二百七十二話 神々を敬愛する者、神官なり
夜の気配を感じながら食事を楽しみ、寝る準備まで整えてから、【シードリアテイル】へ再度ログイン!
ぽよぽよと胸元で軽やかに跳ねる感触に、微笑みながら緑の瞳を開くと、眼前で跳ねる小さな四色の精霊さんたちが、ピカリとその身の輝きをひときわ強めた。
『しーどりあおかえり~~!!!!』
「はい、みなさん。ただいま戻りました」
嬉しげなおかえりの言葉に、こちらも思わず頬をゆるめながらただいまを返す。
横になっていた蔓のハンモックから身を起こし、床へと危なげなく降り立つと、窓から鮮やかに射し込む橙色の眩さに、そっと緑の瞳を細めた。
次いで、ふと見やった姿見の大きな鏡に映る水色のローブ姿に、そろそろまた気分転換の衣装替えをしようかと閃く。
微笑みを口元にうかべ、さっそくおめかし開始!
青いチュニックはそのままにして、水色のローブから、緑のフード付きマントへ。
ズボンも薄茶色のズボンから、銀糸の風模様が裾に刺繍された白のズボンに替え、靴も黒の編み上げブーツから、土属性と相性の良いシンプルな茶色のブーツへとはき替える。
最後に、各種装飾品をしっかりと着けなおして――気分転換のおめかしは完了!
そのままの流れでいつも通り各種精霊魔法とオリジナル魔法を展開し、小さな多色と水の精霊さんたちにかくれんぼをしていただき、オリジナル魔法の隠蔽もおこなえば、準備も完璧だ。
『しーどりあ、にあう~~!!!!』
「ふふっ! ありがとうございます。さぁ、神殿へお祈りにまいりましょう!」
『はぁ~い!!!!』
小さな四色の精霊さんたちからお褒めの言葉をいただき、ほくほくと喜びを胸に満たして宿屋を出ると、まっすぐに神殿へと向かう。
たどり着いた白亜の神殿は、夕方の時間であってもにぎわっており、巨大な神像のそばでおとずれた人々と言葉を交わす神官のみなさんは、まだまだお忙しいご様子。
美しい精霊神様の神像のそばにいる、エルフの女性神官エルランシュカさんもまた同じく、本日も次々にあいさつを紡ぐ人々へ丁寧に言葉を返していらっしゃった。
最近のログイン時のお祈りの際は毎回このような状態なのだが、これはどうやら後発組のシードリアのみなさんが、続々とこのパルの街に到着している影響が出ているらしい。
それ自体はとても良いことなのだが、若干神官のみなさんが心配になってくる。
今回もまたあまりにもお忙しく見えるエルランシュカさんの姿に、私まであのせわしなさの中に加わって良いものかと束の間迷い、一瞬だけ交わった澄んだ金の瞳に目礼をおこなうにとどめて、精霊神様のお祈り部屋へと入り込む。
……ゆっくりと丁寧におこなうあいさつは、そう出来る余裕がお相手にある時にこそ、気持ちまで伝わるものだ。
今回のお祈りが終わった後、またエルランシュカさんの様子を確認して、お時間があるようならば、あいさつをさせていただこう。
白亜の室内に置かれた長椅子に腰かけ、深呼吸を一つ。
気持ちを切り替えて、《祈り》を発動し、まずは真摯に日々精霊のみなさんとすごせているありがたさや、魔法の素晴らしさについての感謝を精霊神様へと捧げ――刹那、しゃらんと美しい効果音が鳴った。
「おや?」
『なぁに~????』
思わず声を上げると、そばでふよふよとういていた小さな四色の精霊さんたちも、眼前で光る文字の近くへと集まってくる。
[《信仰》]
そう書かれていた文字は、静かな厳かさ、あるいは神聖さを感じさせ、かすかに緊張しながら居住まいを正して、灰色の石盤を開く。
刻まれ行く説明文を視線でなぞり、そっと読み上げた。
「[神々への信仰心の深さを認められ、信仰する神々から神官としての寵愛を授かりやすくなる。寵愛はおもに、祈りをより届かせ、スキルや魔法の習得・熟練度・昇華・技術的上達をもたらす。常時発動型スキル]……」
――これはまた、とんでもないスキルを授かったのではないだろうか?
うっかり真顔になりながらも、脳内で思考を巡らせる。
私の神々への感謝の思いが届いた結果、この《信仰》というスキルを授かったのであれば、それはとても嬉しくありがたいことだ。
そう……間違いなく、一点の曇りもなく、嬉しくありがたいことではあるの、だけれども!
「神官としての寵愛は……私が授かって良いたぐいのものなのでしょう、か……?」
静々とつぶやいた後、微笑みを戻したはずの口元が、少しだけ引きつるのを感じる。
とにもかくにも、これはさすがに……本物の神官さんに確認しよう!!
精霊神様に一時失礼いたします、と断ってから《祈り》を切り上げ、バッと立ち上がってお祈り部屋を出る。
少々勢いづいて出てきたためか、驚いたような視線がいくつか、近くにいた人々から注がれたが、今はそれを気にしている余裕はない。
運の良いことに、ちょうどあいさつをする人の波がとだえたエルランシュカさんのもとへと急ぎ足で歩みより、少しだけ驚きに見開かれた金の瞳と視線を合わせ、まずはと神官式の一礼をおこなう。
美しく返された一礼には微笑みを返し、しかし次の瞬間には真剣な表情に変えて、エルランシュカさんへと本題を紡ぐ。
「あの、エルランシュカさん。ぶしつけなお願いになってしまうのであれば、たいへん申し訳ないのですが……少々神官さんのご事情について、教えていただきたいことがありまして」
『わかりました。すこし場所を移しましょう。どうぞ、こちらへ』
「ご配慮、ありがとうございます」
『いいえ。お気になさらないでくださいね』
ふんわりと微笑み、優しく今しがた出てきた精霊神様の祈りの間へと導いてくださるエルランシュカさんに、このお姿こそが神官と呼ばれるに値するものだと感じながら、もう一度部屋へと踏み入る。
二人で長椅子へと腰かけると、うかがうような金の瞳が静かに向けられた。
それにうなずきを返してから、今しがた授かったスキル《信仰》の内容について、私自身は神官ではないのだけれど、神々からの寵愛をいただいて良いものかと、疑念の答えを問う。
私の説明と疑問を聴いたエルランシュカさんは、またふんわりと微笑んだ後、ゆっくり丁寧に、答えを教えてくださった。
いわく――スキル《信仰》をもつ者はみな、神官なのだと。
「えぇっと……つまり、その。神々から神官として認められているかたは、なにも神殿でお勤めをされていらっしゃるかたがただけではなく……冒険者や貴族としての生活を営んでいるかたがたの中にも、いらっしゃると言うことでしょうか?」
『はい。ロストシードさまの、お考えのとおりです』
「なんと……」
神官の定義の幅広さに、思わず開いた口が塞がらない、の一歩手前の状態になりかけ、かろうじて口を閉じる。
三度、ふんわりと眼前で微笑んだエルランシュカさんは、今度はどこか嬉しげな色を金の瞳に乗せて、告げた。
『信心深いロストシードさまならば、きっと神官になることができると、わたくしは信じておりました。――深き里のロランレフさまも、きっとお喜びになられることでしょう』
……まさかの、エルフの里の神官であるロランレフさんにまで、筒抜ける案件だったらしい!




