二百三十七話 水を差す魔物は凍らせよう
※戦闘描写あり!
眩い朝の光を木漏れ日として浴びながら、引きつづき魚釣りを楽しむ。
幻の魚が釣れるとウワサの夜明けの時間をすぎても、大きな川の淵には多くの釣り人たちが並び、水面へと糸をたらしている。
まったりと周囲の光景を眺めていると、釣竿に手応えを感じ、慌てず焦らず糸を引く。
水面から薄紅魚と共に上がり宙を滑ってきた糸を、ようやく慣れてきた手つきで掴み、薄紅魚のほうは魚肉と骨に変えてカバンの中へと入れる。
釣れた薄紅魚は、これで五匹目。
初心者にしては十分釣れているのではないかと、自身では思うのだけれど……。
ちらりとうかがった左側では、ロゼさんをのぞくお三方が、真剣な表情で水面を見つめている。
横目で見ていた限りではあるが、みなさんはおおよそ私の倍の数を釣り上げていた。
それを考えると、やはり何かしらのコツをつかんでいるわけでもない私は、まだまだということだろう。
成長の余地があって、たいへんよろしい!
と思うことにして、また糸を川の中央付近へと綺麗に落とす。
さて、お次は薄紅魚か、それともアクアフィッシュがかかるだろうかと、好奇心に微笑みを深めたところで――《存在感知》が反応した。
ハッと見やったのは、前方。
川を隔てた対面の森から、川のほうへ……跳ねる動きで、少しずつ近づいてくる様子を、感知する。
水辺で、跳ねながら移動する魔物と言えば、もはやスライムか以前見かけた水のツインゼリズだと、教えてくれているようなものだ。
素早く水面から糸を引き上げ、表情を引きしめて、左側でまだ釣りを楽しんでいるみなさんへ声をかける。
「戦闘態勢を取ったほうが、いいかもしれません」
「魔物かい?」
「えぇ。対岸の森の奥から、川のほうへ近づいて来ています」
すぐさま表情を引きしめ、確認をしてくださったロゼさんにうなずき説明を紡ぐと、ルン君やアルテさんもさっと水面から糸を引き上げた。
私が持っていた釣竿を手に取り、ロゼさんがフローラお嬢様を見やる。
その視線に、手早く釣竿をカバンへしまい込んだフローラお嬢様がうなずきを返し、対岸で釣りをする他のシードリアとおぼしきかたがたに、金の瞳を向けた。
「そこのあなたがた! 後ろから魔物が来ておりますわよ!!」
「えっ!?」
凛と響いた声が対岸に届くと、驚愕の声と表情がこちら側へと返る。
ちょうど私たちの対面にいたシードリアのかたがたが、慌てて釣竿を片付け、左右へと移動してその場から距離を取り、じりじりと後ずさる様子を目にしたあたりで、ふとある可能性が頭をよぎった。
ルン君と同じく、腰に下げていた剣の柄に触れ、油断なく前方を見据えていたロゼさんに、念のためにと声量を少し落としてたずねてみる。
「あの、ロゼさん。もしかして、この周囲に現れる魔物はみなさんにとって……難敵、なのでしょうか?」
「あぁ。正直、魔法を使う敵と戦うのは、まだ慣れていなくてね」
「なるほど……」
すぐさま返された、かすかに苦味を帯びた肯定の言葉に、どうりで周囲の全員が険しい表情をしているわけだと、納得にうなずく。
であれば、ここはおそらく対応可能な私が戦ったほうが良いだろうかとたずねかけて、その前にロゼさんが紡いだ。
「君に任せてもいいかい? 麗しのロストシード」
「はい、お任せください。――あ、いえ、私はかまいませんが。そちらのみなさんは……」
迷いなく返した言葉の後、そう言えば他に戦う予定のあるかたがいらっしゃるのであれば、おゆずりしようと思い対岸にたずねると、あまりにも全力なうなずきが返され、つい小さな苦笑がうかぶ。
しかし、それも束の間のこと。
一度のまたたきで、意識を戦闘のために切り替える。
次いで口元にうかんだのは、小さな不敵な笑み。
「分かりました。では――水のツインゼリズのみなさん。あなたがたのお相手は、私です」
ぴとっと他の精霊さんたちと同じく、右肩にくっついてくれている小さな水の精霊さんが、密やかに教えてくださった今回の敵へと宣言し、軽く右手をかかげる。
ゆれた蒼の手飾りが、木漏れ日に照らされて煌き、茂みからぴょんっと一体の水のツインゼリズが飛び出してきた――刹那。
冷ややかな風の音を連れて、回旋する氷柱が七つ、私のそばの空中へと出現する。
ざわりと驚愕の雰囲気が広がる周囲からは、いったん意識を外し、眼前の敵へとさっと右手を振るう。
瞬間、素早く空中を飛んで行った氷柱が、姿を現した一体と、その後ろにつづいていた三体の水のツインゼリズを氷漬けにし……水色の小さなつむじ風へと変えた。
計四体の水のツインゼリズに、無詠唱で発動させた〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉の氷柱が一つと二つずつ、当たったはずだが……問題なくすべて倒しきれたということは、なかなかのオーバーキルをしてしまったらしい。
あっという間に終了した戦闘に、ちらりと確認した周囲の人々は、そろりと驚愕の眼差しを私へ注いでいる。
同じようにそろりと、左隣のロゼさんをうかがうと、ぷるぷると震えながら、片手を顔に当ててうつむいていた。
薄く開かれた口から、
「美しすぎる……ッ!」
と、小さく言葉が零れ落ちる。
次いで、輝いた碧と水色の瞳と、視線が合った。
「やっぱりすげぇよロスト兄!!!」
「ほっ、本当にすごかったです!!」
ルン君の感激の言葉に、アルテさんがつづき、最後にフローラお嬢様がやけに真剣な表情で首をかしげる。
「ロストシード。あなた、攻略系でしたかしら?」
「いえいえ、まさか」
慌てて首を横に振ると、なぜか周囲の驚愕がさらに深まる気配がした。
「……いっそ、攻略系であったほうが、まだその強さに納得できますわね」
「ええっと……」
ただ魔物を倒しただけの現状が、なぜかフローラお嬢様が真剣な表情と落ち着いた声量で紡ぐ際の言葉の強さを、思い知る状況になってしまった。
……いったいなぜ、このような状況に??
思わず小首をかしげてみたものの、周囲のみなさんの瞳の中に満ちた疑問が、消えることはなかった。




