二百六十四話 トリアの街への道案内
宵の口へと時間が移り変わり、小さな光の精霊さんを見送って小さな闇の精霊さんを迎えると、次の目的地へと向かって再度移動をはじめる。
お次に向かうのは、トリアの街への道中に通った、ノンパル森林を抜けた先にある小高い丘。
あの場所に咲いていたヴェントスフルールという花が、下級風ポーションの素材であるため、それを採取しに行くという目的と――もう一つの、目的のために。
「トリアの街か~! 攻略系の人たちが拠点にしてる、今の最前線の街なんだよね!」
「えぇ。実際の最前線は、たしかトリアの森の中央付近のはずですが、拠点となっているのはトリアの街ですね」
「わぁ~!!」
銀の丸メガネの奥、薄い青緑色の瞳を好奇心に煌かせるノイナさんに、軽く説明を補足して微笑む。
「ナノはノンパル森林までしか入ったことがなかったので、楽しみなのです!」
「わしも、まだトリアの街が見える丘とやらには、行ったことがないな」
ノイナさんと同じく、キラキラとガーネットの瞳を煌かせるナノさんの言葉に、ドバンスさんが同意を示す。
それにうなずき、丘からの眺めを思い出しながら穏やかに紡ぐ。
「あの丘はとても見晴らしが良いですから、きっとナノさんとドバンスさんにも、眺めを楽しんでいただけるかと」
「わくわくなのです!」
「おう。楽しみにしているぞ」
「えぇ!」
薄ピンク色の翅をぱたぱたと可愛らしく動かすナノさんと、しっかりとうなずきを返してくださるドバンスさんに弾む声音で応じると、隣を歩いていたアルさんが後頭部へと両手を組んでそえ、深緑の瞳を私へと流した。
「いや~、俺もまだ数回くらいしか行ったことがないから、ロストシードさんが連れて行ってくれるのはありがたい限りだ!」
「おやおや。アルさんはご自身だけでもたどり着けるのでは?」
ニヤリとイタズラな雰囲気を含んだ笑顔と言葉に、こちらも少々おどけて返してみると、アルさんは愉快気に言葉をつづける。
「まぁたしかに、行けるには行けるんだが。ロストシードさんの護衛が頼もしすぎることに気づいてしまうと……なぁ?」
「ふふっ、それは純粋に光栄ですが」
「ははっ! それは良かった!」
のんびりと紡がれた言葉に、戦闘面での確かな信頼を感じて小さく笑みを零しながらそう伝えると、アルさんも楽しげに笑い声を零す。
「アルさんったら、も~!」
後方からノイナさんの呆れたような、叱るような響きの声がアルさんにかけられ、二人そろって振り向くと、半眼になっているノイナさんとドバンスさん、そしてそれを見てにこにこと楽しげにしているナノさんがいた。
「ロストシードの負担にはならんようにな、アル」
「それは分かってるって。俺がロストシードさんの楽しい【シードリアテイル】生活を、邪魔するわけないだろ?」
「本当かなぁ……?」
「ほんとほんと」
若干の疑いを残した眼差しをノイナさんとドバンスさんから向けられ、アルさんがひょいと肩をすくめる。
そうこうしている間に、さらっと襲ってくるフォレストウルフを返り討ちにしつつノンパル森林を抜け――風が吹き抜ける丘へとたどり着いた。
「うわぁ~!! 本当に綺麗な丘だ~!!」
「鹿さんがいるのです!!」
そう、ノイナさんとナノさんが上げる歓声に、ドバンスさんとアルさんと共に口元をゆるめる。
ふと近くの地面を見やると、その場に銀色の四枚の花弁を持つ花が咲いているのを見つけ、笑みが深まった。
そよ風をまとってゆれるその花こそが、私とアルさんのお目当ての素材、ヴェントスフルール。
たしか……元々はこの丘の固有種だったが、今は世界中のよく風が吹く場所に咲いているのだと、錬金術素材を記した本には補足が書かれていた。
そう言えば、以前ここへと来た時にはわざわざ避けていた鹿の姿の魔物は、アルさんいわくこちらが攻撃をしかけなければ襲ってこないらしい。
その言葉通り、下草を食んでいる鹿の魔物の近くに咲いているヴェントスフルールを採取する際にも、戦闘になることはなかった。
安心しながら採取し、小高い丘の上まで登ると、そこから見える景色をみなさんに見ていただく。
「わっ、わぁ~~!? あれがトリアの街!?」
「なんだかかっこいい街なのです!」
「……あのあたりが、最近語り板で盛り上がっている、職人通りか?」
「そうそう。あそこは場所も素材も職人も充実してるんだ」
口々にトリアの街への興味を示すみなさんの言葉を微笑みながら聴き、今回の冒険のもう一つの目的――みなさんをトリアの街へ案内するという役割を、開始する。
吹き抜ける風の止み間に、トリアの街を片手で示し、穏やかに紡ぐ。
「それでは――トリアの街へ、ご案内いたします」
キラリと、ノイナさんとナノさんの瞳が煌き、ドバンスさんがゆったりとうなずいてくださったのを見届けてから、トリアの街へと出発!
特に何事もなく無事に街の入り口へとたどり着くと、石畳の大通りを進み中央の噴水広場まで案内をして、ノイナさんとナノさんとドバンスさんがワープポルタの登録をするのを見届ける。
ちなみに、丘の上での発言で予想していたことではあったが、やはりアルさんだけはすでにワープポルタの登録をしていた。
……薄々、以前の冒険の時から感じていたことではあったが、どうにもアルさんはご自身で語る内容よりずっと、戦闘にも長けているのだろうと推測する。
そっと、生暖かい眼差しをアルさんへ向けてみると、そろ~りと視線がそらされたので、おそらくこの推測は正解なのだろう。
まぁ、何はともあれ――今回の案内にて、アトリエ【紡ぎ人】のみなさんがいつでも自由に、最前線の街へとおとずれることが出来るようになったことは、良いことだ!




