二百六十九話 [かつて遺された祈りの断片]
『わぁ~!?!? しゅくふくだ~~!!!!!』
小さな五色の精霊さんたちの歓声を聴きながら、唖然と開きかけた口を気合いと根性で閉じる。
まさか――ここで祝福を授かるとは!?
無言のまま若干混乱しつつ、[《祝福:解析者》]と書かれた光る文字が溶けて身体の中へと入っていくのを見届けてから、三度開いた石盤に刻まれて行く説明文を読み上げる。
「[技神から授けられた、解析する意思をもって観察し調べる、すべての物や人、土地や事象の情報を素早く深く識ることが出来るようになる祝福。この祝福は、永続的に常時発動する]……これは、また」
とんでもない祝福を授かりましたね!?
うっかり口から出そうになった驚愕の言葉を、なんとか脳内だけで叫ぶに留める。
相も変わらず、祝福とは本当に予想の斜め上どころか、想像のはるか上を行くような内容をしているように思う。
実際にどれほどの情報を識ることが出来るのかは、まだ分からないものの……。
これは今までの体験から考えると、祝福を授かっているのといないのとでは、天と地の開きがあるたぐいのものである気しかしない!
はじめての技神様からの祝福に、反射的に感謝の《祈り》を捧げつつも、内心は平静とはいいがたい状態を、なんとか深呼吸で落ち着けていく。
ふぅ、と吐いた吐息で意識を切り替え、もう一度神殿の床に手をつける。
「授かったのであれば――お試しあるのみ! 〈アナリージス〉!」
気合いを入れて言葉を紡ぎ、《解析》を発動しながら魔法名を宣言。
次の瞬間――また掌から魔力が薄く広がる感覚と共に、映像が頭の中に流れて来た!
「こ、れは」
そう、零した声が、どこか遠くで聞こえる。
反射的に閉じたまぶたの裏に映るのは、誰かが見つめていた、かつての日々の光景だった。
神像のない、白亜の小さな神殿の中、たくさんの子供のような背丈の人々……コロポックルたちが並んでひざまずき、お祈りをしている。
白亜の壁に刻まれた、美しい蔦模様まで再現された映像に驚き呆気に取られていると、やがて波が引くように壁の端から映像が消え、視界に映る光景は現在の姿へと戻った。
ぱちりと緑の瞳をまたたき、驚愕から立ち返る。
――これはもはや、識ることができる、などと言う次元ではない。
「まさか、映像のように過去の光景を垣間見ることまで出来てしまうとは……」
『むかしが、みえた!』
「えぇ……昔が、見えました」
すぐそばで、小さな水の精霊さんが上げた声にうなずき、同じ言葉を返す。
まだ若干驚きが後を引く中、それでも実践によって体験することが出来た、この解析を目的とするスキルや魔法や祝福の、使いかたが分かってきた。
これらを使えば……思いをはせることしかできなかったかつての光景を、目にすることが出来るかもしれない!
素早く、しかし低い天井に頭をぶつけることのないように気をつけつつ、まずは小さな神殿から外へ。
次いで、おおよそ里の中心であろう、家々のない拓けた場所へと歩みよると、そっと片膝をついて両手を下草のしげる地面へ押し当てる。
後は変容型、つまるところあるていどは私自身のイメージによって、魔法の形状などを変えることのできる魔法の、真価を発揮させるだけ!
すぅっと息を吸い込み、魔法名を宣言する。
「〈アナリージス〉!」
《解析》を意識し、里全体へと広げるようにイメージして薄い魔力の波紋を遠くへと伸ばすと、吹き抜けた風にゆれる葉擦れの音が遠ざかり――。
崩れも欠けもない、綺麗な卵形や球形の家々の向こう側。
里の端の樹々の奥から、ざわざわと赤を混ぜた穢れの黒霧が、里へと迫って来る。
その黒霧からは、次々に狼の姿をした穢れの色をまとう魔物たちが湧き出て、黒霧がたどり着くよりも速く、里を襲おうと牙をむく。
恐ろしいうなり声も、迫りくる穢れの霧の圧迫感も、まるで我がことのように感じて、半ば無意識に息をのんだ。
逃げて行く子供ほどの背丈しかない小柄な姿のコロポックルたちと、里にたった二人で残った、勇敢なこの視点の持ち主と、コロポックルの少女。
星空色のサークレットを額にはめた少女が、祈るように両手を組み、そして――。
『しーどりあ!!!!!』
「っ!」
小さな精霊さんたちの声で、脳内に勝手に描かれていた映像が途切れ、いつの間にか閉じていたらしい緑の瞳を見開く。
心配そうにゆれるみなさんに、かろうじて微笑みを返し、立ち上がって周囲をゆっくりと見回してみる。
さきほどの映像が、かつてこの場所に起こった出来事なのだろう。
であれば、家々の損壊はおそらく、あの穢れをまとった狼姿の魔物の仕業か。
しかしそれでも、きっと里にいたコロポックルの多くは、難を逃れたはずだ。
映像の最後、両手を組む前に振り向いた少女が見せた、強い強い、護る決意を灯した翠の瞳が……その先の祈りの鮮やかさを、物語っているように見えたから。
自然と動かした足は、今は密集した樹々が壁となり、その先へは進めなくなっている、里の奥へと向かう。
たどり着いたその場で、改めて観察をしてみるものの、びっしりと並んで幹を重ね、枝葉を絡めたこの場所から奥へは、どうにも進めそうにない。
やはりここまでが、現在解放されているマップの範囲で、現状ではまだこの先は解放されていないのだろうか?
かつての映像の中には、残念ながらこの先へと繋がりそうなヒントは無かった。
一つ、感じるものがあるとすれば。
樹々が壁となっている眼前の光景は、まるで……今もまだ、何らかの力によって、この里を護っているかのよう。
そう思った、刹那――突然目の前に、見慣れない漆黒色の円形石盤が出現した。
「っと、今度はいったい」
何事でしょう? と驚きと疑問の言葉を紡ぎかけて、言葉を紡ぐよりも先に緑の瞳を見開く。
突如現れた漆黒色の円形石盤に、何の前触れもなく一本、鮮やかな銀線が上から左下へと描かれる様が、見えたから。
次いで、森の奥から吹いてきた風と共に――可憐な声がはっきりと届いた。
『星の御力を知るおかた。
もしあなたさまが、わたしたちのかつての祈りを気にかけてくださるのでしたら……どうか、他の眠りし地のかつても、その瞳に映してください。
夜色の石盤に、五つの銀のしるべが刻まれたとき――きっと星の石は、あなたさまもまた護りの力を宿すにふさわしいおかただと、気づいてくださることでしょう』
少しだけ幼さを残す、けれど今はただただ静けさをまとうばかりの声が紡ぐ言葉に、不思議と星空色のサークレットをひたいにはめ、この里を護ろうと両手を組んだコロポックルの少女の姿が思いうかぶ。
そしておそらく、この声の持ち主はあの少女なのだろうとも、思った。
穢れの黒霧と魔物から、里を護ろうとした勇敢な少女とあの映像の視点の持ち主に、敬意をいだきながら。
凛と、少女の言葉に対する応えを紡いだ。
「――必ずや、すべての銀のしるべを刻み、星の石に認めていただけるよう、最善をつくします」
決意を宿して響いた言葉に、返る言葉はなく。
けれどもかすかに遠くのどこかで、嬉しげにくすりと零された、小さな笑い声が聴こえた。




