二百三十二話 美食が彩る歓迎会
※飯テロ注意報、発令回です!
宵の口の夜空の下、歓迎会のためにと導かれてたどり着いたのは、宿屋通りの手前にある一軒の食堂。
芝居がかったうやうやしさで、ロゼさんが開いた木製の扉の先からは、ふわりと美味しそうな料理の香りがただよってきた。
『いらっしゃいませっ!』
「個室への案内を、お願いいたしますわ!!」
元気な若い少女の声に、負けじとフローラお嬢様が弾んだ声音を返す。
少女に広い食堂の奥にあった個室へと案内をしていただき、その中へと入り込むと、長机を囲んでクラン部屋と同じ位置の椅子にそれぞれが腰かける。
机の上に二つ置かれたメニュー本の一つを、ルン君が取ってこちらへと見せてくれたので、数枚連なるその紙面をのぞきこむと、見慣れない名前と絵が並んでいて思わず口角が上がった。
「こちらの食堂のお料理は、どれもとっても美味しいのですわ!!」
「麗しのロストシードが気に入る料理も、きっとあると僕も思うよ」
「えぇ。こちらの絵を見るだけでも、本当にどれも美味しそうで……おや?」
高揚を隠さずに紡ぐフローラお嬢様と、冷静に紡ぐロゼさんの言葉に顔を上げてうなずき、再度メニュー本に落とした視線が……見つけてしまう。
――運命の出逢いとでも語りたいほどに、心惹かれる食材の名を!!
「ポテト……好きなのですよねぇ」
ついつい、ほっこりと頬をゆるめて呟くと、四方からまじまじと視線が注がれた。
うっかり気がゆるんでしまったことを自覚して、気恥ずかしさに束の間、頬がほてる。
とは言え、いくつかの料理の説明書きに記されていた[ポテポテ]と言う名が示すものが、現実世界ではポテトと呼ばれる食材名であることに気づいてしまったのだ。
だから、今回は気がゆるむのも、仕方がないというもの。
他のかたがそうであるかはともかくとして……私の場合は、特別に好んでいる食材をゲーム世界でも食べることができるという発見に、どうしても心が弾んでしまうのだから!
――それはそれとして、いつまでもみなさんにじっくりと見つめられるという体験は、そろそろ遠慮させていただこう。
一転していつもの穏やかな微笑みに整えると、お次は対面に座っているアルテさんが、少しだけ身を乗り出して口を開いた。
「そっ、それなら! ポテポテスープがおすすめです!」
「あ! おれもおれも!! ポテポテの揚げ棒も、めっちゃうまいです!!」
隣でバッと片手を上げたルン君の言葉も合わせ、お二方がオススメの料理を教えてくださっていることに気づき、微笑みが自然と深くなる。
「お二方とも、オススメを教えてくださり、ありがとうございます」
「いえ……!」
「へへっ!」
フローラお嬢様とロゼさんのあたたかな眼差しを感じながら、アルテさんとルン君が紡ぐ料理の説明に耳をかたむけ、今回食べる料理を決めていく。
あれよあれよという間に、それぞれが料理を選び、注文をして歓談しながら待つことしばし。
『お待たせいたしました~~!!』
元気な少女の声に振り向くと、案内をしてくださった少女を筆頭にして、他の店員さんたちが次々に、扉のない開かれた個室の入り口から長机の上へと、注文をした料理の皿を並べてくださった。
とたんに、さまざまな料理の美味しそうな香りが嗅覚をくすぐる。
「ありがとうございます。頂きますね」
「今日も、美味しさを楽しませていただきますわ!!」
『はい! ごゆっくり!!』
私とフローラお嬢様の言葉に、にこっと笑顔をうかべた少女を見送り、改めて目の前に並べられた料理へと視線を落とす。
今回は各自が好みのものを選んだ結果、ポテトが好きだと告げた私だけでなく、なんとなくみなさんの好みの食事を察することができた。
フローラお嬢様の前には、カルボナーラのようなパスタが盛られたお皿があり、ロゼさんの前にはサラダの盛り合わせと何かの魚のムニエルらしきお皿が並んでいる。
アルテさんの前には、小さな丸い薄茶色のパンと私の前にも並ぶポテポテスープ。
ルン君の前には、こんがりと焼かれた何かの肉のステーキと、同じく私の前にも置かれているポテポテの揚げ棒が並んでいた。
それぞれの好みを把握しつつも、ポテポテスープとポテポテの揚げ棒、それから草原鳥の肉と野菜の炒めものが並んだ私の眼前の机の上も、ずいぶんと分かりやすく好みが伝わっているだろう、と思う。
まぁ、これから共にお茶会を楽しむ仲として、お互いの好みを知ることはより良い活動へと繋がる……はずだ!
そんなことを考えながら、各々が水の入ったグラスをかかげ持つのに習い、私も目の前に置かれていたグラスをかかげる。
こっほん! と響いたフローラお嬢様の咳払いにつづき、いっせいに私へとみなさんの視線が注がれた。
「素敵な同族の、サロン参加を祝して!!」
「かんぱ~~いっ!!!」
『かんぱ~~い!!!』
フローラお嬢様の言葉を合図に、かかげ持つグラスがさらに上へと持ち上げられ、乾杯の声が響く。
つられて、みなさんの肩や頭の近くにうかんでいる、小さな精霊さんたちまで乾杯の声を上げる様子に、嬉しさと可愛らしさで笑みが零れた。
「ふふっ! ありがとうございます。――乾杯!」
『かんぱいっ!!!!』
改めて、よろしくお願いいたします、という気持ちを込めてグラスを高くかかげ、小さな四色の精霊さんたちの声を聴きながら、みなさんと一緒に一口よく冷えた水を楽しむ。
その後は――歓迎会の文字通り、実ににぎやかな食事の時間を楽しむこととなった。
「あっ、サクサクしていて、とても美味しいですね!」
「ですよね!! おれ、はじめて食べた時から、これが大好きになったんです!!」
「確かに……これは私も大好きです!」
まずはとフォークで刺して口に運んだ、フライドポテトのようなポテポテの揚げ棒のサクサクとした食感とポテトの美味しさ、そしてちょうど好い塩加減が――あまりにも最高な組み合わせ!!
お互いの瞳を煌かせながらルン君と会話を弾ませ、次いでポテポテスープへと手を伸ばす。
「おや、こちらはなんとも、優しいお味ですねぇ」
「はいっ! ポテポテもとてもやわらかくて、美味しいなぁと……!」
「えぇ、ほくほくですね」
小さな四角形のポテポテが底に沈むポテポテスープをスプーンですくい、よく煮込まれて溶けたポテトの旨味と、形を残してあるポテポテの食感を楽しむ。
控えめながら、それでも嬉しげに紡ぐアルテさんと微笑み合い、最後にと味わった草原鳥の肉とキャベツのような野菜との炒めものも、スパイシーな香りと味がたいへん美味で、思わずにっこりと笑顔が咲いた。
ロゼさんいわく、香りづけにはなんと、あの採取依頼で採取した白香草が使われているのだとか!
その後も、こっそりとデザートはこの食堂とは別に、オススメのお店があるのだとフローラお嬢様から教わったりしながら、今回はゆっくりと料理を味わっていく。
――そうして、食事と歓談を楽しんでいると、あっという間に窓から見える暗さが変化し、宵の口から夜へと時間が移り変わったのだと気づいた。
さいわいにも、この食堂は夜遅くまでお店をあけているらしく、この夜の時間までなら食事を楽しめるとのことで、小さく安堵の吐息を零す。
すると、そう私に説明をしてくださったフローラお嬢様が、名案を閃いた、とばかりに金の瞳を煌かせ、素早く私へと視線を注いだ。
「そうですわ!! ロストシード! あなた、昼食後の予定は、もうお決まりですの?」
「いえ、まだ特には」
「で・し・た・ら!!!」
ゆるく首を横に振って問いに答えると、ぱっと扇子を開いたフローラお嬢様は、美しく微笑んで言葉をつづけた。
「親睦会を兼ねて、わたくしたちと一緒に、ゆるりと魚釣りに興じてみるのはいかがかしら?」
小首を上品にかしげてのその問いかけに、思わず緑の瞳が煌く心地になる。
――魚釣り! はじめての体験だ!
「あ~! もともといく予定だった、魚釣り!」
「なるほど、あれはたしかに、親睦を深めるのにはちょうど良い。――まぁ、すでにかなり親睦は深まってはいるけど」
「ですね……!」
納得を響かせたルン君と、かっこよく笑むロゼさん、そして嬉しげにはにかんだアルテさんの、みなさんそれぞれの言葉を聞きながら、好奇心と共に迷いなく返事を紡ぐ。
「ぜひに!!」
「決まりですわね!!!」
即断即決のごとく決まった昼食後の予定に、それではこの辺りで解散して、つづきはまたのちほど、とお店の前でみなさんと別れる。
口元にうかぶ笑みをそのままに、宿屋へと足早に戻ると、さっそく各種魔法を解除して、小さな多色と水の精霊さんたちを見送り、四色の精霊さんたちにまたねを約束して――蔓のハンモックの上で、ログアウトをつぶやいた。
※明日は、主人公の現実世界側での、
・番外編のお話
を投稿します。
お楽しみに!




