二百六十八話 つぶさに調べる者の呼び名
夜明けの光の下、眼前で静かに眠る遺跡を調べるため、さっそくと足を踏み出す。
下草におおわれた地面を進み、卵形や球形のような丸い白い岩造りの家の一つへと近づいた。
そっと片手を伸ばし、ゆるやかな曲線を描く白壁に触れてみると、石特有の冷たさとザラリとした感触、それに硬質な石の香りを嗅覚として感じ、改めて鮮明な五感体験に驚く。
意外にも雨風の浸食が少なそうな表面に少し違和感をいだきつつも、壁に手をついたまま身をかがめ、失敬して半壊した家の中をのぞき込んだ。
室内だったとおぼしき空間には、中央に石の机が鎮座し、石の食器のようなものがいくつか割れて落ちている。
膝をついて床であった場所をよくよく観察すると、この家の内側にまで生えている草の合間には、ちょうど私の自作装飾品と同じような網目状の模様が、地面に薄く遺されていた。
「白色の岩造りの外壁に、石の机と食器、それに、床はおそらく蔓造り……となると、扉や椅子なども蔓造りだったのかもしれませんね」
『おぉ~~!!!!!』
考察を呟くと、とたんに上がる小さな五色の精霊さんたちの歓声に、微笑みを返す。
――刹那、しゃらんと美しい効果音が響いた。
「おや?」
反射的に零した疑問の声を風に流し、眼前を見やる。
すると目の前の空中には、[《解析》]と書かれた文字が光っていた。
サッと開いた灰色の石盤で、新しく習得したスキルの説明文を確認する。
[物や人を注意深く観察し、詳しく調べようと行動する際、より細やかな情報を見つけやすくなる。シードリアとシードリアの装備品および作品は無効。能動型スキル]
そう刻まれた説明文に、じわりと驚きがにじみ出た。
まさか、遺跡を調べることをきっかけにして習得できるスキルが、あったとは……!
それにこの《解析》というスキルは、今まさに有用なスキルだ!
キラリと緑の瞳を煌かせる心地で周囲を見回し、崩れているものがほとんどである中、原型に近い状態の家と小さな神殿のような建物を見つける。
まずはと家のほうへ近づき、さっそく《解析》を使うよう意識すると、不思議と細やかな部分にまで意識が向く。
少し他のものより大きくつくられているこの家は、外壁もいくぶん分厚く造られていて、それにより崩壊をまぬがれたのかもしれない。
家の中も石の机や食器だけではなく、くすんでなおそれぞれの色がはっきりと分かる、赤や碧の小さな丸石を繋いで飾った首飾りのような装飾品が、数本隅に遺されていた。
もしかすると、かつてはこの首飾りのような装飾品をつくって他の里へ売りに行く、あるいは物々交換などをすることで、生計を立てていた家、あるいは里だったのかもしれない。
コロポックル族のかたとは、まだノンプレイヤーキャラクターのかたもシードリアのかたともお話したことがないため、現在の居住環境がどのようなものであるのかまでは分からないが……。
少なくとも、古き時代のコロポックルの里の光景は、それとなく想像することが出来た。
だからこそ、遺跡となったその過程はいったいどのようなものだったのか、疑問に思う。
「……いったい、かつてこの里に、何が起こったのでしょうね」
古き時代へ、感傷めいた思いをはせながら高めの声音で呟きを零し、眼前で興味深げに家の中を見ている、小さな五色の精霊さんたちに視線を注ぐ。
私の緑の瞳に映った精霊さんたちは、ふわふわとゆれた後、くるりと一回転を披露してくれた。
『まものがおそってきた?????』
「なるほど。たしかに、その可能性は高いでしょう」
核心をつく精霊のみなさんの言葉に、肯定を返して淡く微笑む。
改めて崩れ壊れた家々の損傷を、《解析》と共にじっくりと観察してみると、やはり無事である部分の壁は、あまり雨風の浸食を受けていないようだ。
その事実を含めると、がれきと化した家々は自然に崩れたというよりも、意図的に壊されたもののように思える。
そう――おそらくは、精霊のみなさんが言う通り、この里は魔物の襲撃にあった結果、このように家々が崩落するような状態になってしまったのだろう。
……願わくば、里の住人であったコロポックル族のみなさんは、無事に逃げ延びどこかの地で、未来へと繋がっていますように。
「……お祈りを、しましょうか」
『うんっ!!!!!』
少し離れた場所にある小さな神殿を見ながら、ぽつりとつぶやいた言葉に、精霊のみなさんがうながすように元気な返事を響かせてくださる。
その声に、少しだけ消していた微笑みを口元へ戻し、小さな白亜の神殿へと歩みよった。
内側へ入り込むと、神像の一つもない、ただ少しばかり広い空間が広がっているだけのその場で、そっと石の床に座り込んで両の手を組み――《祈り》を発動。
ただただ純粋に、かつてのコロポックルのみなさんが無事であるようにという祈りと、遺跡を調べさせていただいたことへの感謝の念を捧げた、その瞬間だった。
またもや、しゃらんと聴き慣れた美しい音が鳴る。
閉じていた緑の瞳を開いて見た眼前には、[〈アナリージス〉]という新しい魔法の名が光りうかんでいた。
両の手を組んだお祈りのポーズを維持したまま、灰色の石盤を念じて開き、説明文を読み上げる。
「えぇっと……[変容型の技術系光魔法。あるていど発動者の意思にそう、見えざる光の波動を放ち、波動に触れた物や人を深く解析して情報を得る。攻撃性はない。使用時には《精密魔力操作》が必要。シードリアとシードリアの装備品および作品は無効。詠唱必須]、ですか」
どうやらスキル《解析》に連なる魔法のようだ。
石盤を消し、ふっと微笑む。
習得したのであれば――実践も忘れずに、だ!
すぐに神殿の床へと手を当て、再度スキル《解析》を意識しながら、魔法名を凛と紡ぐ。
「〈アナリージス〉!」
宣言ののち、掌から薄い魔力が放たれる感覚と共に、その波紋のような魔力が神殿全体へと広がり、建物の構造やまだ神々の護りが残っていることを感覚的に教えてくれた。
不思議なその感覚に感動をおぼえた刹那、しゃららら……と、女神様が現れる時によく似た、あの美しい効果音が鳴る。
思わず一瞬身を固めた後、覚悟を決めて、そろりと見やった眼前には……。
[《祝福:解析者》]
そう光り輝く、文字がうかんでいた。




