を探り、答えを紡ぐ。
「カラノミ、という実ですね。料理の香辛料として使われるもので、名前の通り堅い緑の殻をまとっているため、中の実の部分を採取するには、金づちなどの硬いもので殻を叩き割る必要があります」
「かなづち……」
「金鎚か……」
つらつらと私が紡いだ説明に、お二方が表情を曇らせる。
たしかに、鍛冶師でもない限り、金づちを持ち歩くシードリアのかたは、あまりいらっしゃらないことだろう。
かく言う私も当然持っていないわけだが、それならばそれで――何かで代用できないか、試してみれば良いのだ。
そろって曇らせてしまったお二方の表情を、晴れやかなものにするべく、あえて朗らかな声音で提案めいた言葉をつぶやく。
「私も金づちは持っておりませんが……ひとまず、魔法で試してみましょうか」
「まほう!」
「えぇ」
キラリと煌いた少女の淡い水色の瞳に微笑みを返し、地を蹴って軽やかに眼前に立つ樹の上へと着地。
近くにあった、枝に生る緑の実の一つを触ってみると、情報通り緑の殻は硬く、たとえば純粋な握力などでは、割ることは難しいと感じた。
もちろん、それを可能とするスキルや魔法が存在する可能性はあるものの……今私の手元にはないため、現在習得しているものの中から、役立つものを探そう。
束の間思考を巡らせたのち――この殻を割るだけの力を、と思いながら息を吸い込み、小さな声で精霊魔法を詠唱する。
「〈ラ・フィ・ラピスリュタ〉」
刹那、ぱっとすぐ近くの空中に現れた小さな土と風の精霊さんたちによって、射出された鋭い石がカカカッと小気味好い音を立てながら、片手をそえていたカラノミの殻に突き刺さった。
魔法の石と共に小さな土と風の精霊さんたちがふっと消え去るのを、感謝の気持ちと共に見送り、小さな穴の列が残る緑の殻をぐっと引っ張ってみる。
とたんに、堅い緑の殻が開き、中にあった数個の、栗のような形状の実が見えた。
――カラノミの採取、成功!
素早く枝にくっついたままだった緑の殻ごともぎとり、下へと降り立つ。
「殻、開きましたよ!」
「わぁ!」
「なんと!」
笑顔で両手の上に乗せた、殻を開いたカラノミを見せると、少女の淡い瞳と青年の薄緑の瞳が、同じように煌く。
お二方に笑顔が戻って、何より!




