二百三十五話 はじめての魚釣り!
夜明けの薄青の光が、木漏れ日となって射し込む森の中。
釣りを楽しむ人々が並ぶ、川の淵沿いを少し移動して、五人そろって横に並ぶことのできる場所で足を止める。
「――うん。ここなら釣れそうだ」
「姐さんが言うなら、まちがいないな!」
一つうなずいて呟いたロゼさんに、ルン君が声を弾ませてそう返す。
どうやら、ロゼさんには魚釣りの心得があるようだ。
頼もしさに口元の笑みを深めながら、フローラお嬢様とアルテさん、ロゼさんとルン君の二組に分かれた四人を眺め、ひとまずと私もルン君の隣に並ぶ。
すぐに、切れ長の紫紺の瞳と視線が合い、ルン君の後ろから木製の釣竿が差し出された。
「はい、ロストシード。君にはこれを」
「ありがとうございます、ロゼさん」
受け取りながら、つるりとした触り心地の釣竿と、先からたれた水色の細い糸を見やり、好奇心に笑みを重ねる。
今回は親睦会も兼ねた、本当にお試しの釣り遊びであるため、釣竿はロゼさんからお借りすることになっていた。
ロゼさんいわく、今回の親睦会で釣りを気に入れば、また後日オススメの釣竿を売っているお店に案内してくださる、とのこと。
……この好奇心で弾む心を思うと、オススメの釣竿のもとへロゼさんに案内していただく機会は、存外に早くおとずれるかもしれない。
そんなことを考えていると、ルン君と立ち位置を入れ替えて隣に来てくださったロゼさんと視線が合う。
「現実世界だと、本当は色々と釣りのやり方も道具もあるんだけどね。ここでは、シンプルなものだよ」
「そうなのですか?」
「あぁ」
軽くうなずいたロゼさんが、隣のルン君を視線で示す。
カバンの中から釣竿を取り出したルン君は、軽く釣竿を振りかぶり、前へと流すようにふるう。
先端に小さなおもりのついた糸は、綺麗な水色の流れを空中に描きながら、ぽちゃんと川の中へと沈んでいった。
「おぉ……!」
「ほら、シンプルだろう?」
思わず零した感嘆の声に、ロゼさんが軽やかな口調で紡ぐ。
それにうなずきながら、言葉を返す。
「たしかに、これならば私にも出来るのではないかと」
「それは何より。――ただ、あまり大きく竿を振りかぶると、他の人に当たったりするんだ。そうならないためにも、ここではあまり竿を振りかぶらない方法で、糸を投げて」
「なるほど、心得ました。他に、何か注意点などありますか? なにぶん、魚釣りははじめての体験ですので、勝手が分からないのです」
分かりやすく、大切なことを伝えてくださるロゼさんに、お願いを含めた問いを投げかける。
了承の意をうなずきで表したロゼさんは、周囲へと視線を流しながら注意点を語ってくださった。
「人が多い釣り場での注意点は、他の人をうっかり押したりしないように気をつけることと、糸が絡み合わないように気をつけること、とかかな? 細かなことは、その都度伝えるよ」
「分かりました! 気をつけますね」
「うん。そうしておくれ」
簡潔かつ重要な説明に深くうなずき、真剣な表情で言葉を返すと、ロゼさんは薄くかっこよく笑み、次いで私の持つ釣竿へと紫紺の瞳を注ぐ。
「さぁ、やってごらん」
「――はい!」
導くようなその声に、凛と返事を紡ぎ、覚悟を決める。
好奇心と高揚感がうかばせる口元の笑みを深め、そっと糸を送り出すように、すいっと釣竿を前へと流しふるうと――思ったよりも近場の水面へ、糸の先が落ちた。
思わずロゼさんを見やった緑の瞳には、ロゼさんだけでなく、ちょうどこちらを見つめていたルン君やアルテさん、フローラお嬢様の表情が映る。
みなさんの表情はなぜか一様に……とても微笑ましい光景を見た時に、向けるもののように見えた。
「はじめてにしては、上出来かな?」
「わ、わたしは、もっと近くに落ちました!」
「わたくしもですわ。ロストシードは上手ですのね」
「おれなんか、他の人の糸とからまりそうになって、めっちゃ姐さんからおこられました!」
「そう、なのですか? ええっと、ありがとうございます」
それぞれのお褒めの言葉に、糸が遠くへと飛ばなかったことに対してのなぐさめと、ご自身の過去の振り返りと、やはり教えていただいた注意点には気をつけなくてはならないことをさとる。
若干、返事の言葉に迷ってしまったのは、ご愛嬌にしていただきたい。
いずれにせよ――狙った場所へと糸を落とす練習は、必要だろう。
自然と真剣な表情で、落ちた糸の先を見やると、肩と頭の上で軽く跳ねる感触がした。
『しーどりあ、がんばって! みずはみかた!』
『しーどりあなら、できる! かぜ、いますくない!』
『しーどりあ、だいじょうぶ! ここ、いいつち!』
『おさかな、つれる!』
『おさかなつり、たのしい~!』
「――えぇ。ありがとうございます、小さな精霊のみなさん」
それぞれの言葉で紡がれた、小さな五色の精霊さんたちの言葉に、深くうなずきながら感謝を返す。
フッと口元にうかんだのは、少々不敵な笑み。
精霊のみなさんに、これほど応援をしていただいたのだ。
間違いなく……はじめての体験でも、魚を釣ることはできる、はず!
「必ずや――釣り上げてみせます!」
『お~~!!!!!』
湧き上がった高揚に、決意の言葉を凛と告げる。
精霊のみなさんの歓声が響くと、隣に立つロゼさんからは小さな笑みが零れた。
何かおかしなことを言ってしまっただろうかと、左隣へ視線を移した――瞬間。
ふと、両手で握っていた釣竿が、かすかにゆれる感覚に、ハッとして川の中に落とした糸の先へと視線を向ける。
刹那、つんっと引かれた糸が沈み、明らかに釣竿の細い先がしなった。
これは、まさか!!
慌てて再度ロゼさんへと視線を向けると、うなずきが返される。
「引き上げてごらん、ロストシード」
「はいっ!」
導くようなロゼさんの言葉に返事をして、ぐっと釣竿を引き上げると――糸の先、おもりの小石をぱくりと口に含んだ、薄紅魚が水面から飛び出した!!
『わぁ~~!!!!!』
「よっと!」
小さな五色の精霊さんたちの歓声と、ハスキーなかけ声一つ。
私が釣竿を上げたことで、こちらへと空中を滑ってきた糸を、ロゼさんが慣れた手つきでつかむ。
そのまま、ためらいなく糸の先にぶら下がる薄紅魚を掴み、器用に口をあけさせておもりから外してくださったロゼさんは、軽く薄紅魚をかかげてみせた。
とたんに、周囲から拍手が響く。
【ユグドラシルのお茶会】のサロンメンバーであるみなさんのみならず、近くで釣りを楽しんでいた他のシードリアのかたがたまで、軽やかに両手を叩いてくださっており、内心は慌てつつも丁寧に会釈をおこなう。
そうして、改めてサロンメンバーのみなさんを見やると、それぞれがとても嬉しそうな表情でこちらを見つめていた。
「まずは一匹目。おめでとう、麗しのロストシード」
「もう一匹釣れるなんて、やっぱりロスト兄はすごいな!!」
「素晴らしいですわ!! さすが、わたくしが見込んだかたなだけはありますわね!!」
「おめでとうございます、ロストシードさんっ!」
「みなさん……」
あたたかなみなさんの言葉に、思わず感動で言葉がつまってしまう。
すると、肩と頭の上で、ぽ~~んと精霊のみなさんが跳ね上がった。
『おさかなつり、だいせいこう~~!!!!! しーどりあ、おめでとう~~!!!!!』
「――はい! ありがとうございます!!」
キラリと、緑の瞳を煌かせるような心地で――純粋な思いのままに、みなさんと精霊さんたちに感謝の言葉を紡ぎ出す。
きっと今の私の顔には、満面の笑みが咲いていることだろう。
……魚釣り、楽しい!!




