二百五十八話 ドワーフの釣り具職人と銀の釣竿
「おめでとうございます! ロゼさん!!」
「さすがロゼですわ!! なんて美しい魚なの!!」
「姐さんおめでとう!!」
「おめでとうございます、ロゼさんっ!」
「ありがとう、みんな。語り板ではまだ見かけていないから、もしかすると幻魚を釣ったのは、僕が一番かもね?」
私たちが声音を弾ませながら告げたお祝いの言葉に、そうお茶目に返すロゼさんの言葉は、大いに事実の可能性がある。
現実世界ですごす時間の合間などで、日課のように確認している掲示板の情報の中には、まだこの幻魚を釣り上げたという情報はなかったはずだ。
つい、さもありなん、とうなずいていると、ぞろぞろと周囲にいた釣り人のみなさんがこちらへと移動をはじめる。
……これは少々、ロゼさんがたいへんな事態になるのではないだろうか?
思わず眉を下げてロゼさんを見やると、しかし当の本人は待っていましたと言わんばかりの楽しげな表情で、私の後ろを通って右側へと位置を入れ替えた。
そろりと振り向き、フローラお嬢様へと問いかける視線を流すと、どこか呆れたような表情を開いた扇子で隠し、一つうなずきが返る。
どうやら、心配する必要はないらしい。
たしかにロゼさんの表情を見る限り、同じ釣りを楽しんでいるかたがたと言葉を交わすことは、それがたとえ質問攻めであったとしても、楽しめることなのかもしれない……と、思えるものだった。
それならば――そっと、隣から見守るだけに留めておくとしよう。
パッと朝の時間へと切り替わり、私が小さな闇の精霊さんとあいさつを交わしてお見送りをしている間にも、どっと押しかけたシードリアの釣り人のみなさんが、ロゼさんとあれやこれやと質疑応答を繰り返して盛り上がる声が森に響く。
「どのくらいの深さを目安に糸を落とした?」
「底のほうに近いところに落としたよ」
「岩の近くに落としてたよなっ!?」
「うん。この通り長い姿をしているから、ウナギとかナマズとかをモチーフにしているのかもね」
「ならやっぱり岩陰が狙い目か!」
やんややんやと響く楽しげな会話を聴きながら、私を含めたサロン【ユグドラシルのお茶会】のメンバーは、横でのんびりと釣りをつづける。
やがて、好奇心を満たしたらしいシードリアの釣り人のみなさんが、少しずつロゼさんのそばから離れて行き、釣り場は本来の雰囲気を徐々に取り戻していく。
その様子を横目に見ていると、まるでアトリエ【紡ぎ人】のドバンスさんのもののような、重い足音と共に近づいてきたドワーフ族のかたが、ロゼさんへと片手を上げた。
『ついに釣り上げたか、ロゼ』
「あ! 魚じいや!」
灰色の長髪とお髭をゆらし、老年とおぼしきドワーフの――ノンプレイヤーキャラクターのかたが紡いだ声に、ロゼさんが珍しく語尾を弾ませる。
ロゼさんのそばに来たドワーフのかたは、いまだにロゼさんが片手に持ったままだった美しい幻の魚へと、しげしげと茶色の瞳を注ぐ。
『フム……相変わらず美しい魚よの。それにしても、さすがは栄光なるシードリアじゃな。まさかこれほどの短期間で、幻魚を釣り上げるとは』
「フフッ、もっと褒めてくれても良いよ? 魚じいや!」
『まったく……愛い子じゃのう』
まさしく、お爺様と孫のようなあたたかなやり取りに、ついついほっこりとした気持ちでお二方を眺めてしまう。
そんな私の視線に気づいたのか、ロゼさんがくるりと華麗にこちらへと振り返り、私に視線を向けた。
「ロストシード! 彼が僕のオススメの釣竿を売っている店の店主だよ。彼の自作の釣り具が売っているんだ」
「おや、それはそれは。ご挨拶をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「もちろん。ね? 魚じいや!」
『おぉ、ロゼの釣り友かの?』
「うん。サロンの新入りでもあるんだ」
『フム。それは是非ともわしも名を知っておかねばな』
そこはかとなく煌く紫紺の瞳と嬉しげな表情で伝えてくださるロゼさんに、口元の微笑みを深めてたずねると、すぐさまお二方が肯定を含んだ会話を交わす。
自然と重なった茶色の瞳は、とても穏やかな光をたたえていた。
『わしのことは、魚爺とでも呼んでおくれ。しがないドワーフの釣り具職人じゃ』
「はじめまして、魚お爺様。私はロストシードと申します」
『フム。ロゼとフローラのサロンに、またいい子が入ったの』
簡潔な魚お爺様の名乗りに、エルフ式の一礼を優雅におこなって私も名乗る。
灰色のお髭を撫でつけながら、好々爺然とした優しげな表情で呟いてくださる言葉が、なんともあたたかい。
「魚じいやはね、僕たちの表現を使うと、二回か三回に一度の頻度で、朝の時間にこの釣り場に来て、魚釣りを楽しんでいるんだよ」
「なるほど……」
ロゼさんの前置きを加えた説明に、その意図を察しつつ、つまり朝の時間の二・三回に一度はこの川に現れる、ノンプレイヤーキャラクターのかたなのだと把握する。
納得にうなずくと、魚お爺様はやわらかな眼差しを私へと注ぎ、また長いお髭をさすった。
そして、何やら腰につけていたカバンから、一本の釣竿を取り出す。
朝の木漏れ日に照らされ、銀色に煌く金属製のその釣竿は、なぜか私へと差し出された。
『お前さんには、これじゃな。――安くしておくぞ?』
「おや! よろしいのですか?」
『あぁ、遠慮なく買うといい』
「ありがとうございます! 魚お爺様!」
とたんに商売人めいた抜かりのない表情をつくった魚お爺様に、しかし元々ロゼさんに魚お爺様のお店をご紹介していただく予定だったのだからと、むしろ嬉しさがまさる。
再び好々爺とした表情に戻した魚お爺様から、銀の釣竿を買い取り、思わず木漏れ日にかざしてその艶やかな銀色を見つめていると、ロゼさんが小さく笑みを零した。
「良かったね、ロストシード」
「――はい!」
我がことのように嬉しそうなロゼさんに、満面の笑みを返す。
ゆるみそうになる口元を、ひっそりと整えながら。
銀の釣竿――獲得です!!




