二百六十話 女将さんの手料理に癒されて
※飯テロ注意報、発令回です!
戦闘後らしさのある、かすかに残る緊迫感と広がる高揚感が満ちた森の中、朝の光の木漏れ日を浴びながら、その木漏れ日によるものではないほうの頬の熱を自覚して、そっと両手で顔をおおい一瞬で思考を巡らせる。
――よし。こういう時は、逃げるが勝ち、だ!
「失礼。急用を思い出しましたので、私はこれにてお暇させていただきます! パーティー解除!」
「えっ? ちょっとロストシード!?」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、ついでに教わったパーティーから抜ける文言を響かせて、タッと駆け出す。
驚いたようなフローラお嬢様の声が聴こえたけれど、あまりの恥ずかしさゆえにこの後につづくだろう会話という名の戦場から、戦線離脱することを選択した私には……もう振り返ることは、出来ない!
今回もおそらく、魚釣りの後は恒例だとおっしゃっていた魚料理の食事会があったのだろうけれど、さすがに今回は不参加だ。
あっという間に、サロンのみなさんと釣り人のみなさんを後方へ置き去りにして、ノンパル森林から草原へ出ると、草の大地も素早く駆け抜け、石門をくぐる。
そこでようやく、足を止めてほっと息を吐いた。
『しーどりあ、おかお、あかい!』
『なでなでする?』
『よしよしする?』
『いいこいいこする?』
「ありがとうございます、みなさん。でも大丈夫ですよ。すぐに元に戻りますからね」
『はぁ~い!!!!』
心配してくださる小さな四色の精霊のみなさんへと、微笑みながらお礼を告げて、石畳の大通りを進みはじめる。
さきほどは、反射的に急用と言う言葉を使って戦線離脱をしてきたわけだが、そう言えばまだ今回うけていたノクスティッラの納品依頼の完了を、ご報告していなかった。
ちょうどパルの街へと帰ってきたのだから、このまま冒険者ギルドへと言って、依頼の報告をしよう!
閃きに笑みを深め、石畳を靴底が鳴らす音を聴きながら軽快に足を進めると、冒険者ギルドへたどり着くのに、そう時間はかからない。
扉を押し開いてギルドの中へと入り込み、今回はすぐにシルアさんの受付の列へと並び、しばし列の流れに身を任せると、ぱたりと真っ白な兎耳を跳ねさせたシルアさんの笑顔が緑の瞳に映った。
『おかえりなさいませ、ロストシードさん! 納品依頼は……大丈夫でしたか?』
「ただいま戻りました、シルアさん。えぇ、さいわいにも滞りなく」
少し心配そうにゆれる紺の瞳に、つとめて穏やかな微笑みを返してカバンから取り出した依頼紙を机の上に置くと、シルアさんは安堵の吐息をほっと零す。
『良かったです~! それでは、処理させていただきますね!』
「はい。よろしくお願いいたします」
『お任せください!』
輝く笑顔でうけおってくださったシルアさんは、手早く依頼を処理し、きっちりと銅貨三枚を手渡してくださった。
感謝の言葉と一礼を捧げ、無事におつかいクエストをクリアした達成感と共に宿屋へと向かう。
現実世界でお昼ご飯を食べる時間にはまだ少し早いが、先の恥ずかしさによる気疲れはまだ残っている。
こういう時は――美味しいものを食べて、癒されよう!
空の上でもそうだが、まずは以前まどろみのとまり木でしばらくお世話になることを決めた宿屋の受付時に、女将さんがおっしゃっていた宿屋の料理を食べてみたい!
なにせ、これだけ日々まどろみのとまり木ではお世話になっていたというのに、私はまだ女将さんの手料理を食べたことがなかったのだ。
いったい、どのようなメニューがあるのだろう?
ふっと口元の微笑みを深め、たどり着いた蔓造りの宿屋の扉を開いて中へと入る。
とたんに、透明な一対の翅がぱたりと動き、人がぽつぽつと座っているだけのカウンターを拭いていた女将さんが、くるりと振り向いた。
やわらかな碧の瞳と、すぐに視線が合う。
『あらあら、おかえりなさいませ、ロストシードさん』
「ただいま戻りました、女将さん」
『ただいま~~!!!!』
『まぁまぁ、小さな精霊ちゃんたちも、おかえりなさい』
上品に口元に手を当て、うふふと笑う女将さんと精霊のみなさんのあいさつだけでも、それなりの癒し効果がある気がする……!
とは言え、今回の本題が女将さんの手料理であることは、忘れてはいない。
「女将さん。食事を頂きたいのですが、今からでもよろしいでしょうか?」
『あらあら、もちろん大丈夫ですわ。こちらで座って、少しだけ待っていただけるかしら?』
「はい。楽しみにお待ちいたしますね」
純粋に楽しみな思いを声音に乗せた私の言葉に、女将さんは嬉しげに笑ってから、厨房らしきカウンターの奥へとすいーっと移動して、さっそく調理をはじめてくださった。
示されたカウンターの椅子の一つへと腰かけ、待つことしばし。
ゆったりと広がっていた甘くコクのある香りを、さらに濃くまとったシチューのような料理と、ふわふわとしたパンを私の目の前に置いて、女将さんはふわりと微笑んだ。
『さぁさぁ、召し上がれ』
「ありがとうございます、女将さん! 頂きますね!」
女将さんのあたたかな言葉にうながされ、食前の作法をおこなってから、いそいそとスプーンを手に取る。
ほかほかと湯気の立つシチューのようなスープを一口分すくうと、とろりとした乳白色のそれを口の中へ入れ――あたたかさとコクのある美味しさに、思わず頬がゆるんだ!
ふわふわとしたパンもちぎり、口の中でシチューと合わせると、パンの香りと食感が見事にシチューと溶け合い、互いのさらなる旨味を引き立てる。
数種類の野菜と、おそらくは草原鳥のものとおぼしき肉もやわらかく、ゴロゴロと入っているため食べ応えもあるのだから……女将さんの手料理は、最高だ!!
あっという間に食べ終えてしまい、しかし満足さとたしかな癒しを得た感覚ににっこりと笑む。
やはり美味しいものを食べると癒されるものなのだと、改めてしみじみと感じながら、女将さんに美食の感想と感謝を伝えてお支払いをおこない、二階の宿部屋へと上がる。
この辺りで、ちょうど現実世界でも昼食の時間だろう。
気分としてはたいへん満足しているが、しかし現実世界での空腹も、癒してあげなくては。
「それでは、みなさん。私は空へ戻りますので、またのちほど遊びましょうね」
『はぁ~い!!!! またね~~!!!!』
小さな四色の精霊さんたちにしっかりと空へ帰る旨を伝え、各種魔法を解除して小さな多色と水の精霊さんたちを見送った後。
蔓のハンモックにゆられながら、そっとログアウトを呟いた。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。




