二百二十九話 サロン【ユグドラシルのお茶会】
私の返答によってもたらされた、束の間の沈黙の中。
鮮やかに移り変わった夕陽の橙色に照らされた、ピンクゴールドとでも称すべきウェーブがかった長髪を、華奢な片手がさらっと払う。
その手を腰元に当て、眩いほどの嬉しげな笑顔を咲かせたフローラさんは、ぱっと再び薄いピンク色の扇子を広げて上品に口元にそえると、ふふんと自信に満ちた小さな笑みを零した。
「完っ璧に決まりましたわ!!!」
「ハイハイ。とりあえず、状況を整理しようか」
フローラさんの歓喜の言葉に、パンパンと軽やかに両手を二度打ち鳴らした男装の麗人さんが、そう紡ぐ。
次いで、紫紺色の瞳が快活そうな少年と読書好き仲間の少女、それから私を順に流し見た。
「そうだな……まずは、我がサロンが所有する一室に向かおう。あの中でなら、ゆっくりと自己紹介もできる。――そうだろう? フローラ」
「名案ですわね!! さぁ、こちらに! わたくしが案内してさしあげますわ!!」
男装の麗人さんの提案に、ふわっと軽やかにピンクゴールドの長髪をひるがえしたフローラさんは、カツカツとブーツの底で石畳を鳴らして先導をはじめた。
つづくように男装の麗人さんがその横に並ぶのを見て、私も足を踏み出す。
私の横には自然と、まだ戸惑っている少年と、控えめにちらりと嬉しげな視線を向けてくる少女が並び、五人とみなさんの肩や頭のそばにいる小さな精霊さんたちと共に、大通りを進む。
道中、前方で導いてくださっているフローラさんと男装の麗人さんが、背中越しにサロンについて軽く説明をしてくださった。
いわく、サロンは主に情報交換や穏やかな時間を共有することを目的として活動する者たちの、まったりとしたお茶会を楽しむような集団らしく。
フローラさんをリーダーとする【ユグドラシルのお茶会】でも、基本的には好みのお店の一角で食事をしつつ会話を楽しんだり、盛り上がりそうな話題を持ち込んでクラン部屋で語り合ったりしている、とのこと。
とは言え、完全にまったりお茶会を楽しむだけ……と言うわけではなく、時折は共に協力し合って戦闘フィールドでの探索や戦闘も楽しんでいるらしい。
前方のお二方が紡ぐ、簡潔にまとめられた活動内容にうなずきを返しながら、思わず口角を上げる。
とても偶然の成り行きとは思えないほどに――私が参加するのに適したサロンと、まさかこうも見事に出逢えるとは!
他のクランと同様に、サロンについても基礎的な情報は知っていたものの、やはり実際にはサロンそれぞれの特色があるもの。
それを考えると、一緒にすごすことがきっと楽しく感じるだろうと思えるかたがたと、まったりお茶会や時折の戦闘を楽しむこの【ユグドラシルのお茶会】は、端的に言って私の趣味に合っている。
やはり今回の出逢いもまた、素晴らしいものに違いないと、そう躍る胸の内を微笑みに変え、足を進めた先。
たどり着いたのは、中央の噴水広場から書館がある通路へと入り、少し奥へと進んだ先の左側に建つ、大きな木製の館に似た建物の、その中にある一室だった。
「ここが、僕たちのサロンの部屋だよ」
そう紡ぎ、男装の麗人さんが開いた木製の扉の奥――広々とした部屋の中には、長机や椅子、ソファが綺麗に設置されている。
緑色のふわふわとした絨毯の上を、みなさんの背につづいて遠慮がちに進み室内へ入ると、樹の香りが嗅覚をくすぐった。
木目が美しい壁を、新鮮な心地で眺めてから、道中でフローラさんが言っていた、夕陽が射し込む窓を見やる。
そこからは、お話の通り貴族のかたがたが住んでいるらしい区画に並ぶ、美しい家々を眺めることができた。
ほぅ、と反射的に零れた感嘆の吐息に、みなさんが嬉しげな表情をうかべる。
「本当に、素敵なサロンのお部屋ですね」
「そうでしょう、そうでしょう!!!」
微笑みながら感動を宿した言葉を紡ぐと、フローラさんは眩いほどの笑顔でうなずき、ご満悦の様子を見せてくださった。
彼女のその姿に、ひょいと肩をすくめて笑むのが男装の麗人さんで、顔を見合わせて小さくどこか楽しさを含めつつも苦笑を零すのが、快活そうな少年と読書好き仲間の少女。
それぞれの反応の特徴をそれとなく記憶しながら、自然と長机に併せて置かれた椅子へと腰かけていくみなさんにならい、私もそっと腰を下ろす。
長机の端に一人、フローラさんが座り、長机の奥側のフローラさんに一番近い席の一つに男装の麗人さん、その横に読書好き仲間の少女。
フローラさんに一番近いもう一つの席である、男装の麗人さんの対面の席に快活そうな少年、そしてその隣に私が腰かけたところで――フローラさんの扇子が、ぱっと開かれる。
そのまま、広げられた扇子を持つ手をまっすぐにこちらへと伸ばしたのち、ヒラリと鮮やかに手首を回して、扇子を躍らせた。
閃く扇子の動きに、思わず緑の瞳を見開くと、フローラさんは最後に胸元へと扇子を当て、口を開く。
「――ようこそ、わたくしたちのエルフ族限定サロン【ユグドラシルのお茶会】へ!!」
美しく輝く笑顔が四人分、しっかりと私へと向けられて。
「あなたのようなかたを、わたくしたちのサロンは待っておりましたのよ!!」
「久しぶりの参加者だ。歓迎するよ、麗しの君」
「おれ! ロストシードさんと同じクランにいるなんて、夢みたいです!!」
「わ、わたしも! とってもうれしいですっ!」
口々に、そう歓迎の言葉をくださるみなさんに、うっかり嬉しさでゆるみかけた口元を、なんとか上品な笑みに整える。
エルフ族限定という部分に、そう言えばたしかにここにいらっしゃるみなさんは、エルフ族のかただと納得した。
思わず小さくうなずき、みなさんの肩や頭の近くでうかぶ小さな精霊さんたちまでそわそわと動いていらっしゃる様子に、笑みを深めながら言葉を返す。
「みなさんの歓迎、とても嬉しく思います。これからすごすサロンでの時間が、ますます楽しみになりました」
『たのしみ~~!!!!』
私の肩と頭の上で、小さな四色の精霊さんたちもぽよっと跳ねて返事をする姿に、みなさんの表情がよりいっそう、嬉しげな色を帯びる。
――それはきっと、私も同じだろう。
「さぁ! さっそく登録をいたしますわよ!!」
「はい! よろしくお願いいたします」
パチン、と綺麗に閉じた扇子の音と共に、フローラさんが出現させた灰色の石盤で、サロンの登録をしっかりとおこない。
晴れて、今から私もサロン【ユグドラシルのお茶会】のメンバーに、仲間入りだ!




