二百五十四話 突進からはじまる突発戦
※戦闘描写あり!
錬金術師のお爺様へのおつかいクエストを終え、またたく間に夜の時間へと切り替わり、星が見えるようになった青を残す夜空を見上げて、これからのことを考える。
――せっかくトリアの街に来たのだから、今回は実戦を楽しむのも、一興ではないだろうか?
フッとうかべた私の不敵な笑みを、小さな四色の精霊さんたちが見逃すはずもなく。
『わくわく~~!!!!』
ぽよぽよと肩と頭の上で跳ねながらそう紡いだみなさんに、楽しげな微笑みを口元に戻して、うなずきを返す。
「えぇ! お次は、トリアの草原や森での戦闘に、挑戦してみましょう!」
『わぁ~い!!!! たたかう~~!!!!』
心強いわくわくを宿した精霊のみなさんに微笑みながら、トリアの街の石門へと向かって足を進め、やがて見えてきた門をくぐり抜ける。
ノンパル草原よりも背丈の高い、膝丈ほどの草が広がる草原には、茶色と緑が混ざった毛色をもつ、グランドグラスホースやグランドグラスパンサーたちを相手に、幾人ものシードリアのかたが戦闘を繰り広げていた。
おそらくは、攻略系のプレイヤーのかたなのだろう。
動きにも攻撃の判断にも迷いは少なく、遠くから眺めているだけでもその戦闘は爽快さを伴っている。
魔物たちと攻略系のかたがたの両方と距離を取りながら、楽しく観察をして草原を歩いていると、ふいに前方の森の中から魔法の光が垣間見え、すぐ後に驚愕の声音と重い足音のようなものがドドドとつづいたのち。
――何やら巨大な魔物が、こちらへ向かって突っ込んでくる姿が見えた。
「避けてっ!!」
森側から聞こえた焦りを含む少女のものとおぼしき声に、反射的に身体魔法〈瞬間加速 一〉にて加速をして避ける。
――が、しかし。
すぐさま急停止し、こちらへと振り向いた巨大な姿……牙を黒々と染めた濃い緑色の毛をもつイノシシ姿の魔物は、またもや私に突進をしてくる。
「……これ、私が狙われていますね?」
『ねらわれてる~~!!!!』
もう一度さらりと避けつつ、小さな四色の精霊さんたちに確認すると、やはり狙われているのは私らしい。
この魔物はたしか、緑の毛色のイノシシに似た姿をした魔物、フォレストボアの上位種である、キングフォレストボアだ。
魔物図鑑に書かれていた情報では、本来はこの先のトリアの森の中を徘徊している魔物のはずなのだが、さきほど見えた魔法の攻撃によって、森の中から草原へと出て来たのだろう。
――そして、うっかりちょうど目の前にいた私に襲いかかってきた、と。
出来ることならば、攻撃を放ったかたへ素直に狙いを定めていただきたかったものだが、このタイプの魔物は目についた存在へ手当たり次第に突進していくようなので、仕方がない。
おそらく初撃の魔法攻撃を放ったのは、まさに今しがた森の中からぞろぞろと姿を現した、攻略系と思われる集団のかたがただと思うのだけれど……。
困ったことに、この至近距離で私が狙われていては、さすがにあのかたがたも追撃をすることが難しいだろう。
かといって、私がキングフォレストボアの動きを魔法で止めることに成功したとしても、スムーズにあちらのみなさんへと戦闘の流れをお返しできるかと言うと――パーティーを組んでもいないはじめましてのかた相手では、少々希望的観測が過ぎる。
ましてや、いくらこの魔物があのかたがたの獲物だったとは言え、まさか私の背を超えるほどの巨体を誇るこの魔物を引き連れて、あの集団に突っ込ませる形でお返しするわけにもいかないわけで……。
あぁ、こればかりは、仕方がない。
覚悟を決めて――反撃に転じよう。
あえてフッと不敵な笑みをうかべ、再度突進を回避した刹那、振り向きざまに魔法名を宣言する。
「〈ローウェル〉!」
薄い暗闇が巨大なイノシシの体躯にまとわりつくと同時に、〈隠蔽 四〉にて隠していた〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を第二段階へ移行。
回旋する見えざる石の杭が飛来し、巨体を叩いて姿を現す。
しかしどうやら石の杭の攻撃は、〈ローウェル〉によってすべての能力を少し下げるデバフがかかっていてなお、たいした痛手にはなっていないようだ。
ならば、と不敵な笑みを深めて、〈オリジナル:吹雪き舞う毒凍結の花細氷〉を放つ!
ぶわりと巨体を包み込んだ美しい砕氷と色とりどりの花弁や葉が、凍結と同時に短時間とは言え持続的な毒効果をもたらす。
氷漬けとなり動きを止めたキングフォレストボアを油断なく見据え、ついでに魔法の確認も兼ねて〈オリジナル:昇華一:風まとう水渦の裂断〉と〈オリジナル:昇華一:風まとう氷柱の刺突〉を発動。
冷ややかな水の渦と氷柱をそれぞれ七つずつ近くの空中へと出現させ、凍結を砕きつつある敵に向かって容赦なく放つと、水の渦に刻まれながら凍結がより強固となったのち、その凍結へとくい込みながら氷柱が突き立った。
次いで、パキィンと冷ややかな氷の音が響いた瞬間――銀色と緑色を混ぜたつむじ風がぶわりと立ち昇り、リンゴーンと鳴った鐘の音がレベルアップと共に勝利を告げる。
「なかなか、手応えのある魔物でしたね」
『つよかった~~!!!!』
レベル三十七となったことを頭の中で認識しつつ、つむじ風となってかき消えた巨体を見送り、ふぅと吐息を零す。
攻撃こそ受けなかったものの、久しぶりに一体の敵に対してこれほどまで複数の魔法を使った。
それだけでも、キングフォレストボアの強さを察することが出来る。
地面に転がった大きめの緑の魔石と毛皮を見やったのち、近づいてくる草を踏む音に振り返ると、先の敵に初撃を入れていたと思しきシードリアの集団が、すぐそばまで来ていた。




