二百五十七話 夜明け色の幻魚
弾む心を表して零れる笑みをそのままに、トリアの草原を駆け抜け、石門をくぐり踏み入った石畳の大通りも素早く移動して、中央の噴水広場にあるワープポルタのもとへ。
蒼い光に包まれてパルの街の最初の噴水広場へと戻ってくると、高揚感と共に石門を目指す。
大通りを進み、ギルド通りや小さな噴水を通り過ぎ、中央の噴水広場から闇夜にうかびあがる白亜の石門を見つめると、すでに石門のすぐそばへと歩みよる姿があった。
肩口でゆれる金髪が示す後ろ姿は、貴重な読書仲間であるアルテさんのものに、間違いない。
頭の上で淡く光っている、小さな緑の精霊さんを遠目から確認し、あちらも仲良しなのだなぁと微笑みが深まる。
足早に、しかし優雅さを損なわずに石門の前まで来ると、すぐにつぶらな水色の瞳と視線が合った。
「こんにちは、アルテさん」
「ロストシードさん! こんにちは!」
優雅にエルフ式の一礼をおこない、あいさつの言葉を紡ぐと、アルテさんもペコリと丁寧なお辞儀とあいさつの返答をくださる。
少しだけ不思議そうな色を宿した水色の瞳に、ロゼさんから魚釣りのおさそいがメッセージで届き、私も参加したのだと伝えると、アルテさんはふわっと表情をほころばせた。
「お魚釣り、みんなで楽しみましょう!」
「えぇ、楽しみましょう」
にこにこと、お互いに笑顔を向けている間に、鮮やかな変化にて深夜から夜明けへと時間が移ろう。
眩い薄青の光をアルテさんとそろって見上げ、ぱっと現れた小さな光の精霊さんをお迎えして微笑んでいると、次々にサロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんが石門へと到着する。
石門のそばに立つ私を改めて見やったロゼさんは、ふっと満足気な笑みを口元に乗せた。
「魚釣りが気に入ったんだね」
「はい! ぜひ、ロゼさんオススメの釣竿を売っているお店を、ご紹介していただければと」
「もちろん。まぁでも、今回はまた僕の持っている物を使うといいよ」
「おや、よろしいのでしょうか?」
「あら、遠慮は必要ありませんわよ、ロストシード。ロゼったら、釣竿を何本も持っているんですもの!」
「なるほど……。それでは、今回もお言葉に甘えまして、釣竿をお借りしますね」
「あぁ。今回は、君に合いそうなのを持って来ているから、のちのお楽しみに」
「はい!」
フローラお嬢様の言葉で、実は数本持っていたことが判明したロゼさんの釣竿の一本を、私は今回も貸していただくことが決まる。
ありがたさをしみじみと感じつつ、意気揚々と先陣を切ったルン君とロゼさんを筆頭に、移動を開始。
パルの街の住宅街の先の畑の、さらにその先。
ノンパル森林の中に流れる、釣り場として有名な大きな川へとたどり着くと、今回も多くの釣り人たちが釣りを楽しんでいた。
サロン【ユグドラシルのお茶会】一同も、さっそくと釣竿を取り出して糸の先を川へと投げ入れ、この夜明けの時間にのみ釣ることができるらしい、幻の魚を狙って釣りをはじめる。
私もロゼさんに貸していただいた糸と同じ水色の釣竿を手に、川へと糸を投げ入れて魚釣りを楽しむ。
その身の光をゆったりと明滅させることで、わくわくを伝えてくれる小さな五色の精霊さんたちの可愛らしさに癒されつつ、川の流れる音に耳を澄まし、魚を釣っていくと……時間が過ぎるのはあっという間。
もうそろそろ、夜明けから朝の時間へと切り替わるだろう、という頃合いになった時――状況が動いた。
「ん?」
「ロゼさん、どうかしましたか?」
左隣で、疑問の声と共に小首をかしげたロゼさんへ、どうしたのだろうかと声をかけると、その紫紺の瞳を川に沈む糸の先へ注いだまま、ロゼさんが口を開く。
「いや……何だろう? いつもと糸の引かれかたが、違う気がするんだ」
「糸の引かれかた、ですか……?」
「うん」
感覚的な表現に、まだ魚釣りの知識も体験数も浅い私では、ロゼさんの疑問の原因が分からず、思わず首をかしげる。
――その、次の瞬間。
「ッ!」
鋭く息をのんだロゼさんが、ぐっとしなった釣竿を素早く引いたことで、川の中に沈んでいた糸の先が水の中から飛び出す。
キラリ、と夜明けの時間特有の、美しい薄青の光に煌いたその魚のウロコの色は、天から降り注ぐ光と同じ、美しい夜明け色。
水の雫を散らして煌めく薄青色のウロコをもつ、胴の長いその魚のあまりに幻想的な美しさに、思わず目を奪われた。
私が無言で感動している間にも、サッと油断なく魚を手で掴んだロゼさんは、ふと斜め上へ視線を向けたのち、鮮やかな笑みをうかべた。
私だけではなく、どうやらフローラお嬢様やアルテさんやルン君、それに他の釣り人のかたがたも見覚えのない魚だったようで、ロゼさんの手元には四方八方から視線が集中している。
その状況の中で、ロゼさんはゆっくりと夜明け色のウロコを持つ魚をかかげ――フッと、嬉しげに口角を上げた。
「夜明けの時間に釣れる、幻の魚。――幻魚は、この子だよ!」
低いハスキーな声が、周囲へと届くまでに、一拍。
おそらく誰しもが頭の中で、まぼろしうお、とロゼさんの言葉を復唱した、その一拍の静寂をへだてた次の瞬間には。
サロン【ユグドラシルのお茶会】のメンバーのみならず、周囲の他のかたがたまでそろって、大盛り上がりの歓声と拍手がとどろいた!!




