二十五話 初陣魔法使いとハーブスライム
※スライムが倒される描写あり!
スライムが大好きなかたはご覚悟ください!
森の中の暗さが一段階深みを帯びたように感じて夜天を見上げると、うかぶ星々の煌きは変わらずとも、夜空の色は紺色が混ざっていたものから完全な漆黒へと姿を変えていた。
夜から、深夜へとちょうど時間が移ったのだろう。
ずいぶんと長く、準備運動をしていたらしい。
さすがにそろそろ、実戦へ進むとしよう。
ちらりと見やった視界の左上、そこにある魔力ゲージは、先ほどの特訓で三分の一ほど減っていたのだが、眺めている間にまた自然回復で戻っていく。
――さぁ、準備はできた。
ぴたりと私の肩と頭にくっついたままの三色の精霊さんたちと、《隠蔽 一》で隠した〈ラ・フィ・フリュー〉を発動しつづけてくれている、見えざる多色の精霊さんたちへ声をかける。
「精霊のみなさん、お待たせいたしました。準備が整いましたので、今からハーブスライムの討伐に向かいます」
『わかった~!』
『は~い!』
『おてつだいする~!』
「はい、よろしくお願いいたしますね」
楽しげに私の言葉へ返事をする様子に、自然と微笑みがうかぶ。
濃い夜の闇におおわれた、しかし不思議と見通すことのできる森の前方を見つめ、ゆっくりと足を動かした。
ハーブスライムは、この先にいるはずだ。
三色の下級精霊のみなさんと共に、しばらく静かに足を進める。
すると、少し先に樹々のまばらな場所があるように見え、慣れた動作で巨樹の枝へと飛び乗った。
高所から見たその場所は、たしかに少し拓けていて下草も少ない――と、その下草の少ない地面で、何やらぷるぷると動くものが。
それは、よくよく見るまでもなく、討伐の依頼紙に描かれていたハーブスライムそのものだった。
枝の上から見る限り、周囲には少しずつ距離を空けて六体のハーブスライムがいるように見える。
ぷるぷると震え、何やら草を食んでいるらしいそののんびりとした様子に、一瞬討伐対象であるのを忘れて和んでしまった。
個人的には、可愛らしいと思えるたぐいのスライムだ。
事前に調べた情報では、この【シードリアテイル】では魔物と心を通わせ、従えることができるらしい。
いわゆるテイマーや魔物使いといった存在にも、なることができるということだろう。
私としても、心を通わすことができる魔物がいた際は試してみたいと思っているが、眼下のハーブスライムは残念ながら討伐対象。
そもそも初戦闘である初陣をかねているので、元より戦闘一択だ。
可愛らしさに和んでいる場合ではない。
静かに眼下を見下ろしながら、今まであたためてきた、実戦をすることでしか見ること、学ぶことができないものを思い出す。
その内の一つである、魔物との魔法戦における注意点は、魔物が得意とする属性と同じ属性の魔法で戦うことは難しく、属性の相性に応じて魔法を使わなければならない、というものだ。
……ところが一つ、実は今回この点には見落としがあった。
とても根本的なことに、私はハーブスライムがどの属性を得意としているのかを、学び損ねていたのだ。
気付いたのは、移動に発動と消去の魔法操作を加えた、忙しい魔法の扱いの特訓中。
さすがに愕然として、うっかり枝の上から落ちかけたのを、なんとか無事に地面に着地することでしのいだ。
本来ならば、このあたりの情報もシエランシアさんに事前にたずねておくものだったのだろう。
そうは思ったが、時すでに遅し、だ。
ゆえに――今回のハーブスライムの討伐は、実は力押しでなんとかするしかなかったりする。
見据えたぷるぷると動くハーブスライムに、確実に勝つための戦法は一応必死で考えた。
いずれにせよ、試してみないことには結果など分からないものだ。
静かに、そうっと手飾りがゆれる右手を前方へかかげる。
距離感よし、魔力量よし、集中力も、よし。
魔法使いたるもの、敵は確実に仕留めること。
そう――鮮やかに、完膚なきまでに!
一番近い位置で草を食んでいた半透明の楕円の軟体に狙いを定め、魔法を発動する。
刹那、そよ風の音もなく、ハーブスライムの軟体へと銀色の一閃が刻まれた。
私がはじめて習得した魔法〈オリジナル:無音なる風の一閃〉が、見事にハーブスライムめがけて発動したのだ。
とたんにぶるっと軟体がゆれ、斬と断たれたその身が地面に溶け崩れるようにへにゃりと沈み――サアッと薄緑の風が巻き上がるようにして、その姿が掻き消える。
すると、突如脳内でリンゴーンと、厳かな鐘の音が響き鳴った。
「え……?」
『わ~い! たおした~!』
『しーどりあ、おめでと~!』
『れべるあっぷだ~!』
思わず零れた戸惑いの声と、精霊のみなさんの声が重なる。
戦闘中視界の邪魔にならないようにか、視界の上のほうに突如として現れたのは、[レベルアップ]の文字。
反射的に石盤を出して目を通せば、なんと一だったレベルが三に上がっていた。
驚きのあまり、二度見する。
それからもう一度、先ほど確かに戦っていたはずのハーブスライムが、突然姿を消した場所を見つめた。
消え去ったハーブスライムと、レベルアップ。
そこから導き出される答えは単純で……オリジナル魔法の風の一閃だけで、討伐対象のハーブスライムを見事倒すことに成功した、ということだ。
ひゅう、と夜風が樹々の合間を吹き抜け、私の金と白金色の長髪とマントをゆらす。
残ったものは、倒したハーブスライムの小さな核と、ぽかんとした間抜け面の私と、三色の精霊のみなさんの褒め言葉。
あっけない初戦闘に、思わず首をかしげてしまった。




