二百五十話 才ある技術者と銀の商人
そうして【紡ぎ人】のみなさんの眼前で商品用の作品を制作していると、あっという間に時間は過ぎるもので。
昼の眩い光から、夕方の橙色へと窓から射し込む光の色が変化してしばしのちに、ようやく前回の倍の数の品をつくり上げて、ふぅと吐息を零す。
「お疲れ様だ、ロストシードさん」
「お疲れ様~~!!」
「お疲れさまなのです!」
「お疲れさん」
「ありがとうございます、みなさん」
右隣でポーションづくりを見守ってくださっていたアルさんを筆頭に、次々に労いの言葉をかけてくださるみなさんへ、笑顔で感謝を伝える。
ほくほくとあたたかな気持ちのまま、完成した商品たちをカバンへと収納していると、ノイナさんが何かの閃きに手を打った。
「そうだ! せっかくみんな商品が出来上がったんだから、このままみんなで商人ギルドに行かない?」
「わぁ! ナノは賛成です!」
ノイナさんの好奇心を宿した提案に、真っ先にナノさんが賛同するのを聴き、私も穏やかにうなずいて同意を示す。
「私もぜひご一緒させてください。元々、この後は商人ギルドを訪ねる予定でしたので」
「なら、俺らも行くか? ドバンス」
「おう」
つづいたアルさんとドバンスさんの言葉に、ノイナさんとナノさんがにっこりと華やかに笑みを広げる。
「それでは! さっそくしゅっぱ~~つっ!!」
ノイナさんの元気なかけ声を合図に、アトリエ【紡ぎ人】の全員がそろって移動を開始した。
クラン部屋の家から出て、大通りの石畳に軽やかな、あるいは重い靴音を響かせて歩むと、商人ギルドにはすぐにたどり着く。
入り口をくぐって中へ入ると、いつもお世話になっているフィードさんの濃い銀髪を探して、視線が少しだけさまよう。
すぐに、銀縁の楕円形型メガネの奥から向けられた黒い瞳を見つけ、思わず微笑み……そこでようやく、【紡ぎ人】のみなさんもフィードさんのほうへと真っ直ぐに進んでいることに気づいた。
これはもしや、みなさんもフィードさんに担当していただいているのだろうか?
そうであれば、またなんとも運命的な一致があるものだ。
不思議に思っている間に、正面の受付で誠実そうな微笑みをうかべるフィードさんの前へと、五人そろって歩みよる。
すぐに立ち上がり綺麗な一礼をしてくださったフィードさんに、私もエルフ式の一礼を返す。
ノイナさんとナノさんはお辞儀、アルさんは軽く片手を上げて応え、ドバンスさんは鷹揚にうなずいて、みなさんもそれぞれフィードさんからの一礼に応えると、最初に口を開いたのはフィードさんだった。
『ようこそいらっしゃいました、アトリエ【紡ぎ人】の皆様。本日はお揃いですね』
「――あれっ? そういえば、みんなもフィードさんにお願いしてるの?」
「なのです!」
「おう」
フィードさんの言葉に、今気づいた、と言う風に後方を振り返ったノイナさんの疑問に対し、片手を上げて迷いなく答えるナノさんと、うなずくドバンスさん。
隣同士、自然と顔を見合わせた私とアルさんは、互いにぱちりと瞳をまたたく。
「あ~。そうみたい、だな?」
「えぇ。少々驚きましたが、ご一緒で嬉しく思います」
不思議そうな顔のアルさんの言葉につづけて、喜びを込めて紡ぐと、整った微笑みをうかべるフィードさんが軽くうなずいてから、口を開いた。
『はい。実はさまざまな情報を考慮し、皆様のお相手は事前に私がすることになっておりました。さすがに、皆様がお揃いで同じアトリエに所属なされることは、想定の範囲外でしたが……』
「そうでしたか」
フィードさんの丁寧な説明に納得を返すと、黒い瞳が少しだけ細められる。
その英知持つ者の眼差しは、エルフの里の指南役であるシエランシアさんや、クインさんのそれによく似ており、思わず背筋を伸ばす。
慧眼特有のすべてを見透かすような瞳に反して、変わらない親切そうな微笑みをうかべたまま、フィードさんは言葉をつづける。
『皆様ほどの才ある技術者を、他の者に任せてしまうことほど、惜しいこともありません。引きつづきどうぞ、私に何なりとお申し付けください』
「わしらとて、お前さんほど手本になる商人がおるとは、思っていないぞ」
『恐悦至極でございます、ドバンス様』
「……商人?」
丁寧に腰を折ったフィードさんに対し、ドバンスさんが紡いだ言葉の中で、気になった部分がするりと口から零れた。
若干慌てて口をつぐむと、小さな姿をこちらへと振り向かせたナノさんが、そっと口元に片手を当てて手招くので、上品に片膝をついて身をかがめる。
すると、耳元へと口元をよせたナノさんが、小声で私の疑問に答えをくださった。
「フィードさん、いつも受付をしていますけど、ご自身も銀の商人って呼ばれている、凄腕の商人さんなのですよ。いろいろ、耳寄りな情報をくれることもあるのです」
「そうだったのですね……! 教えてくださり、ありがとうございます、ナノさん」
「どういたしまして、なのです!」
新鮮で興味深い情報提供に、ナノさんへと感謝を伝えると、花がほころぶような笑顔が咲く。
フィードさんの商人さんとしての姿を想像して、心なしか好奇心を湧き立たせている間にも、前方でノイナさんとドバンスさんがみんなでつくった商品を持ってきた旨を伝えてくださっていた。
今さら隠すものもないため、全員で小部屋へと入ってフィードさんとの商談を順におこない、私も無事に新しい素材を加えた装飾品と、いつものオリジナルポーションの商談を終わらせる。
その後は、そろそろ現実世界では夜のいいお時間ということもあり、そのままみなさんとは商人ギルドの前でおやすみなさいのあいさつを交わして別れ、宿部屋への帰路につく。
石畳を鳴らして戻ってきたまどろみのとまり木の客室で一息をついたのち、各種魔法を解除して小さな多色と水の精霊さんたちを見送り、蔓のハンモックへと横になった。
ハンモックのゆれの心地よさに、ふぅと吐息を零した私の胸元へ、ふわりと降り立った小さな四色の精霊さんたちに微笑みながら、ログアウト前の言葉を紡ぐ。
「みなさん。本日もご一緒ありがとうございました。私はまた空へと帰りますので、みなさんもゆっくりとお過ごしくださいね」
『はぁい! しーどりあも、ゆっくりしてきて~!』
『ぼくたち、いいこでまってるよ~!』
『またいっぱい、あそぼうね~!』
『またあとで、あそんでね!』
「はい! また遊びましょう!」
可愛らしい言の葉に笑みを深め、小さな身を順に指先で撫でてから、瞳を閉じる。
名残惜しさを伝えるように胸元でコロコロと転がる感触に、後ろ髪を引かれる思いをいだきながら……そっと、ログアウトを紡いだ。
ぐっと戻ってきた現実世界の感覚に、ふっと吐息を零す。
改めて、【シードリアテイル】十日目の今日に起こった怒涛の展開を思い出しながら、思わず小さく笑い声を立てる。
なんともにぎやかで、有意義な一日だった!!
それでも、寝る時間となれば、思うことは一つ。
さて――明日は、何をしようか?
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。




