二百五十二話 トリアの街へのおつかいクエスト
爽快な朝の目覚めに、ぐっと伸びを一つ。
また新しい一日がはじまり、【シードリアテイル】での新鮮な冒険が待っていると思うと、日課の散歩をする足取りも弾むというもの……!
しっかりと朝食を楽しみ、いざ十一日目となった【シードリアテイル】の大地へ――ログイン!
ふっと感覚が宿り、背中には蔓のハンモックの網目の形を、胸元にはほのかな涼しさとそよ風とあたたかさを感じて、自然と口元に微笑みをうかべながら緑の瞳を開いた。
『しーどりあ~!!!! おかえり~!!!!』
「はい、小さな精霊のみなさん! ただいま戻りました」
ぽよぽよと嬉しげに胸元で跳ねる、小さな水と風と土と闇の精霊さんたちの可愛らしさに、思わず弾んだ声音であいさつを返す。
そっと身を起こし、軽やかに蔓造りの床に降り立つと、振り向いた窓の外は夜のはじまりである宵の口の、暗い青がそれでも鮮やかにパルの街をおおっていた。
朝と夜の両方を内包する夜明けの時間を除き、唯一星の煌きがない夜の時間帯の、それでも美しい夜空を見つめながら、一つ深呼吸をしていつもの準備を開始する。
精霊魔法〈フィ〉で小さな多色の精霊さんたちをお呼びし、〈ラ・フィ・フリュー〉の継続発動をお願いしたのち、〈アルフィ・アルス〉にて小さな水の精霊さんたちにも持続する精霊魔法を発動していただく。
幻想的な多色と水色の小さな光の流れに、少しだけ混ざって遊ぶ四色の精霊さんたちに微笑みながら、お次は〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を発動。
ふわりとかすかにゆれる、金から白金へと至るグラデーションのかかった長髪を見て、見えざるオリジナル魔法の発動状況を確認し――ふいにそう言えばと、思い出す。
「そう言えば、隠蔽のスキルが四つの魔法を隠すことができるように、昇格したのでしたね」
ぽんと軽く手を打って紡いだ私の言葉に、まだ姿を現したままの他の精霊さんたちと遊んでいた、四色の精霊さんたちが眼前へと戻ってきて、くるくると舞う。
『しーどりあ、どのまほうをかくすの?』
「そうですねぇ……うぅん」
小さな水の精霊さんの問いかけに、腕を組んでしばし悩む。
スキル《隠蔽 三》が《隠蔽 四》に昇格したのと同時に、《並行魔法操作》による並行発動できる魔法の数も六つに増えたのは、つい先日のことだ。
であれば、並行発動する魔法の数も、そろそろ一つくらいは増やしてもいいだろう。
となると、いったいどの魔法を加えようか?
そっと口元へと片手をそえて思考を巡らせる中で、あることに気がついた。
改めて今までを振り返ってみると……私が並行発動している魔法たちは、風と水の属性を宿すものが圧倒的に多い。
これは単純に、それらの魔法が私の好みだという理由もあるが、それよりも使い勝手のいい魔法を習得してきた、という事実が並行発動する魔法として選んできた過程に、反映されていると思う。
結果、この二つの属性の魔法との親和性は、オリジナル魔法の昇華と言う形で現れたわけだが……逆に言ってしまうと、それ以外の属性との親和性は、まだ上を目指せるはずだ。
比較的よく使用する氷の魔法と、使いどころがやや限定されている光と闇の魔法はともかくとして、特に土や雷の魔法の親和性は、気にかけておきたいところ。
であれば――手はじめに、土の魔法を並行発動に加えてみよう!
方針が決まったのであれば、迷う必要はない。
すぐさま〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を発動して、近くに現れた回旋する硬い七つの石の杭を、《隠蔽 四》で隠す。
次いで小さな多色と水の精霊さんたちにも、《隠蔽 四》にていつものかくれんぼをしていただき、これにて本日の準備は完了だ!
『じゅんびできた~!!!!』
「えぇ、今回も完璧です。さぁ、それでは神殿へお祈りにまいりましょう」
『はぁ~い!!!! しゅっぱ~~つ!!!!』
楽しげに舞う小さな四色の精霊さんたちが、すいっと移動して肩と頭の定位置に乗ってくださったのを合図に、さっそくと宿屋を後にする。
昼の時間よりは人々の姿が減ったとはいえ、やはりまだまだにぎやかさの残る大通りを進み、白亜の神殿でのお祈りの後、今回は依頼でも見てみようかと思い至り冒険者ギルドへと向かう。
ちょうど夕食を楽しむ歓声が満ちた、広い建物の中へと踏み入ると、まずは左側の壁へ。
その広い壁一面に貼られている依頼紙を確認し、今まで倒したフォレストハイエナや水のツインゼリズの討伐依頼紙を丁寧にはがしてから、ふわふわの垂れた真っ白な兎耳をぱたりと動かす、シルアさんの受付の列へと並んだ。
周囲をそれとなくうかがうと、やはり他のシードリアのかたがたも多くいらっしゃるようで、楽しげに次の冒険の予定やあの魔物との戦闘が大変だった、と語る声が聞こえてくる。
その歓談の声に微笑みながら耳をかたむけている間に、徐々に列が前へと進み、ようやくシルアさんの前にたどり着いた。
紺の瞳と視線を交わし、互いに丁寧な一礼をおこなうと、さっそく本題に入り依頼紙と素材を同時に渡して依頼をクリアするという、裏技の対応をお願いする。
以前のように、何の気なしにフォレストハイエナのたてがみだったらしい濃い緑の毛束や水のツインゼリズのぷるぷるとした物体をカバンから取り出し、依頼紙と共に机の上に置くと、シルアさんはそれらを手慣れた様子で処理して報酬を渡してくださった。
次いで、お礼を言おうと開きかけた口は……スッと机の上にシルアさんが差し出した一枚の紙を見て、いったん閉じる。
視線を落として見やった紙は、どうやら依頼紙のようだ。
[ノクスティッラの納品 冒険者ギルドに提供した小瓶三つ分 一瓶につき銅貨一枚、計銅貨三枚]
そう書かれている内容に、デジャブを感じざるを得ない。
視線を移して確認した依頼内容の下には、なんとパルの街のその次の街、最前線のトリアの街の簡易地図が描かれ、届け先と思われる場所が記されている。
何やら見覚えのある勢いまかせの字や、そもそもの納品物がノクスティッラであることから、以前うけたノクスティッラの採取を依頼した人物と、同じかたの依頼だろうと察しがついた。
ぱちりと緑の瞳をまたたき、改めてシルアさんの紺の瞳と視線を合わせると、兎耳がぱたりと動く。
『ロストシードさんでしたら、トリアの街まで行けると判断しました! ぜひ、こちらの依頼を、うけていただけませんか?』
「――分かりました」
輝く笑顔で言われてしまっては、お断りをするわけにもいかないというもの。
そもそも、ノクスティッラ関連の依頼には興味もある。
採取もしたのだから、納品のおつかいクエストも、無事にクリアしてみせよう!
内心で意気込みつつ、笑顔で了承を返すと、とたんにシルアさんの紺の瞳が輝いた。
『こちらは、トリアの街に住む錬金術師のへん……いえ! すこ~し気難しいおじいさまへ、ノクスティッラを届ける依頼です! ちょっとだけ依頼のやり取りをする際は、気をつけてください!』
――何やらいろいろと気になる言葉があった気がしますが!?
とは言え、うっかり引きつりそうになった口元を微笑みの形で固めて、なんとかうなずきを返す。
そのまま手渡された三つの小瓶と共に依頼紙をカバンへとしまい込み、シルアさんの声援をうけながら冒険者ギルドを出る。
今回はおつかいクエストということもあり、安全に確実にトリアの街へ行くことに決めて、パルの街のワープポルタがある、最初の噴水広場へと足を進めた。
……胸に残った一抹の不安に、つい苦笑を零しながら。




