二百五十六話 トリアの森での星魔法訓練
※戦闘描写あり!
新しい戦闘フィールド、トリアの森へと歩みよったのは、何も先ほどのキングフォレストボアの一件から遠ざかるためだけではない。
せっかく、夜の時間に戦う相手のいる場所へとおとずれたのだ。
――ここは一つ、星魔法の訓練を密かにおこなうのも一興だろう!
またたく間に切り替わった、闇色の濃い深夜の時間に、美しい星空を見上げて微笑みを深める。
ラファール高山の麓である、このトリアの森の浅い所には、たしかフォレストボアの他にも、フォレストウルフの上位種ハイアーフォレストウルフがいたはずだ。
今回はその魔物たちを相手に、他の攻略系のみなさんとは距離を取りつつ、星魔法の訓練をおこなうことにしよう。
「お次は、星魔法の訓練にまいりましょう!」
『くんれん~~!!!!』
肩と頭の上で、ぴたりとくっついてくれている小さな四色の精霊さんたちに方針を告げ、さっそくと森の中に踏み入る。
十分に周囲を見回し、集中して木の葉のゆれる音も聴き、浅い場所ながらも草原からは姿が見えず、かつ他のシードリアのかたがいない、森の端のほうへと移動してから、再度周囲を見回す。
「……このあたりでしたら、さすがに他のシードリアのかたがたも、いらっしゃらないようですね」
『だれもいない~!!!!』
小さな四色の精霊さんたちのお墨付きをいただいたのち――少し前から《存在感知》に反応があった、ハイアーフォレストウルフの群れを迎え撃つべく、軽やかに地を蹴り枝の上へ。
やがて、じりじりと距離を縮めてきていた、風の流れのような銀の模様を緑の毛並みに描く六匹一組のウルフたちが、素早く樹の下へと姿を現した。
フォレストウルフと同じく、遠吠えによりもう一組を呼び寄せる性質を持っているハイアーフォレストウルフは、本来ならば遠吠えを封じるような戦法で戦うほうが良いだろう。
ただし、今回は訓練を兼ねていることを考え――あえて、その性質を活用することに決めた!
すっと葉陰が遮る星空へとかかげた右手で、蒼い手飾りがゆれる。
うかべた不敵な笑みをそのままに、まずは一手と、魔法名を宣言!
「〈スターリア〉!」
凛、と響いた声と振り下ろした右手を合図に、頭上からサァァ――と一条の星が流れ、先頭にいたハイアーフォレストウルフの一匹を、銀と蒼の光をまとう漆黒の球体がまたたく間に貫いた。
とたんに銀と緑の混ざるつむじ風となって消え去った仲間を見やり、残りの五匹が慌ててアオーンと遠吠えを響かせるのを聴き届けた後……追撃を再開する。
「〈スターレイン〉!」
紡いだ魔法名と共に、再びかかげた右手の上から、五つの流れ星が鮮やかに五匹のウルフたちへと向かって降り注ぐ。
脅威的な星々は、ハイアーフォレストウルフたちのその身を次々と貫き、つむじ風に変えていった。
結果的にあっさりと倒した一組目のハイアーフォレストウルフたちが、ぶわりと舞い上がるつむじ風となって消えるのを見下ろしながら、思考を巡らせる。
もはや使用するたびに思っていることではあるが、やはり星魔法は少々強すぎると思う。
強すぎて、あまりにも一瞬で倒せてしまうので、何というか……訓練になっているのか、心配になってきた。
と言うことで――お次の二組目からは、一組目に使った複数を同時に倒せる〈スターレイン〉は封印して、単体攻撃の〈スターリア〉だけを使って倒すことにしよう!
決意を新たに、先の一組目が響かせた遠吠えによって駆けつけた、二組目のハイアーフォレストウルフたちを枝の上から見下ろす。
フッと再度うかべた私の不敵な笑みが気に入らなかったのか、先頭を切って駆けてきた一匹が、音無く吠える。
瞬間、ぶわっと放たれ迫ってきた風の攻撃を飛びのいて回避し、軽やかに別の枝の上へと足をかけながら、息を吸い込む。
「〈スターリア〉!」
三度凛と紡いだ星魔法の名が、また美しい星を降らせて、眼下の敵を消し去った。
敵の攻撃を枝の上を飛び回りながら回避しつつ、〈スターリア〉の連発で倒していく。
そうして、三組目のハイアーフォレストウルフに至っては、素早く地上を移動することで攻撃をわざとさそい、遠吠えをさせないままに倒し切ると、とたんにリンゴーンと響く鐘の音が、レベルアップを知らせてくれた。
さっと開いた灰色の石盤で、レベルが三十八になっているのを確認し、微笑む。
今回はレベルアップが目的ではないが、さすがにパルの街周辺の戦闘フィールドよりも、このトリアの街周辺の戦闘フィールドのほうが、魔物の持つ経験値は豊富だと実感できた。
振り向きざまに、私の腰の高さほどの小さめの緑のイノシシ姿の魔物、フォレストボアの突進を避けて〈スターリア〉の一撃で倒し、周囲に散らばる素材たちを右腰のカバンへと入れていく。
思いのほか、単発攻撃である〈スターリア〉のみを使った戦闘には時間がかかったため、そろそろ夜明けの時間が近いだろう。
素材を回収し、さてそれではこの辺りで星魔法の訓練は切り上げようかと、森の中から草原のほうへときびすを返した――その時。
ポンッとやけに可愛らしく鳴った、はじめて聞く効果音に、反射的に肩が跳ねた。
「な、何でしょう?」
『おしらせ~????』
私の疑問の声と、小さな四色の精霊さんたちの疑問の声が同時に零れる。
お知らせ……ということは、と精霊のみなさんの言葉で閃き、開いた石盤には、サロン【ユグドラシルのお茶会】のサブリーダーである、男装の麗人ロゼさんからメッセージが届いていた。
[みんなで、夜明けに釣れる幻の魚釣りに再挑戦することになったんだけど、ロストシードも来るかい?]
そう記された簡潔な問いかけのメッセージに、思わず笑顔で即時に返答を打つ。
[ぜひ、ご一緒させてください!]
[うん、分かった。夜明けの時間になったら、パルの街の石門前においで。そこが今回の集合場所だよ]
[承知いたしました!]
素早くなされた確認のやり取りに笑みを深め、石盤を消してさっそくと地を蹴る。
軽やかに森の中を移動しながら、精霊のみなさんへとさきほどのロゼさんとのやり取りを説明しようと、口を開いた。
「みなさん! サロンのみなさんともう一度、幻の魚を釣る挑戦をすることになりましたよ! 一緒に楽しみましょう!」
『わぁ~!!!! おさかなつり、たのしみ~~!!!!』
「えぇ!」
思わず弾んだ声音に、精霊のみなさんも楽しげな声で応えてくれたことが、今回の魚釣りを楽しみに思う心へ、さらなる喜びを加える。
果たして――今回は、幻の魚を釣ることができるだろうか?
かすかな期待を抱きながら、まずはとトリアの森を抜けて、草原へと向かう。
夜明けの時間へと切り替わるまで、まだもう少しは猶予があるはずだ。
さぁ、急いでパルの街の石門へと、戻ろう!




