二百四十話 魔法を語る導き手
そうして、皿の上の魚料理が、それぞれ三分の一ほど五人の口の中へと入った頃。
「ところで、だ」
――にぎやかに魚料理を楽しむ中で、口火を切ったのは、ロゼさんだった。
窓から射し込む、夕方へと近づきつつある昼の陽光を背にして、にこりと美しくうかんだ意味深長な笑みに、自然と背筋が伸びる。
ひたと注がれた紫紺の瞳を見返すと、一瞬で静まり返った部屋の中に、ロゼさんが言の葉を響かせた。
「ねぇ、麗しのロストシード。魚釣りの時に、あのスライムみたいな魔物を倒した君の魔法……あれ、無詠唱だったよね? ならあの魔法は、君のオリジナル魔法かい?」
「え、えぇ、まぁ……」
「オリジナル魔法って、あの、オリジナル魔法ですの?」
「あぁ。語り板で盛り上がっている、あの、オリジナル魔法だよ」
「まぁ!!」
フローラお嬢様の歓声につられるようにして、アルテさんとルン君の瞳も輝く。
とは言え、そのことについてお話するためには――最初に、大切な確認をしておかなくては。
小さく、呼吸を一つ挟み、微笑みを消した真剣な表情で、決して忘れてはならない問いかけを紡ぐ。
「お話をする前に一つ、確認させていただきたいのですが。みなさん、魔法やオリジナル魔法に関するネタバレは、大丈夫ですか?」
「問題ありませんわ!!!」
真剣な問いかけに、しかし間髪入れずにフローラお嬢様の言葉が返される。
つづいたお三方のうなずきを見て、ようやく微笑みを口元に戻した。
それならば――私の伝えることができる範囲で、しっかりとみなさんに知識をお伝えしよう!
みなさんの答えに穏やかなうなずきを返し、言葉を紡ぐ。
「分かりました。たしかに、先の魔物――水属性のツインゼリズという魔物を倒すために使用した魔法は、私自身がイメージをして習得したオリジナル魔法です」
「やっぱりね」
「まぁ!!!」
予想が的中したロゼさんの、得心がいったことを示す言葉と、フローラお嬢様の感動を宿した声に、微笑みを返す。
とたんにキラキラと煌きはじめたアルテさんとルン君の瞳と表情が可愛らしくて、つい小さな笑みを零しながら、言葉をつづける。
「私個人の見解でよろしければ、魔法やオリジナル魔法についての知識をお伝えすることは可能ですよ」
みなさんの疑問のすべてに答えることはできなくとも、私が知り得る限りの情報をお伝えするくらいならば、不可能ではない。
そう考えて、ゆるく首をかしげて言外に問うと、眼前のみなさんはそろって力強いうなずきを返してくださった。
ふっと口角を上げ、それならばと笑む。
それならば……ささやかではあるが、私がみなさんに魔法を語ろう。
エルフの里のノンプレイヤーキャラクターのみなさんが、そうであったように。
――今度は私が、みなさんの導き手になろう。
「それでは、まずはどのような点から、お話しいたしましょうか?」
やわらかに、穏やかに微笑みながら、みなさんの内に宿る疑問を引き出すように、問いかける。
すると、それぞれの顔を見合わせたみなさんが、おもむろにうなずきあった。
そうして再び私へと注がれた視線の内、初手に口を開いたのは――フローラお嬢様。
「オリジナル魔法のことも気になるのですけれど、その前に。そもそも今わたくしたちが使っている魔法は、里でシエランシアお姉さまに教えていただいた魔法以外でしたら、クイン様の書庫とこの街の書館で読むことのできる、本から学んだものですの」
「えぇ。私もクインさんの書庫やこの街の書館で、既存の魔法について書かれた本を読みましたね」
フローラお嬢様の言葉に、なつかしさを感じながら肯定を返すと、閉じた扇子を口元に当てたフローラお嬢様が、小首をかしげた。
「ロストシードは他にもオリジナル魔法を使っていますけれど、本やオリジナル魔法以外にも、魔法を覚える方法って、ありますの?」
「はい、ありますよ」
「まぁ!! それはどのようなものですの!?」
素朴な問いかけにさらりと返答を告げると、フローラお嬢様だけでなく、他のみなさんからも興味深さに煌く瞳が注がれる。
それに小さく笑みを零して、答えを返す。
「端的にお答えしますと、私が実際に習得することができた方法として、他にも三種類の方法があります」
「三種類もありますの!?」
「えぇ。一つは、神殿でスキル《祈り》を発動した際に授かる場合です」
「あっ! それは、知ってます!」
「おや、そうでしたか」
つぶらな水色の瞳をさらに丸くして、思わずといった風に声を上げたアルテさんに、他のみなさんもうなずく。
どうやら、神殿でおこなうお祈りの効果については、みなさんもご存知のようだ。
では、とこちらも穏やかにうなずきを返してから、言葉をつづける。
「二つ目の方法は、魔法書を見つけて読むこと、です」
「まぁ!!! 魔法書!!!」
「なるほど……魔法の一覧が書かれた本以外にも、魔法に関する本があった、ということかい?」
「ご明察の通りです」
金の瞳を輝かせたフローラお嬢様につづき、私の言葉を解釈して紡いだロゼさんの言葉に、微笑みと共にまさにその通りだと言葉を返す。
そして、最後の方法を言葉にする。
「三つ目の方法は、特殊なきっかけや展開と出逢うこと……ですかねぇ」
若干、緑の瞳を彼方へとそらして紡いだ言葉は、どうしてもあいまいな表現となってしまった。
とは言え、こればかりは仕方がない。
なにせ、この三つ目の習得方法に当てはまる魔法は、かの星魔法だ。
――どう考えても、自由度の高さを根本的に活用した、私自身が発生条件やその後の流れを左右できるたぐいの習得方法ではない以上、このように伝えることしかできない。
そろりとみなさんへ視線を戻すと、それぞれが真剣な表情で考え込んでいる様子が緑の瞳に映った。
次々に再度重なり合う瞳の内側には、得心めいた光と好奇心がうかんでいる。
どうやら、さいわいにもみなさんに私の意図は伝わったらしい。
ふわりと微笑みを深めて、口を開く。
「そちらに関しましては、みなさんのご自身の冒険の中で――乞うご期待、ということで」
「分かりましたわ!!!」
「はいっ!」
「お~~っ!!」
「なるほど。……まぁそれこそが、自由度の高い没入ゲームの魅力だしね」
「えぇ!」
ご自身の冒険の中で特別な魔法に出逢っていただきたい、と言う私の思いがしっかりと伝わった様子に、束の間胸の中があたたかくなるような感覚にひたる。
満足さに一つ、穏やかにうなずいたのち。
お次の質問をそっと、うながした。




