二百七十三話 畑にお水をまきましょう!
ふんわりと微笑んだエルランシュカさんが告げた言葉に、しばし淡い微笑みを口元にうかべたまま固まったのち。
なんとかもち直して、ロランレフさんも私が神官となったことを喜んでくださるでしょう、という言葉に対してのうなずきを返す。
……正直なところ、エルランシュカさんがロランレフさんのことをご存知だったことへの驚きは、まだ残っているのだけれども。
それはそれとして、そもそもお忙しいエルランシュカさんを、これ以上独り占めしているわけにはいかない!
知りたいことはしっかりと教えていただいたので、心底からの感謝を告げて、お勤めに戻っていただく。
もう一度、改めて神官として認めていただけたありがたさをかみしめながら、精霊神様へと《祈り》をおこない、他の神々にもお祈りをしたのち、神殿の外へと出る。
眩い夕陽に照らされたパルの街を眺めつつ、お次は何をしようかと考え、閃きに笑む。
「みなさん。お次は面白い依頼を探しに、冒険者ギルドへ向かいましょう」
『わくわくさがし~~!!!!』
ぽよぽよと楽しげに肩と頭の上で跳ねる、小さな四色の精霊さんたちに笑顔を返し、さっそく冒険者ギルドへ。
わざわざ面白い依頼、と紡いだのは今までの依頼が、比較的ありきたりな内容のものだったから。
もちろん、採取や討伐やおつかいなどの依頼も、全力で楽しみながらおこなった。
とは言え、せっかく冒険者として依頼をうけるのであれば――やはり一つ二つは、実益がなくとも変だったり面白かったりするたぐいの依頼を、楽しんでみたい!
扉を押し開き、左の壁に貼られた依頼紙をじっくりと見て行くと、ふとまさしく興味を惹かれる依頼を見つけた!
[畑の水まき お手伝いをお願いします 報酬はお野菜]
簡潔にそう書かれた依頼紙の文を視線でなぞり、好奇心に深まる笑みをなんとか上品に見える範囲でおさめる。
丁寧にはがして、シルアさんに応対していただき、さっそく依頼紙の下半分に記された、依頼人のかたが住む住宅街を目指すべく、ギルドから外の大通りへ踏み出した。
石畳を軽やかに踏み鳴らして歩みを進め、中央の噴水広場から住宅街の通路へとはじめて入り込むと、橙色の光に照らされた家々を眺めながら、依頼人の家を探す。
やがて、目当ての家の前に置いた古ぼけた椅子に腰かけ、誰かを待つようにこちらの噴水側を眺めていたお婆様の前にたどり着くと、丁寧にエルフ式の一礼をおこなう。
「こんにちは。畑の水まきの依頼をうけて、こちらへまいりました」
『あら、まぁ』
そっと依頼紙と冒険者の証である銅色のプレートを差し出すと、優しげな表情をしたお婆様はそう嬉しげに声を上げる。
次いでゆっくりと椅子から立ち上がり、お辞儀を返してくださった。
『依頼をうけてくださって、ありがとう。実は、普段畑仕事をしているお爺さんが、腰を痛めてしまったの。それで、代わりに水まきをしてくれるかたを、冒険者ギルドに依頼したのよ』
「なるほど。そのようなご事情が」
丁寧なお婆様の説明にうなずきつつ、『お爺さんは、水魔法がとっても上手なのよ』と可愛らしく自慢げに笑いながら話してくださる姿に、少々和ませていただく。
その流れで、お婆様いわく攻撃性のない水魔法なら、どのような水魔法でも使ってかまわないとの説明がつづき、それならばと左手を右胸へとそえ、笑顔で了解を告げる。
「大切な畑の水まき、どうぞ私にお任せください」
『まぁ、本当にありがとう』
穏やかに紡いだ私の言葉に、頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだお婆様に見送られ、教えていただいた畑の場所へと向かう。
住宅街の通路を抜けた先には、サロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんと魚釣りをおこなう川へ向かう際、必ず近くを通る畑が広がっていた。
そもそもこの畑の中心に、ノンパル森林から流れる川が通っているのだが、畑の面積があまりにも広大過ぎるため、端のほうにある畑に水をまくのはたいへんらしい。
パルの街の住人のみなさんが、各自場所を有して野菜や花を育てている広々とした畑を見回し、左端のさらに一番ノンパル森林に近い、耕された場所へと歩みよる。
お婆様のお話ではこの場所が、いつもお爺様が手入れをしている畑とのこと。
新しく種をまいているらしい耕された畑を前にして――いざ、お仕事開始!
「攻撃系以外ならば、どのような水魔法でも大丈夫とのことですから……やはりここは一つ、癒しの雨でも降らせましょう!」
『わぁ~い!!!!』
ぽよっと肩と頭の上で跳ねる、小さな四色の精霊さんたちの可愛らしい歓声を合図に、〈オリジナル:癒しを与えし光の小雨〉を発動する。
すぐさま眼前に広がる畑へと、淡く光る小雨がぽつりぽつりと空中から、美しく煌めきながら降り注いだ。
小範囲型のオリジナル回復系複合下級光兼水魔法と言うことで、さらっと光属性まで含まれている魔法なのだが、回復系の魔法なので、畑に悪影響はないと……信じたい。
「……あの、小さな水と土と光の精霊さん」
『なぁに~???』
「この畑に、癒しの効果があり、かつ光属性が含まれているこの雨を降らして水まきをしているわけですが……お野菜に悪影響などは、ありません、よね?」
先にこれをたずねてから実践したほうが良かったと思いつつ、しかし初手の宣言の時にこの三体の精霊さんたちが止めなかったのならば、きっと大丈夫なはずだとも考えながらの問いに、三色の精霊さんたちはくるりと一回転。
『やさしいおみずだから、だいじょうぶ~!』
『しょくぶつ、よろこんでるよ~!』
『このしょくぶつは、ひかりもだいじょうぶ!』
「それは良かったです! 教えてくださり、ありがとうございます!」
『どういたしまして~!!!』
それぞれが伝えてくださった言葉に、ほっと安堵の吐息を零す。
三色の精霊さんたちが大丈夫だと言うのであれば、これ以上の心配は必要ないだろう。
すっかり安心して、広い畑にまんべんなく水が降り注ぐよう、数回癒しの雨を降らしたのち。
住宅街の通路から、畑へ出る手前の場所で、椅子に腰かけて私の水まきを見守ってくださっていたらしいお婆様に、水まきの完了を伝えると、すでに依頼完了の文言が書かれた依頼紙を渡していただけた。
念のためにと光属性を含んだ癒しの雨を降らせたことを説明すると、むしろありがたいと喜んでいただけたので、本当に良かったと胸をなでおろす。
『ありがとうねぇ。報酬のお野菜、気に入ってくれるといいのだけど』
「こちらこそ、ありがとうございます。お野菜、大切に頂きますね」
『あら、まぁ。うれしいわ』
お婆様とお互いに笑顔で言葉を交わし、束の間のほほんと穏やかな雰囲気がその場に広がる。
家の前まで椅子をお運びすると共にお婆様をお送りし、冒険者ギルドへと戻った後、笑顔のシルアさんから受け取った報酬は――実に瑞々しい、ほうれん草のような見目のカゼヨミソウと、ひと玉丸々のキャベツのような野菜だった!




