二百三十八話 食材の数とそれぞれの戦い方
※戦闘描写あり!
どこか唖然とした空気がつづく中、ひとまず素材回収でもしようかと、気持ちを切り替える。
対岸で煌く水色の魔石とぷるぷるとした球体のもとへは、さすがに淵から地面を蹴って飛び上がるだけでは、たどり着けそうにない。
かと言って、魚釣りを楽しむ川を堂々と泳いで横切るのも、望ましくはないだろう。
――で、あれば。
朝の眩い木漏れ日を生む後方の樹々へと振り向き、見上げて軽く地を蹴る。
ふわりと樹の枝の上へと着地した後、再び川のほうへと向き直って枝を蹴り――身体魔法〈瞬間加速 一〉で加速して、一瞬で対岸に降り立つ。
「えっ!?」
間近で上がった驚愕の声に、穏やかな微笑みをうかべて、手際よく茂みの奥にも落ちている素材を回収し、同じ方法で【ユグドラシルのお茶会】のみなさんのもとへと戻った。
不思議と静まり返った周囲では、さらさらと流れる川の音と、吹き抜ける風にゆれる葉擦れの音が美しく響いている。
たっぷり、一拍の間ののち。
「魔法については色々と訊きたいけど……この場ではやめておこうか」
静かにそう告げたロゼさんの言葉に、そろってうなずくお三方を見やり、私も迷わずうなずきを返す。
魔法について、と言うことは、おそらくはさきほどの戦闘で私が使ったオリジナル魔法について何かたずねたいことがあったのだろう。
その上で、ロゼさんがこの場で語るには問題があると判断した理由については、私にも分かる。
なにせこの場には、私たち以外のシードリアのかたがたくさんいらっしゃるのだ。
中には、オリジナル魔法についてのお話を耳に入れたくない、というお考えのかたも少なからず存在するだろう。
端的に言えば――ネタバレへの配慮が必要なのだ。
ようやく再び、あちらこちらで会話が交わされはじめた音を聞きながら、ロゼさんに手渡された釣竿を振って糸を水面へと投げ入れる。
そうして、しばし静かに、やがて再度にぎやかさを増した川の淵からの魚釣りは、昼へと時間が移ろったあたりで、他のシードリアたちも糸を水面から上げはじめた。
私たち【ユグドラシルのお茶会】の面々も釣竿を片付け、ロゼさんから魚釣り大会の結果発表が紡がれるのを待つ。
こほん、と咳払いを一つ響かせた後、ロゼさんはフッと口角をかっこよく上げて、口を開いた。
「さて! 今回、一番多く食材を釣り上げたのはなんと! ――僕たちの可愛い、アルテ嬢だ!」
「はい拍手!!!」
「わ~~っ!! おめでとうアルテ!!」
「おめでとうございます!」
『ぱちぱちぱち~~!!!!』
ロゼさんの結果発表とフローラお嬢様の一声に、わっとルン君と私と小さな精霊さんたちを筆頭に、またしてもなぜか周囲の人々からも手を叩く軽やかな音と歓声が響く。
今回の魚釣り大会改め、食材確保大会にて確保した魚の数が一番多かったアルテさんは、どうやら順調に釣り上げる数を重ねていたようだ。
後でロゼさんとフローラお嬢様が料理として振る舞うとのことで、はにかみながらお二方へと薄紅魚を手渡しているアルテさんは、とても嬉しそうに見える。
アルテさんのそばにいる、小さな緑の精霊さんもくるくると嬉しげに舞う姿に、ついにこにこと微笑んでいると、ルン君の碧の瞳と視線が合った。
「ロスト兄は、お嬢と姐さんに魚料理、つくってもらう?」
「私の分も、つくっていただけるのでしょうか?」
「おれはいつもつくってもらってるから、たぶん大丈夫だとおもうんだけど……」
笑みをうかべたルン君の問いかけに小首をかしげ、そう紡いだルン君と一緒にアルテさんを囲むフローラお嬢様とロゼさんを見やる。
お二方共にも私たちの会話が聞こえていたのか、すぐに笑顔でのうなずきが返ってきた。
それではお願いしようかと、私たちが釣った分の薄紅魚もお渡しして、今回の魚釣りはこれにてお終い。
五人と精霊のみなさんとで仲良く帰路につき、まったりと進む森の中――再び反応した《存在感知》に、みなさんへと声をかける。
「みなさん。どうやらまた、前方に魔物がいるようです」
『あぶないよ!!!!』
私と小さな四色の精霊さんたちも上げた声に、ピタリとみなさんの足が止まった。
「やれやれ。釣りの後は、いつも穏やかには帰れないね」
「あのスライムみたいなやつ、やっぱりこのあたりがスポーン位置なんだな」
ロゼさんとルン君がそれぞれ腰の剣を抜き放ち、かばうように前へと歩み出るのを、今回は後方に待機して見守る。
杖をカバンから取り出したアルテさんと、かかげた左手の手飾りをゆらすフローラお嬢様の、一歩後ろで油断なく前方を見据えていると、やがて茂みの中からぴょんっと水のツインゼリズが一体、姿を現した。
ぷるん、とゆれた水色の二重の軟体へと、ひたと五色の視線が注がれる。
すぅっと最初に息を吸い込んだのは――アルテさん。
「〈ラ・ウィリフィ・ウィーティス〉!」
はっきりと響いた精霊言語は、はじめて私以外のかたが扱うのを見る、精霊魔法だ!
突如、空中に現れた小さな緑の精霊さんたちと共に、地面から生えてきた数本の緑の蔓が、あっという間に水のツインゼリズへと巻き付き束縛する。
――魔法名の意味はさしずめ、小さな緑の精霊の蔓送り、だろうか?
次いで、蔓に捕らえられた水のツインゼリズへと、華麗に閃くロゼさんの剣の一閃と、大振りに力強く振るわれたルン君の銀線が刻まれる。
「〈ヴェントスアロー〉!!」
その後に、フローラお嬢様が今となっては懐かしささえ感じる、本に書かれていた単発型の攻撃系下級風魔法の魔法名を宣言した。
移動がしっかりと見える速度で飛んで行った風の矢は、見事に水色の軟体へと突き刺さる。
……しかし、どうやら最後の一手が、足りないようだ。
ぷるっとふるえた水のツインゼリズが、刹那、水球をこちらへと放つ。
「おっと!」
「おわっ!?」
「きゃっ」
「まぁ!?」
まっすぐに飛んできた水球に、慌てて左右へと避けるみなさんを見守り、そのまま飛んできた水球へと左手をかざす。
瞬間、水晶卿の水晶を加えて新しくなった、左手首で煌く風護りの銀輪が宿す〈オリジナル:見えざる護りの風盾の付与〉の魔法効果によって、水のツインゼリズ渾身の一撃は難なく弾かれかき消えた。
それぞれの瞳を見開くみなさんに穏やかな微笑みを見せたのち、流れるように映した視線の先――ぷるりとふるえた魔物には、不敵な笑みをうかべる。
「――おいたは、いけませんよ?」
案外、深い響きを宿した声音での呟きを、合図にして。
トドメの一撃として放った〈オリジナル:無音なる風の一閃〉は、鮮やかに水色の軟体へと銀線を閃かせ、その身を水色のつむじ風へと変えたのだった。




