二百五十五話 緊迫の邂逅と初撃のルール
夜の時間の、まだ明るさを残す星空の下、吹き抜ける風に波打つ下草をわずかに挟み、攻略系のかたがたであろう集団と向き合う。
改めて観察してみると、しっかりと身につけた防具や装飾品、それに煌めく武器がなんとも眩く見える。
しかし、集団として移動してきた際の動きにはやや粗さが目立っていた。
もしかすると、みなさんはパーティーを組んでから、まだ日が浅いのだろうか?
内心ではそのように思考しつつ、こちらはつとめて穏やかな表情を保つ。
なにせ、対面しているさまざまな種族のシードリアのかたがたは、みなさんどこか緊張した面持ちなのだ。
せめて私は今回の件で怒っていたり、不服であったり、はたまた悪いことを考えていたりという、不穏な感情は抱いていないのだと、そう伝わればいいのだが……。
どうしても、そこはかとなく緊迫した空気がただよう中、集団の中から遠慮がちに、黒髪に黒の瞳をもつ人間族の少年が歩み出てくる。
チラリと地面に転がる素材を黒の瞳で見やってから、少年は私へと視線を向けて、そっと口を開いた。
「えっと……さ、最初に攻撃を入れたのは、一応俺たちなんですが……」
実にごもっともな言葉に、思わず微笑みながらうなずきかけ、しかしそれより前に少年の後ろにいたエルフ族の少女が動く。
後頭部でポニーテールにした黄緑の長髪をゆらして一歩踏み出した少女は、少年の頭をぺちんと軽く叩いた。
突然の行動に思わず緑の瞳を見開くと、黒髪の少年に向けた美貌をしかめて、今度はエルフの少女が言葉を紡ぐ。
「最初に言うのはお礼でしょ!」
「へっ……?」
「あのね? この人はあたしたちみたいに狙ってたわけでもないのに、あたしたちの攻撃で移動したデカボアに、いきなり襲われることになったのよ?
こっちは安全なところから見てるだけで、実質デカボアを倒したのも、この人でしょ。
いくら最初に攻撃したのがこっちでも、あたしたちは戦闘を代わりにしてもらった、っていう状況なの。
……と言うか、もっと言えば、全力で迷惑をかけた状況なんだけど」
「うわっ、そうか! すみませんサブリーダー!」
エルフの少女が凛と響かせたお叱りの言葉と、こんこんとつづいた状況説明、それに涼やかな蒼の瞳に申し訳なさそうな色が乗り、私へと向けられるのを見た黒髪の少年が、慌ててエルフの少女に謝ってから、こちらへと向き直った。
「助けてくれて、ありがとうございました!! それと、ご迷惑をおかけしました!!」
そう腰を折ってお礼と謝罪を伝えてくださる少年に、穏やかな微笑みを返し、今度はゆるく首を横に振って、すらすらと私の考えを紡ぐ。
「いえいえ。お気になさらず。それよりも……さきほどおっしゃっていたのは、初撃のルールですよね! えぇ、存じております。
私は襲われてしまった状況への対処として倒しただけで、素材が必要なわけでもありませんから、こちらはみなさんが持って行ってください。――それでは」
流れるように言葉を伝え、優雅にエルフ式の一礼をして、呆気にとられたような表情をうかべる少年や少女が何かを言う前にと、足早にさっそうとその場から立ち去る。
あえて森のほうへと足を進めつつ、密やかに、キングフォレストボアへの初撃で使用した〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を再度《隠蔽 四》と共に発動し、いつでも活用できるように準備したのち。
ひとまず……これで、お互いに対応に困るような状況は避けることが出来たはずだ、と息を吐いた。
今回のような状況では、さきほどの会話でも告げた、初撃のルールが問題となることは、私もよく知っている。
昨今の一般的なゲームのルールの一つ、初撃のルールはその名の通り、初撃を入れたプレイヤーがその敵を倒すことや素材をもらいうける権利を有する、というものだ。
今回の場合は、初撃を入れたのは集団のみなさん側であり、本来ならば魔物を倒すのも素材をとるのもあちら側に権利がある。
ただ、当の魔物が無関係であった私を狙ってきてしまったことで、少々事態がややこしくなってしまった。
私としては仕方のない戦闘であり、倒したかったわけでも素材が欲しかったわけでもなかったため、さきほどのようにお伝えして素早くあの場を離れることで、穏便な事態の解決を図った形だが……上手く、そのあたりが伝わっていることを祈ろう。
『そざい、とらないの~?』
ぽよっと右肩の上で跳ね、そうあの場に残してきた素材のことを気にしてくださる小さな水の精霊さんの言葉に、迷いなくうなずきを返す。
「えぇ。特別、今必要とするものでもありませんからね。必要なかたが手にするほうが良いでしょう」
『おぉ~!!!!』
穏やかな微笑みをうかべて紡いだ言葉に、小さな四色の精霊さんたちの納得したような、感心したような歓声が可愛らしく響く。
それに微笑みを深めながら、ふいに思いついた閃きに、フッと不敵な笑みに切り替える。
芽生えた小さなイタズラ心を、そっと言葉に変えた。
「それに――必要ならば、また倒せば良いだけのことですから」
意図して余裕の風体で紡いだ言葉に、ぱっと小さな精霊さんたちがその身に宿す、それぞれの光の色を強める。
『きゃ~~!!!! しーどりあ、かっこいい!!!!』
「ふふっ! いえいえ、それほどでは」
きゃっきゃと喜ぶ精霊さんたちの褒め言葉に笑みを零し、次いで静かに前方を見据えて気を引きしめ直す。
ちょうど、雰囲気としてはノンパル森林とダンジェの森の中間のような、樹々の隙間はあるが油断の出来ない感覚が広がる森が――ざわりと風に吹かれて音を立てた。




