二十六話 殲滅と魔石とレベルアップ
※スライムが倒される描写あり!
スライムが大好きなかたはご覚悟ください!
時間をかけて丁寧につくった美形にあるまじき間抜け面をなんとか整え、改めて。
「あの、精霊のみなさん。今私、ハーブスライムを倒すことに成功したということで間違いないでしょうか?」
あまりにもな初戦闘に、もはや勝利したという実感もなかったため、真顔で三色の下級精霊のみなさんに問いかける。
正直なところ、古の某ロールプレイングゲームのスライムのように、逃げられてしまったと言われた方がまだ納得ができる心境だったが、精霊のみなさんははっきりと答えを告げた。
『そうだよ~!』
『じょうずにたおしたよ~!』
『しーどりあのまほうは、つよいからね!』
「あぁ……なるほど、本当に倒していたのですね……」
若干、視線が遠くへと飛んだのは許してほしい。
しかしそう言えば、と思い直す。
「私の魔法が強いというのは、精霊のみなさんに〈ラ・フィ・フリュー〉をかけてもらい、魔法の威力を高めていただいている上、使った魔法も無詠唱でしか発動できないオリジナル魔法なので、威力も少し底上げされた魔法だったから、ですかね……」
――つまるところ、苦戦すると思われた初戦闘を、文字通りさっくり力押しでこなせるだけの土台が十分整っていた、という結論へいたった。
「なるほど。これは、何と言いましょうか……そう、アレですね」
『なあに~?』
『どうしたの~?』
『あれ~?』
「えぇ、アレです。いわゆる……」
ゴホン、と小さく咳払いをして、眼下の五体に減ったハーブスライムへひたと視線を注ぎ。
「物足りない、というやつですね」
深みを帯びた声音で告げ、にっこりと笑む。
きっと今の私は、とてもイイ笑顔をしていることだろう。
あっけない勝利の理由は判明した。
それはそれで困るほど苦戦するよりは良いのだろうけれど、はじめての魔法戦の結果としては、さすがにあまりにも味気ない。
であれば、どうするか。答えはきわめて単純だ。
そもそも討伐依頼を完了するためにはあと二体、ハーブスライムを倒す必要がある。
そして、眼下にいる残りのハーブスライムは、五体。
いわゆるリポップや復活と呼ばれる、倒された魔物が再びその場に現れるのか、という点の確認も含めて――殲滅戦に移行しよう。
口元に形作られているのは、不敵で不穏な三日月型の微笑み。
再度手飾りが煌く右手を前にかかげると、次は〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動する。
私のすぐ近くの空中に、円盤のような薄い小さな水の渦が三つ、風をまとって現れた。
「……せっかく特訓をしたのですから、安全地帯の樹の上から魔法を撃つだけでは、芸がありませんよねぇ?」
愉快さを含んだ私の呟きに、ぴたりと三色の精霊さんたちが肩と頭にくっつく。
瞬間――トンっと足場の枝を蹴って、空中へと躍り出た。
離れることなくそばにうかぶ水の渦を意識し、見下ろした三体のハーブスライムへ狙いを定め、二段階目の攻撃動作を発動。
かすかな風切り音を連れて、水の渦がハーブスライムたちへあっという間に飛来し、三体ともを見事に切り裂いた。
三体のハーブスライムが緑のそよ風になって姿を消したそのすぐ後に、私の足が地面へとつく。
再び脳内に鳴り響いたリンゴーンという鐘の音は、今は横に置いておこう。
「っと。残りの二体は……」
高所からの大胆な着地にも関わらず、落下衝撃などもなく軽く地面に降り立ち、すぐさま周囲を確認する。
少し離れたところにいる二体のハーブスライムは、特別こちらを気に掛けることもなく、ぷるぷると震えながら草を食んでいた。
「……一応距離を取っているとはいえ、敵地に降り立った身として、警戒はしていたのですが……」
明らかに杞憂だった警戒心を、生暖かい視線でハーブスライムたちを見つめることでしまいこむ。
とは言え、決着はまだついていない。
そっとかかげた右手と魔法を使う意識に応じて、今度はそばに回旋する氷柱を三つ出現させる。
冷たさをまとう風が頬をなでるのに微笑み、氷柱を残り二体のハーブスライムへ向けて放った。
ヒュンっと曲線を描きながら氷柱は飛来し、一体のハーブスライムへは一本が突き刺さり、もう一体のハーブスライムへは、二本が鋭く突き立つ。
瞬時に氷柱と共に掻き消えた薄緑の軟体を見つめたのち……そっと視線を彼方へ飛ばした。
どう考えても、最後の一手、もとい〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉の攻撃は……うん。
――オーバーキルだった!
とは言え、シエランシアさんの教えでは、敵は確実に完膚なきまでに仕留めるもの。
戦い方として、何かが間違っていたわけではない。
まぁ……少々、完膚なきまで過ぎた感は否めないが。
またもやリンゴーンと響いた鐘の音に、遠くへ飛ばした視線をかろうじて引き戻し、気を取り直して周囲を確認する。
不思議と目につくのは、ハーブスライムの核と思しき薄緑の小さな球体六つと、その近くでキラリと星の光を反射する四つの緑色の小石。
近づいて拾い上げると、小石のほうはリリー師匠の装飾品に飾られていた魔石に似て、その緑色は美しく澄んでいた。
これがリリー師匠の言っていた、魔物を倒した際に取れる魔石で間違いないだろう。
なるほど確かに、六体のうち四体が魔石を落としているのであれば、魔石の採取方法としての魔物討伐は、効率がいいほうだと言える。
「薄緑の身体のハーブスライムから、緑の魔石が落ちたということは、やはり魔物の属性とその魔物の魔石の属性は、同じだと考えても良さそうですね」
魔物とその魔物を倒した際に得られる魔石とは、おおよそ昼間に予想したとおりの法則があると思っていいだろう。
……ハーブスライムが緑の属性持ちではない、などというどんでん返しが待っていなければ、だが。
やはり、事前の情報収集は大切だ。
今回ハーブスライムの属性などを事前に調べなかったことの弊害が出ている。
ここはまたのちほど、再確認する必要があると覚えておこう。
地面に落ちている核と魔石を一つ一つ拾い集め、しっかりとカバンにしまいこむと、飛び降りてきた樹の枝へと再び飛び乗る。
全滅させたハーブスライムたちが、果たしてこの場に再び現れるのかは、この目で確認しておきたい。
もし長時間リスポーンしないのであれば、今後は依頼された討伐数のみを討伐しなければ、他のシードリアたちに迷惑をかけてしまう。
反対に短時間で再び現れるのであれば、そばに他のシードリアたちがいない限りは、多少討伐しすぎても過度に心配する必要はない。
足場の枝に腰を下ろし、幹にもたれる。
安全地帯へ戻ってきたことで、三色の下級精霊のみなさんもふよふよと動きはじめた。
それに微笑みながら、そう言えばとステータスボードを開く。
二回横に置いた鐘の音は、レベルアップを知らせる音だったのを思い出し、基礎情報のページの名前のすぐ下を見てみた。
一度、重なる葉の隙間から見える星空を見上げ……再度、レベルの数値を見る。
八、と書かれたその文字は、たしかに八と書かれていた。
「ええっと……」
――これはどういうことだろう?
そのように呟こうと思ったが、あまりにも理解が追い付かず、口を閉じてしまう。
……おかしいとは、感じていたのだ。
ハーブスライムを一体倒した時点で、不動だったレベル一から急に三に上がったのだから。
そして、残りの五体を倒した結果のレベルアップで、レベル八になった、と。
「いえ、何をどうすれば初日で戦うような相手を倒すだけで、ここまでレベルが上がるのでしょうか?」
率直にあり得ないと感じ、思わず誰にともなくツッコミを入れてしまう。
それとももしかして、【シードリアテイル】はレベルアップがとても楽にできるタイプのゲームなのだろうか?
たしかに、そのような仕様のゲームも特別少ないわけではないが……。
そう考え、しかし戦闘が楽だったのは私が〈ラ・フィ・フリュー〉やオリジナル魔法を習得していたからだと思い直す。
ただ、たとえ本来はハーブスライム相手にもそれなりに苦戦するのだとして、それでもたった六体を倒すだけでレベルが七つも上がるのは、やはり不思議に思ってしまう。
首を傾げつつ、ちらりと眼下を確認すると、奥のほうの樹々の隙間にぷるぷると動く姿があった。
それらはゆっくりと移動し、定位置であるかのように先ほどのハーブスライムたちと同じ場所で草を食みはじめる。
予想よりも早く、魔物のリポップは行われるようで、そこは一安心だ。
ハーブスライムが再び現れるのを確認できたのは良かった。
とは言え、それはそれとして急激なレベルアップの謎は謎のまま、答えはいぜんとして分からない。
「これは……少しずつ確認していくしかありませんね」
ふぅ、と吐息を零し、もう一度深夜の星空を見上げる。
葉の隙間からであっても、漆黒に浮かぶ銀の星々の煌きは、とても美しかった。




