二百三十話 ここからはじまる友誼を謳いて
無事にサロンへの登録を終え、再びぱっと薄ピンク色の扇子を開いたフローラさんへと、視線が集まる。
「さぁ! 改めましての自己紹介タイムですわ!!」
華やかにそう告げたフローラさんの言葉に、ここは初手をと閃き、「では、私から」と軽く片手を上げて紡ぐ。
今度はこちらへと注がれたそれぞれの視線を順に見回し、左手を右胸へと優雅にそえて自己紹介をおこなう。
「改めまして――精霊の先駆者、エルフのロストシードと申します。現在はこちらの四色のみなさんに加え、夜のお時間では小さな闇の精霊さんを加えた、小さな五色の精霊さんたちと冒険を楽しんでおります」
『ぼくたち、いつもしーどりあといっしょ!!!!』
「ふふっ、えぇ。どうぞ、精霊のみなさんと共に、これからよろしくお願いいたします」
『よろしくね~~!!!!』
精霊のみなさんと一緒に簡単な自己紹介を紡ぎ、一礼をして軽く下げていた顔を上げると……なぜか凍結状態のように美しく固まった笑顔が、計四つ。
カチン、と固まっていた状態から、誰よりも早く復帰したのは、右隣に座る少年だった。
「――ぅえっ!? 闇の精霊も、なんですか!?」
「えぇ」
驚愕を響かせる彼に、普通に肯定を返す。
まだ碧の瞳を見開いている少年を置いて、他のお三方もそれぞれ、驚きからの復帰が完了したらしい。
「たいへんよろしくってよ!!! さすがは精霊の先駆者ですわ!!!」
「お褒めにあずかり光栄です、フローラお嬢様」
開いた扇子を口元にそえ、歓声に近しい声音で紡いだフローラさんに、やや芝居がかった口調でそう返してみると、キラリと金の瞳が煌いた。
「まぁ!! お嬢様!! なんて素敵な響きかしら!! ねぇロゼ!!」
「さすがは麗しの君。すぐにフローラの好みに合わせてくれるとはね」
高揚のままに男装の麗人さんと言葉を交わすフローラさん、改めフローラお嬢様の表情は、嬉しさに満ち満ちている。
私の彼女への印象を元に試してみた、執事風のちょっとしたロールプレイなのだが、どうやら気に入っていただけたらしい。
「お気に召していただけたようで」
「最高に気に入りましたわ!!!」
キラキラと金の瞳を煌かせるフローラお嬢様を前に、今後も少しだけ執事風ロールプレイを楽しもうと、密やかに決意する。
私とフローラお嬢様が笑顔を交し合う中、私の右斜め前……入り口の扉から言うと奥側、橙色の光が射す窓を背にして、お次はと男装の麗人さんが口を開いた。
「ごきげんよう、麗しのロストシード。僕はロゼ。このサロンのサブリーダーだよ。一度あいさつを交わした仲なのだけど、君は憶えているかい?」
「ごきげんよう、ロゼさん。えぇ、憶えております。エルフの里の目醒めの地から、奥へと入った森の中で、以前お逢いいたしましたね」
背筋を伸ばした凛とした姿と、ごきげんよう、と言う印象的なあいさつを、忘れるはずもない。
当然です、という表情で言葉を返すと、どこか満足気にロゼさんは微笑んだ。
次いで、お隣に座る読書好き仲間の少女へと視線を流す。
男装の麗人、ロゼさんの視線をうけた少女がこちらを見やり、ぱちっと水色のつぶらな瞳と視線が合う。
思わず、以前書庫で共に読書を楽しんだ記憶が頭をよぎり、疑問が口をついた。
「そう言えば、お名前は……」
「あっ! わたし、アルテと言います!」
慌てたように、肩口で整えられた金の髪をゆらして、読書好き仲間のアルテさんが名乗ってくださる。
その様子に、少しだけ眉を下げ、先んじて謝罪を紡ぐ。
「アルテさん。その……以前、クインさんの書庫でお会いした際は名乗りもせずに、失礼をいたしました」
「いえっ! こちらこそ、おたずねもせずに……! あの時は、たいへんお世話になりました!」
「いえいえ。とても楽しい読書の時間でした」
「わたしもです!!」
緊張を宿しながらも、本心からのものだと分かる嬉しい言葉に微笑みが深まる。
にこりと互いに笑顔を交わし、最後にと、私の右隣に腰かける快活そうな少年へと、緑の瞳を向けた。
重なった碧の瞳が、明るい喜びを宿す。
「おれはルンベルンっていいます! ルンってよんでください!」
「ルンさん。よろしくお願いいたしますね」
「えっとぉ……さん、とかは、ナシでいいです!」
「おや。それでは……ルン君、と呼ばせていただいても?」
「おぉ! それなら良いです!!」
「ふふっ、良かったです」
雰囲気通りの快活さが、素直で親しみやすい性格を後押ししているようなルン君とのやりとりは、とても小気味好い。
隣同士で顔を見合わせる中、フローラお嬢様にも負けないほどキラキラと碧の瞳を煌かせて、ルン君が言葉をつづける。
「これからよろしくお願いします! 兄貴!!!」
「その呼びかたはちょっと」
「え!?」
――おっと、つい反射的に。
嬉しげな声音で形作られた呼び名に対して、さらりと口からお断りの表現が飛び出てしまった。
とは言えさすがに、ロストシードへとかける呼び名に、兄貴は少々……どころではなく、似合わない。
それに……それになんだか、兄貴は照れてしまう……!
「コントみたいになってますわよ」
「フフッ」
「あ、あははは……」
ルン君が碧の瞳を見開いて固まり、私が申し訳なさに眉を下げて互いの顔を見つめる中で、なんとも的確かつ鋭いフローラお嬢様のツッコミが刺さる。
ロゼさんは愉快気な笑みを零し、アルテさんは控えめに苦笑を紡いだ。
どうやらその言葉に気を取り直したらしいルン君が、今度は真剣な表情で口を開く。
「な、なら、ロスト兄!」
確認する様な響きの言葉に、なるほど、と意図を察する。
たしかにこの呼び名であれば、出逢って間もない時間ながら感じたルン君らしさを損なうことなく、私にとっても兄貴ほどの気恥ずかしさはない。
自然とうかんだ微笑みをそのままに、緊張を表情に乗せたルン君へと、穏やかにうなずきを返す。
「えぇ、そちらでしたら、ぜひに」
「いよっしゃ~~!!!」
瞬間、満面の笑みを咲かせたルン君が、思わずといった風に振り上げた拳を、他のお三方と共ににっこりと笑顔で見上げる。
ついでとばかりに、流れではじまったフレンド登録をしっかりとおこなったのち。
あぁ――こうして友誼ははじまっていくのだと、鮮やかな納得と高揚が、胸中に広がった。




